雑用属性
学校が終わってからバイトが始まる時間まで、結構な時間がある。
いつもなら、駅周辺をぶらぶらするか、ファストフード店に入って小腹を満たすか、バイト先近くの休憩所でまったり過ごしたりしてる俺なのだが、今日はファミレスのテーブル席に座っていた。
脇に置いてあるメニューを二つ手に取って、向かい側に座る女子に差し出す。そして、もう一つを隣に座る男子と一緒に開いた。
「とりまドリンクバーとポテト」
「だな」
こういった場所に慣れているのか、横山と斗季は、メニューを満足に見ないで、ポチッと店員さんを呼ぶベルを鳴らした。
いや、俺まだ決まってないよ……。そんながっつり食う気はないけど、あまり来ない場所だから、もうちょっと楽しませてほしい。
「「じゃんけんぽん」」
「は、え」
なんて思っていたら、急にじゃんけんが始まり、一番最後に出した俺が負けた。
「今日は香西がドリンクバー係ね」
「よろ」
「えぇ……」
何そのルール俺知らない。サッカーのオフサイドくらい知らない。
店員さんがやって来ると、横山は、慣れた様子で注文を終える。
「じゃあ私コーラ」
「俺も」
「……あい」
急に誘われてついてきたらこの扱いって……。俺はどこにいても雑用係なのね……。
ホームルームが終わって教室を出ると、俺のことを待っていたらしい斗季が、ファミレスに行こうと提案してきた。
断る理由もないしバイトの時間までならと承諾すると、たまたまそれを近くで聞いていた横山もなぜかついてくることになり現在に至る。
二人のコーラと自分のウーロン茶を注いで席に戻ると、各々感謝の言葉を述べながらそれを受け取った。
「なんか用か」
本当はもっと早く聞きたかったのだが、ここに来るまでの道のりずっと横山と話していたからな、こいつ。
まぁ斗季のことだし、暇だからとか、気分とか、そんな理由だろうけど。
「聞きたいことがあってな」
「なんだ」
「拓人お前、どうやって社さんの連絡先を手に入れたんだ」
「残念ながら企業秘密だ」
どうやら相当暇だったらしい。
真剣な面持ちで聞いてきた斗季を適当にあしらって、ウーロン茶に口をつける。氷が音を立てると、余計に冷たく感じた。
「ここ二日教室に行っても拓人いないし、どこで飯食ってんだよ」
「……秘密だ」
社には言わないでほしいと言われてるので、たとえ友人の斗季でも教えることはできない。
あそこは社だけの場所だ。俺ももう行くことはないだろうし。
「まぁ来週は一緒に食おうぜ」
「おう頼む」
「とっきーと香西ってそんな仲良かったんだ」
と、コーラを半分ほど飲んだ横山が、スマホをぽちぽちしながら、チラリと視線をこちらに向ける。
ショートツインテールは今日も健在。薄っすらとメイクをしているようだが、横山には必要ないのでは? と思うくらいに、彼女の顔は整っている。
「まぁね。横山さんと拓人は?」
「仲良くはないな。ただのクラスメイト」
「いやそうだけどさ……。言われたら複雑」
間髪入れず俺が答えると、横山は苦笑いを浮かべた。
友達の定義というのは、人によって違うと俺は思う。
ある人は、一度話したらもう友達なのかもしれないし、ある人は、一回遊んだら友達になるかもしれない。
斗季や横山の定義は知らないが、俺にも定義はある。わざわざ教える必要もないので言わないけど。
はぁーと息を吐いた横山は、何かを思いついたのか、組んだ腕をテーブルに乗せて俺と斗季を交互に見やった。
「じゃあこの機会だし香西にもあだ名をつけよう」
「お、いいね。拓人に可愛いあだ名がつけば人も寄ってくるはず」
「どの機会だよ。いいよ恥ずかしい」
「呼ぶのは私だからいいでしょ」
半分笑いながら、そうだなぁーと思案する横山は、実に楽しそうである。
斗季と同じく、横山も人に対して壁を作らないタイプのやつだ。
普通、男子二人でファミレスに行くって聞いて、私も行くなんていうやつはいない。俺の世界でこういうやつのことをリア充と呼ぶ。やだ! 久しぶりに聞いた!
俺が横山にあだ名をつけるとしたらそうだな、先生は青倉先生とかぶるし……。ここはいっそお嬢様とかにしちゃおうかな! やべぇ、嫌われる未来しか見えない。でもそれもまたいい。
「よし決めた、下の名前が拓人だからたっくんで」
「じゃあ横山はお嬢様で」
「うわキモ。たっくんキモ」
できるだけ冗談っぽく言ったつもりなのにマジ引きされたんだけど……。声の低さがやたら怖い。しかもなんかもうあだ名で呼んでますね……。そっちがいいならいいんだけどさ。
そんな様子を見ていた斗季はぷっと吹き出し、大げさに笑いだす。
「なんだ、もう仲良いじゃん」
「どこがだよ。あの目を見ろ、ゴミを見る目だ」
「たっくんってなんか時々意味わかんないこと言うよね……。先生とか言われたときはマジキモかった」
あのね、キモいキモい言わないでね? わかってること言われるのが一番嫌い!
しばらくしてポテトが運ばれてくると、それをつまみながらちゅるちゅるとウーロン茶を飲む。
斗季と横山が話しているのは、ほとんどがクラス会のことだった。席の振り分けやら、出欠確認のやり方やら、大規模になった分、やることは多いようだ。
「社さんはどこにする?」
「俺の近く……って言いたいとこだけど、男子からは遠ざけた方がいいかな」
「おいどうした斗季、社と近づくためにクラス会を開催したんじゃないのか」
「まぁそうだけど。でも今回じゃなくてもいいかな。来てくれるのは嬉しいし」
「だよね。社さんが参加するの珍しい。たっくんが誘ってくれたからだね」
「いや……横山に言われたからやっただけですし」
俺の手柄みたいに言われても困る。
そもそも今まで社が来なかったのは、誰も社を誘ってなかったからだ。
俺じゃなくても、それこそ横山あたりが誘えば、来てくれたはずだ。
「でも、たっくんが誘ったってのはでかいと思うよ」
「「なんで?」」
斗季と二人して横山に聞き返したが、やれやれと肩をすくめるだけで、答えてはくれなかった。
「私も社さんと仲良くなれたらいいけど……。たっくん何かいい情報ない?」
「あーそういえば、ダル猫が好きっぽいな」
今日のキャラ弁に対する食いつき方はすごかった。キーホルダーもメモ帳もダル猫だったし、自分で弁当を作るとも言ってたからな、間違った情報ではないはずだ。
「ほほう、それはいいことを聞いたかも」
「なんで拓人がそんなこと知ってんだよ」
「たまたまな。それくらいしか知らないけど」
料理が上手い、暗いところが好き、他にも色々あったが、無難なのはダル猫だろう。
いいなー、とぼやく斗季は、スマホでダル猫を検索して、画像を数枚保存していた。あぁ、諦めてはないのね。
二人の会議にちょくちょく参加しながらドリンクバー係の仕事をこなしていると、バイトに行くには、いい時間になっていた。
「俺そろそろバイトいかないと」
「おー、もうそんな時間か。じゃあ今日はここまでだな」
「だねー」
三人で店を出て、駅まで二人と歩く。バイト先は逆方向だが、距離はそこまで変わらない。
斗季と一緒で、横山も電車通学らしい。なので、ここで解散になる。
「じゃあな拓人。バイト頑張れ」
「おう」
「たっくん頑張れー」
「ども」
二人からの激励をありがたく頂戴して、そのお礼に、駅のホームに消える二人を見送った。
そして、今日一番気になっていたことを一人呟く。
「あの二人付き合ってんのか……?」
いやでも、斗季は横山のことさん付けで呼んでたし、付き合ってるって感じの距離感ではないような……。
抱えてしまったモヤモヤが晴れたのは、来週の月曜になってからだった。
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