信号
お互いの買い物を済ませて、社と一緒にコンビニを出ると、二人の足は自然に止まった。
「……じゃあな」
そう言って俺は、社に小さく手をあげる。
少しくらい何か話した方がいいのかもしれないが、俺と社の仲はそこまでではない。それに、時間も遅いし、社はクラス会で疲れているに違いない。だらだらするより早く帰した方が社のためだろう。
「あ……えーと」
さすがに先に帰るわけにはいかないと、社が帰るのを待っていたのだが、左ひじを抱いた社は、ちらちらと俺の目を見ながら、何か言いたそうに口をパクパクさせている。
「……どうした?」
そんな社を無視するわけにもいかず、あげた手を下ろす。
「よ、よかったら、少しだけお話しできたらなって……ダメ、かな」
上目遣いで首を傾げる社に、どきりと心臓が高鳴る。
どこかあどけなさを残すその仕草と、期待のこもった眼差しを向けられて、ダメなんて言えるはずがない。
頬をかきながら「社がいいなら……」と答えると、社はぱあっと明るい笑顔を作った。
「遅いし、歩きながらでいいか?」
「うん!」
「社の家はどっち方面?」
「こっちだけど……。香西君は?」
「俺もそっちだな」
「よかった」
……まぁ反対方面なんだけど。
どうやら社の家は駅の北側にあるらしい。俺は南側なので真反対である。学校からだと、社の家の方が近いことになるのか。
多分社は、俺みたいに家から近いからって理由で学校を選んだりしてないんだろうな。でも、家から近いのは羨ましい。
そんなことを思いながら、駅構内を抜けて北側に出ると、南側より街灯が減って、少し暗い印象を受ける。
社のやや後ろあたりを、彼女の歩調に合わせてついて歩き、横顔を盗み見る。
「……?」
「あ、えーと……クラス会楽しかったか?」
すぐバレた。社さん鋭すぎるよ!
それにしても、話したいって言ったのは社の方なのに、なんで黙ってるんだろう……。ついつい俺の方から質問してしまったぜ……。
「私、ああいうの初めてだったから、緊張したのが本音かな」
「そうだったな……。あとすまん、行けなくて」
「……ほんとだよ。待っても来なかったから、心配した」
半目でじーっと睨んでくる社は、「でも、事故とかじゃなくてよかった」と続けて、胸をなでおろしたように、ふっと短い息を吐く。
やっぱり社には連絡しておくべきだった。恥ずかしいとか言ってる場合じゃなかったな。
「そう言えば、横山が社と話せたって喜んでたけど」
「……うん。横山さん、私の隣の席だったから気を使ってくれて」
「そうか」
「……やっぱり香西君、横山さんと仲良い」
「全然だな」
「否定しないでほしいなぁ……」
実際、俺と横山は仲がいいのだろうか。むしろ俺は嫌われたいと思ってるんでね! あの目がたまらん……。
と、こんな暗い街中に変質者が爆誕しかけたのをなんとか押さえつけて、咳払いを一つする。
「んんっ……。横山とは、何話したんだ?」
「えーと、ダル猫のことがほとんどだったかな。あと、ちょっとだけ恋バナとかもした……」
「その辺は男子に言わない方がいいな」
おそらく自分でも途中で気づいたのだろう。声はだんだんと小さくなり、目も泳ぎ始めていた。暗くてわからないが、頬も赤くなってるんじゃないかな。社は、そういったことに慣れてないのかも。
事前に横山から聞いてたのもあって、この話題では話を広げることができない。俺はダル猫詳しくないし……。ダル猫ガチ勢の妹さえいれば……。
駅から歩き始めて10分ほどがたっていた。
元々俺も社も喋る方ではないので、話題はすぐになくなって、ここ数分は、ただ黙って足を動かしているだけだった。
そろそろ俺も家に帰らなければいけない。この気温ならアイスはまだ大丈夫だろう。でも、遅いと妹が心配する。あと、姉さんが今か今かとアイスを待っているに違いない。
「社、この辺でいいか?」
それに、社の家まで行く気はない。社も、家を知られるのは嫌だろうしな。
足を止めると、ビニール袋が音を立てる。青で点滅していた信号が赤になるよりも早く、社はこっちに振り返った。
「あ、うん……」
「信号渡るなら、青になるまで待つけど」
「……わかった」
すると、社は空いた距離をゆっくり詰めて、俺の目の前で立ち止まる。
シャンプーの匂いが鼻孔をくすぐって、思わず半歩後ずさってしまう。
「私ね、今日のクラス会で思ったことがあるの」
「お、おう……」
「どんだけ美味しい料理があっても、横山さんがいい人でもね、学校で食べるお弁当には勝てないなって」
「まぁ社料理上手だしな」
「……そうじゃなくて、その、香西君と食べるお弁当が、好きなの……だからっ、これからも一緒に、お弁当を食べて……くれますか?」
「……もしかして、話したいことってそれか?」
ここに来るまで、社から話を振ってくることはなかった。何か用があるのではと思って待っていたのだが、なかなか話さないので、もしかして俺の早とちりかと、死にたくなっていたところだ。
コクっと小さく首を縦に振る社は、口をつぐんでじっと俺を見つめてくる。
「いいけど……」
可愛さと迫力に押され、呟きながら俺も首を縦に振った。
しかし、社はここからが本番と言わんばかりに、さらに一歩、ずいっと距離を詰めてくる。ち、近い。
「でも、香西君はいつ来るかわからないから……。これで、連絡してほしい……です」
社が取り出したのは、スマホだった。
「持ってなかったんじゃ」
「買ってもらって……でも、まだよく使い方がわからないから……っ」
恥ずかしそうに目をそらす社は、距離の近さに気づいたのか、すっと息を止めて、その場で俯いてしまう。
もしかしてそっちが本題なのか……? あ、いや待て、そんなわけがない。あの社が、男に連絡先を聞くなんてことがあるのか。いやない。
つまりこれは、社が俺を男として見てないってことの証明になる。
あぶねー、ついに俺のラブコメが始まったのかと思っちまったぜ……。
とりあえず冷静になれたので、さっと社から離れて俺もスマホを取り出した。画面には、妹からメッセージが数件送られてきてるが、今は返せない。
「このアプリはインストールしてるのか?」
「……うん、さっき横山さんに教えてもらって」
「そうか。じゃあ交換するか」
気づけば信号は青になっていて、でも社は、それを渡ることができなかった。
信号一回分のわずかな時間。それは、俺と社の距離が縮んだ、たしかな時間だった。
家に帰ると、玄関先でお出迎えしてくれた妹に、めちゃくちゃ心配された。そんなに兄は頼りないかね……。
自負しているつもりだけど、いざ突きつけられるとわりとショックを受ける。
「お兄ちゃん! 帰ってくるのが遅い!」
「すまん。ちょっと散歩をね」
「こんな時間にするようなことじゃない! やっぱり私も行けばよかった」
ぷりぷり怒る妹に、謝罪を込めてあることを提案する。
「もうすぐ給料日だし、近いうち買い物でも行くか?」
「うぅ、ずるい! でも行く!」
「あいよー。そういやダル猫って、ちゃんと人気あんだな」
「もちろん」
すっかり機嫌を直した妹が、リビングに消えていく。現金なやつ。
さて、明日は朝からバイトだ。妹のために働かなくっちゃ!
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