夜の遭遇
「お兄ちゃん、着いたよ」
朝早い時間に起き、落ち着かない祖母の家で一日を過ごしたせいか、車の心地よい揺れのせいで、いつのまにか寝てしまっていた。
俺の体を揺さぶる妹の緋奈は、呆れたように眉尻を下げると、小さく笑う。
「……今何時?」
「今は、夜の9時半を過ぎかな。ちょっと遅くなったね」
ちょっとどころじゃないんだけどな……。やっぱり行けなかったか、クラス会。
「ほら拓人、早く降りて」
「うーす」
車に乗っていたはずの母と父は先に家に入ったようで、今は運転席にいる姉さんと、後部座席の俺と緋奈しかここにはいない。
眠たい目をこすって、近くにいる緋奈から姉さんへ視線を移す。一日中運転していたはずなのに、姉さんの顔に疲れは見えなかった。
助手席側から降りて、ドアを閉める。反対側には、顔を見合わせて笑う美人な姉妹がいた。
街中ですれ違えば必ず振り返ってしまうような、どんな人混みの中でも一際目立つような、特別な姉妹。
一応俺も同じ血が流れているはずなのに、こうも出来が違うと母と父を疑わざる得ない。俺の本当の親はどこにいるんですかね……。まぁ、ちゃんと家にいるんだけど。
ガチャリと車の施錠をした姉さんと、その後ろにつく緋奈に俺は声をかけた。
「ちょっとコンビニ行ってくるけど」
「私アイス」
「えーと、私も行こうかな」
「やめとけ、危ないし」
「お兄ちゃんいるじゃん」
「お兄ちゃんと一緒にいると危ないんだよ。緋奈も疲れたろ、休んどけ。アイスは適当でいいの?」
「うん、よろしく。緋奈」
「……うん。気をつけてね、お兄ちゃん」
「おう」
車庫から玄関に続く階段を上がる二人の背中を見送って、橙色の街灯の下をいつものペースで歩く。
数分してたどり着いたのは、簡素な遊具しかない小さな公園だ。
いつからここを小さいと思うようになったのだろう。昔はとても広く感じていたのに。
高くそびえていたジャングルジム、空に届きそうな勢いで漕いでいたブランコ、遊び方を間違えていた滑り台、座ったベンチも昔は、足が地面に着かなかったのに。
そんなことを思いながら、手に持っていたスマホの電源をオンにする。おばあちゃんの家では、あまり使わないようにするのが暗黙のルールなので、行くときは必ず電源を切るようにしていた。
1分もたたないうちに起動したスマホには、何十件ものメッセージが届いている。全部が全部俺にあてたものではなく、グループチャットでのやり取りがほとんどだ。
通知の表示がうっとおしいので、既読だけつけて内容は読まない。今までも、グループで発言したこととかないしな。
返信をしなければいけないのは、個人でメッセージを送ってきている斗季と横山くらいだ。
昨日の夜、斗季と横山には、クラス会に参加できないかもしれない、という旨のメッセージを事前に送っていた。連絡は社会人の基本。お店の予約をしてすっぽかすような大人にはなりたくない。
斗季は、『またか……了解』と、短い返事を、横山は少し怒っているような返事だったかな。
二人が自分の時間を割いて準備していたことを知っていた手前、断るのは少し……いや、だいぶ後ろめたい気持ちはあった。
でも、俺にも事情がある。たとえ人から嫌われても、怒られても、見放されても、これは抱えなければいけない。
理由を聞いてきた横山には、家族の用事と伝えた。斗季が理由を聞いてこないのは、姉さんのことを知っているからだろう。
もう一度二人に謝罪のメッセージを送っておく。すると、斗季からはすぐに返事が返ってきた。
『気にすんな。また誘うからな!』
そんな一文と一緒に、今日のクラス会で撮ったであろう自撮りの写真が送られてくる。
いらねぇ……。なんて返せばいいか困ったときはスタンプ押しときゃなんとかなる。それにしても、メッセージがスタンプで締めくくられる率は異常。
少し遅れて、と言っても、平気で数時間メッセージを放置する俺からしてみれば相当早いほうだが、横山からも返事がきた。
『しょーがないでしょ。次は来てよね』
次も誘ってくれるのか。それはありがたい。
『それより、たっくんの情報役に立った。ありがとう』
『なんのことだ?』
『奏のこと! ダル猫で話弾んだ』
あぁ、したなそんな話。それより奏って誰? 俺が知ってる奏といえば、歌と社くらいなんだが……。あ、社か。社、横山と話せたのか。
あの苦しそうな笑顔の裏に、何があるのかわからないが、横山の性格ならそんなの気にしないのかもしれない。社と横山は真逆だな……。
そんな二人の架け橋になるダル猫は偉大だ。スタンプ化までされちゃって、この商売上手!
そこで俺は、ふと、あることを思い出した。
「社には、行くって言ってたな……」
クラス会に社を誘うとき、間違いなく言ってた。
だとすると、社にも連絡するべきだったのでは……? でもな、社に連絡入れようとしたら、家の固定電話になるわけでしょ? もし仮に親御さんや、兄弟姉妹が電話に出たら社も困るかもしれない。……これは引き分けだな! 何が?
『あ、全然関係ないんだけど、たっくんて好きな人とかいないよね?』
『ほんと全然関係ないな……。それは、ひ・み・つ』
『うわぁキモ』
知ってる知ってる。
好きな人ね……。毎クール変わってんだけど、言っても伝わんないだろうなぁ。俺のことわかってくれるのは青倉先生だけ!
てか、キモいだけ言ってメッセージ終わらせないでほしいんだけど?
二人への返信も終えたことだし、コンビニでアイス買って帰ろう。
明日はバイトあるし、その次の日は学校がある。はぁ行きたくねぇ。
重い足取りでたどり着いた駅前のコンビニで、姉さんと妹、仕方ないので母と父の分もアイスを見繕っていると、近くのお客さんがひそひそと小声で何かを話していた。
え、俺臭い? それとも邪魔?
「あの子可愛くね?」
「うわ、ほんとだ」
俺のことじゃなかったか。よかった。
勝手に抱いた不安を勝手に解消して、そのお客さんと同じ方を何気なしに見てみると、たしかに、誰かと共有したくなるくらいには可愛い女の人が、ドリンクコーナーにいた。
紺色のロングスカートに白色のブラウスを合わせて、小さめのリュックを背負った、綺麗な瑠璃色の髪を揺らす女の人だ。
俺の視線を敏感に感じ取ったのか、ちらっとこっちを見たその人と、目が合ってしまう。
「っ! ……香西、君?」
「う、うっす」
「あ、うっす」
「社か……。気づかなかった」
吸い込まれそうな濃紺の瞳は、見間違えようもない。社奏だ。
「え……。変、かな?」
「違う違う。制服しか見たことないって意味だ。似合ってるから安心しろ」
「っ……!」
似合ってるどころの話じゃないな。超似合ってるって感じ!
「……どうした?」
「う、ううん、その、ありがと」
「お、おう……」
俺は本当のことを言っただけだ。
それでも喜んでもらえたなら、それはそれでいいか。
頬をわずかに染めて、左ひじを抱きながら社は、恥ずかしそうに笑っていた。
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