表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
141/142

140

 十二月十二日。奏の誕生日当日。

 初デートの二の舞になるまいと早めに就寝したおかげで、ぐっすり眠ることができた。

 寒さに耐えて布団から出ると、襲ってくるのはフローリングの冷たさ。なるべく接地面積を少なくしようとつま先立ちで歩く。すると必然的に足音も小さくなり、気持ちは泥棒のそれである。

 なんて思いながら階段を降りてるとリビングから物音が聞こえてくる。もちろんいるのは泥棒なんかではない。


「おはよう緋奈」

「おはようお兄ちゃん。ずいぶん早起き……あ、今日奏さんの誕生日だからだね。起こしに行く楽しみがなくなっちゃったよ」


 この時間に俺が起きてきたことに驚きつつも、その理由を一瞬で見抜き嬉しそうに笑う緋奈。パジャマにエプロン……この時間しか見られない激レアな妹の姿がここに。


「でも早すぎじゃない?」

「昨日早く寝すぎてな……」


 時刻は朝の六時過ぎ。約束の時間は昼の一時なのでまだまだ時間はある。


「朝ごはんいる?」

「いややめとく。いつもと違うことしたらダメな気がする」

「心配しすぎだよ。今日は私もいるんだから安心してよね」

「兄としては胸の張れない保険だ……」


 緋奈も奏の誕生日会に呼ばれている。彼氏の妹ではなく友人の一人として。まぁ俺以上に仲良いしな。


「歯磨いてくる」

「はーい」


 朝の色々を済ませリビングでぼーっとしてれば、寝ていた家族もぞろぞろと起きてくる。なぜか俺の予定は家族全員知ってるので母、父、姉にもしっかりいじられた。

 俺以外の四人が朝食を食べ始めたところで少し散歩に出かけることにした。じっとしてても落ち着かないし、いい匂いが充満した空間にいるといやでもお腹が空いてくるしな……。


 早朝の住宅街。日は完全に登りきってるのに暖かさは微塵もない。散歩してる犬でさえ服を着込んでいる。

 すれ違うご近所さんたちに小さく会釈しつつ、見慣れた景色の中を進んで行く。


「緊張するなぁ」


 そう呟くと白い息が薄くなって消えていった。

 落ち着くため冷たい風にでもと思ってたけど……やはり落ち着かない。頭も妙に冴えてるし、体もふわふわしてる。風邪か熱でもあるのかと体温を測ってみたが、特に異常はなかった。

 戸堀先輩と斗季にアドバイスを貰いながら選んだプレゼント喜んでくれるだろうか……。今になってもっといいものがあったのでは……と不安が募る。

 結局あのお店では買わず、無難にダル猫ショップへ赴きガラスケースの中にあったネックレスを選んだ。これから奏の好きなものを知って行くなんて約束を戸堀先輩と結び、渋々許してもらった。


『逃げだよ』


 と、厳しい言葉ももらったがな……。


 買ってしまった物は仕方がないとして、緊張の理由はもう一つある。それは、奏の家族と顔を合わせることだ。

 奏は祖父母と三人で暮らしてるらしい。きっと彼氏ができたことも伝えてるだろう。

 例えば、魔王との決戦前、勇者はこんな気持ちなのかもしれない。

 奏の祖父母を魔王呼ばわりするのはとても申し訳ないが、やり直しは効かないうえに失敗は許されないことを考えると魔王以上の何かと言っても過言ではない。やっと初期装備から卒業したばかりだというのに……。

 特におじいちゃんは厳格な人だと聞き及んでいる。会った瞬間殴られたりしないよな……?


「いや大丈夫」


 昨日の夜からこんな自問自答をぐるぐると繰り返している。

 あの斗季だって初めて戸堀先輩の家に行くときは緊張したって言ってたしな! 緊張して当たり前……いやちょっと待て。あいつが初めて家に行ったのは、まだ戸堀先輩と付き合う前のはず。好きな人の家に行くまでは一緒だが友人として行くのと彼氏として行くのとでは訳が違うのでは……?


「大丈夫……なのか?」


 もうどうなったら正解なのかわからなくなってきた。もしかしたら、正解なんてないのかもしれないけど。


「駅まで来てしまった……」


 気がつけば、身に染み込んだ道を辿っていて、このままじゃ休日なのに学校を目にする羽目になってしまう。

 せっかくなので家族に軽くお土産でもと寄ったコンビニ。何個かスイーツをカゴに入れてレジに並ぶ。前のお婆さんの会計と同じく俺の会計もスムーズに終わった。朝の店員さんは優秀だな。

 店を出てすぐのことだった。

 甲高い金属音と共に、男の怒号が聞こえてきた。その方向を見ると、最後に暴言を吐いて男が去ろうとしてる場面を目撃。どうやら音は自転車のブレーキだったようだ。自転車と歩行者が接触しそうになったっぽいな。

 歩行者は……俺の前にいたお婆さんだ。尻もちをついている。


「大丈夫ですか?」

「あぁありがとうね〜。不注意だったね〜」


 駆け寄って手を貸す。なんとか立ち上がれたので大きい怪我はないみたいだ。

 それにしても倒れた相手にあそこまでするかね。あの男に天罰が下ることを願う。


「歩けそうですか?」

「平気だよ〜。いい子だね〜」


 包まれるような優しい笑顔。どこかで感じたことあるような温かい気持ちになる。


「あ、卵が……」


 さっきコンビニで買ったであろう卵が袋の中で割れている。


「全滅だね〜……。買い直すよ、心配かけてごめんね〜」

「いえいえ」


 そこでさよならすればよかったのだが、なぜかついて行ってしまった。も、もしかしたら足とか痛めてるかもしれないしね!


「今日孫娘が誕生日でね〜。ずっと楽しみにしててそれが可愛くてね〜。普段はおとなしい子なんだけどね〜」


 俺も小さい頃は自分の誕生日が待ち遠しくて一週間前からソワソワしてたけっな。今は恥ずかしいという気持ちの方が強くなってる。

 しかし誕生日は、ただプレゼントを貰う日でも歳を取るだけの日でもない。

 お婆さんのように本人と同じくらい楽しみにしてる人がいて祝福してくれる。その感謝の気持ちを伝える日でもあるのだ。

 ……と、両親が言ってた。


「そうなんですね。僕も今日か……と、友達が誕生日で」

「それはおめでたいね〜」

「お孫さんもおめでとうございます」

「ありがとう。伝えておくね〜」


 卵を買い直したお婆さんを見送って俺も帰路に着く。

 どうしてか、あのお婆さんの雰囲気が誰かに似てる気がする。喉元まで出かかってるのに確信が持てない。またモヤモヤが増えたな……。


 まぁその答えは数時間後知ることになるんだが……。


読んでいただきありがとうございます!

投稿遅くてすみません……。


評価、ブクマありがとうございます!


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ