表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
15/142

雨の日

 クラス会まであと二日と迫った木曜の昼休み。

 今日は朝から、雨が降っていた。

 厚い雲から落ちる雫が、窓に当たって、つーっと流れていく。雨が降るとまだひんやりする季節のせいか、窓を閉め切っているとはいえ少し肌寒く感じる。

 朝と比べればまだマシになってきたが、寝るにはちょっと寒い。

 とりあえず、昼飯を食べよう。俺の昼休みはこれからだ!

 前の席のやつも後ろの席のやつも、チャイムと同時に教室を早足に出て行くので、睡眠には困らない環境だ。

 彼ら彼女らの目的は、売店のパンである。食べたことはないが、学校近くのパン屋さんから出来立てを仕入れているらしいので、結構美味しいらしい。月曜日も、横山がそのパンを食べていた。

 ちなみに、斗季と横山は付き合っていないとのこと。横山には好きなやつがいるからと、斗季が口を滑らせてめちゃめちゃ怒られてたな……、羨ましい。

 それ以上は言及しなかったので、それがどこのどいつなのかはわからないが、横山に好意を持たれるってことは、相当すごいやつに違いない。

 その横山は、教室の真ん中あたりを陣取って、いつものグループで楽しくおしゃべりをしている。

 斗季とは、月火水と一緒に昼飯を食べたので、今週はもうここには来ないだろう。


 一人でまったり過ごす昼休み。なんか久しぶりだ。天気がよければ寝れるのに……。

 短く息を吐いて、机にかけてあるカバンから弁当と水筒を取り出す。

 後方に目をやれば、社がちょうど教室を出て行くところだった。

 雨の日でもあそこで食べるのか。晴れてても暗いのに、こんな天気だと余計暗いだろうな。

 そんなことを思いながら、なんとなく社の背中を目で追っていると、ドアの前で一瞬立ち止まった社が、ちらっとこっちを見た。けれど、すぐに歩き出して、教室からいなくなる。

 見てたことバレたっぽいな……。女の人は男の視線に敏感と聞くし、普段注目されている社は、特に敏感なのかもしれない。


「さっさと食って寝るか」


 社との距離なんてこんなもんだ。何も変わらない、何も期待しない、他とは違うなんて思い上がらない。これ非ラブコメ三原則な。

 人が少ない教室は、嫌に静かだ。おかげで雨の音がよく聞こえる。なら、あの場所は……って、何考えんてんだ。

 社は、好きであそこで食ってるんだから、俺が気にかけるようなことじゃない。

 たまたま用があったから、社と飯食ってただけで、社にとって俺は邪魔なんだ。

 俺も一人でいるのは嫌いじゃない。不用意に入り浸って、社が一人でいられる場所を奪ってはダメだ。


『じゃあまた』


 先週社はこう言ってたが、社交辞令だろう。俺もよく使うし。……でもあいつ、始業式の次の日、わざわざ挨拶しに来てたな。


「はぁ……」


 別に、何かを変えたいとか、何かに期待しているとかじゃない。ただ、あの日のお返しをするだけ。深い意味はない。決してない。

 弁当と水筒を持って席を立つと、横山が笑いながら、「顔洗った方がいいんじゃない?」と失礼なことを言ってくる。


「お茶買いに行くだけなんだが」

「ふーん、水筒と弁当持って?」

「……やっぱいちごオレだな」

「適当だね……」

「てか、俺の顔になんかついてるのか?」

「いや何にも。眠そうだから言っただけ」

「残念ながらこれは生まれつきなんだよなぁ……」


 遠い目をしながら言うと、横山にも一緒にいた女子にも笑われて、ちょっと帰りたくなった。女子の嘲笑ほど、男子を傷つけるものはないからな?


「ま、いってらー」

「いちごオレ買ってくるだけだし」

「ちっ、いいから早く行け」


 あれ? 今舌打ちした? 気のせいだよね?

 横山にがっつり睨まれ、逃げる形で教室を出る。すると、横山とその一味の笑い声が後ろから聞こえてきた。

 ふん、どうせ俺のことを笑っているに違いない。言いたいやつには言わせておけばいいさ、夜になったら俺の枕が濡れるだけだからな……。言わせてるだけだった。


 予想以上に、ここは静かで暗い。

 本当に社はここに来ているのか……? いなかったらいなかったでちょっと困るけど。

 この別棟は使われていないわけじゃないが、文化部の部室や机の保管部屋、移動教室用の部屋等が集中しているので、生徒が頻繁に訪れるような場所じゃない。

 昼休み中、人がいるとすれば、一階、二階の部室くらいだ。三階と立ち入り禁止の屋上付近には、普通誰も来ない。雨の日となると、余計足は遠のくだろう。


「なんて声かければいいのかね……」


 重い足を運び、一段一段階段を上りながら、頭の中で考える。

 クラス会のことで伝えることはないし、委員の用事もない。理由もなしに行ったら警戒されそうだな……。

 さて、ここを上りきれば社がいる……はず。

 いつもよりどんよりしていて暗い。雨の音も教室よりよく聞こえるし、寒い。大丈夫なのか、あいつ。

 これ以上ここで時間を割いても仕方ない。昼休みも、無限にあるわけじゃないし。

 音を立てないよう慎重に階段を上っていると、上から小さな声が聞こえてくる。


「今日は、来る、来ない、来る、来ない、来る来る来る……」


 どうやら、俺が心配していたことは、全部杞憂だったらしい。最後の方がちょっと気になったが、まぁ追い返されることはなさそうだ。


「……うっす」

「っ! か、香西君、うっす……」

「来て大丈夫だったか?」

「あ、も、もちろん!」

「そりゃよかった」


 座っていた場所から少しずれて、スペースを作ってくれた社に軽く頭を下げる。すると社は、小さく首を振って笑顔で俺を見上げてくる。

 そんな嬉しそうにされると、こっちもやりにくいんだけど……。

 社は、俺が座ると、身を乗り出して首を傾げた。


「何か用があるの?」

「あー……いや、特にないな。先週、またって言ってたから」

「そ、そっか……」


 目をそらして言うと、恥ずかしそうにこっちをちらちら見ながら髪を耳にかける社は、また嬉しそうに笑う。

 さっきまで寒いと感じていたのに、この数十秒でグッと気温上がってませんか?

 咳払いをして社を見やると、結構時間がたっているのに、社はまだ弁当を開けていなかった。

 もしかして待ってたのか? ……あ、いや、それはないな。自意識過剰だ。きもい。


「……とりあえず食うか」

「そうだね」


 今日の弁当は母が作ってくれた。母が作った弁当は基本的に茶色が多い。妹のものとは違い、なんとも単純である。

 社の弁当は、どうやらオムライスのようだ。一緒に付いている小さなスプーンは、ダル猫グッズの一つだった。


「いただきます」

「いただきます」


 まぁシンプルイズベストという言葉があるように、結局男子高校生には、肉か揚げ物食わせとけばなんとかなる。もー、男子ってわかりやすい!


「……今週もここで食べてたのか?」

「うん、ここで食べてたよ。そういえば香西君、やっぱり横山さんと仲良いじゃん」

「全然だな」

「だから否定されると困るなぁ……」


 社が言ってるのは、月曜日のことだろう。

 その日は俺の席であの二人と飯を食べていたので、社の目に入ってもおかしくない。

 俺が斗季と横山は付き合っていると思ったように、客観的に見れば、俺と横山は仲が良いように見えるかもしれない。

 誤解も誤解だが、解く必要のない誤解はそのままにしておこう。聞かれれば否定するけど。


「横山も楽しみにしてたぞ、社が来るの」

「そっか……。なんか緊張するなぁ」

「社でも緊張とかするんだな」

「するよー、最近は……しっぱなし」


 ほんと社は、よく笑う。こっちの心臓が持ちそうにない。普段からこんな感じにしてたら、多分、もっとモテるんだろうな……。

 なんとか気持ちを落ち着かせようとすると、自然に食べるスピードが早くなる。気がつけば、弁当の中は、ウインナー一本しか残っていない。


「仲良くなれればいいな、横山とか、他のやつとも」

「……うん」


 よく笑うからこそ、その違いもよくわかる。

 時折見せる、苦しそうな笑顔は、きっと触れてはいけないものなのだろう。

 余計なことを言ってしまったと軽く後悔して、最後のウインナーを口に運んだ。


「ごちそうさまでした」

「っ……」

「別に急がなくていいぞ、時間はあるし」

「……ありがと」


 いちいち笑うなよ、可愛いから。


 それから数分して、社がオムライスを食べ終えた。それまでの間、何を話していたのかよく覚えてないが、社がずっとニコニコしてたので、お腹と胸がいっぱいです。


「おまたせしました」

「あぁいや」

「今日は、香西君から先にどうぞ」

「いいのか?」

「うん」

「ならお言葉に甘えて。次は社からな」

「え……あ、うん、次は、私……うん」

「じゃあまた」

「うん、また」


 非常階段から教室に戻ってきた俺は、無意識に次とか言ってたことに気づいて、ちょっと帰りたくなった。

読んでいただきありがとうございます。


評価、ブクマ、ありがとうございます!

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ