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 厚い雲のおかげで、昼間にも関わらずどんよりと暗い窓の外。適度に混んだ電車が止まるたび、人と同じようにして温かい空気と冷たい空気が入れ替わって行く。

 日を重ねるたび厳しくなる寒さが冬の訪れを感じさせ、早く夏にならねぇかなとか、この時期だけ沖縄に引っ越したいとか、そんな現実逃避に走りたくなる。

 窓に写る十七年連れ添ってきた眠そうな顔にがっかりしながら、ただ静かに目的地に到着するのを待っているのは、どこにでもいる普通の高校生こと俺、香西拓人。

 その隣では……友人の三野谷斗季が席に座る少女、戸堀藍と小声でおしゃべりをしていた。


「藍先輩体調大丈夫ですか?」

「そんな何回も聞かなくていいよ」

「ダメです。先輩のお母さんに頼まれてるんですから」

「だからって……。今日は一年に一度あるかないかの絶好調日だよ」


 うんざりしながらも、どこか嬉しそうな戸堀先輩。

 ちくしょう人前でイチャイチャしやがって。遠目から見たら叔父と姪みたいな──


「後輩君……っ!」

「いった! まだ最後まで言ってないですよ!」

「何をかな? 何を最後まで言ってないのかな?」


 笑顔で足踏まれるってどんなご褒美? ……じゃなかった、なぜ思ってることがこの人にはバレてしまうのか。


「……すみませんでしたっ」

「君は失礼なこと考えてるときすぐ顔に出るからね? あとうるさいから静かにね」


 誰のせいやねん。とはもちろん口に出さず、先輩の注意に素直に従っておく。


「妬けるな〜」

「どこにだよ」

「いや俺だってまだ足踏まれたことないからさ」

「斗季お前……そういう趣味だったのか……」

「藍先輩にだったら何されてもいいってこと」

「……熱々なことで」


 斗季と戸堀先輩。俺の友人二人は、付き合っている。

 忘れもしない文化祭での告白。校内新聞にも大々的に取り上げられ、今後うちの学校では、あのライブは伝説として語り継がれていくことだろう。

 二人をずっと間近で見てきた身からすれば、二人の関係が進展したことは喜ばしいことこの上ない。

 ただ、やはり寂しい部分もあった。

 それは……今までの関係ではいられないということでもあるからだ。

 友人の少なさに定評のある俺には、気兼ねなく話せる相手が斗季と戸堀先輩くらいしかいない。

 今まで遠慮せず二人の輪に入っていたが……恋人同士となった二人に遠慮しないわけにはいかない。

 学校でも休日でも会う回数はガクッと減り、スマホでのやり取りも極端に少なくなった。

 俺にも社奏という女神様のような彼女ができたのも理由の一つだとは思う。

 でも、斗季と戸堀先輩の関係は、俺と奏とは違う部分がある。それを思うと、やはり今は邪魔をしてはいけないという気持ちが強くなる。


「本当によかったのか? 俺呼んで……いてぇ」


 電車を降り、戸堀先輩がお手洗いに行ったタイミングで斗季に聞いてみる。「うんこですか?」って冗談で言ったら普通に殴られたぜ……。

 痛むお腹をさする俺に「自業自得だな」と笑いかける斗季。


「いや最近遊んでなかっただろ? だから藍先輩と拓人誘うかって話したんだよ」

「先輩も? なんでまた」

「藍先輩気付いてるからなー拓人が遠慮してること。『後輩くんって気使いすぎだよね』って笑ってたぞ」

「そりゃ使うだろ。戸堀先輩もうすぐ卒業だし……」

「やっぱりな。予想も的中だ」


 大人になれば一歳の年の差なんて気に留めるようなことじゃないだろう。

 でも、学生にとっての、俺たちにとっての一年はすごく大きな差だ。

 同学年ですら三年間しか同じ環境にいられない。そこに一つ、二つ差が生まれれば、その時間はさらに短くなる。

 それに斗季と戸堀先輩が恋人になったのはつい最近のことだ。関係が変わってからの学校生活も満喫したいに決まっている。

 だから今は、二人の邪魔なんてしたくない。どうせこの先も二人とは友人として付き合っていくことになると思うし……多分だけど。


「そんなの気にしなくていいって。これっきりってわけじゃないんだし」

「いやでもな……」

「まぁ拓人の性格は俺も藍先輩も知ってるからさ、拓人が遠慮するなら俺らが遠慮なく誘うことにするわ」

「二人がいいならいいけどな……。で、今日はなんで誘われたんだ?」


 爽やかスマイルに泥スマイルで返事をしたところで、今日二人に誘われた理由を聞いてみる。

 久しぶりのお誘いだったから二つ返事で行くと答えたが、何をするのかは聞いてない。

 基本的に三人で集まるときは、勉強するためにテスト前の時期が多い。場所は大体図書館だったり、飲食店だったり、斗季の家だったりするのだが……今日はテスト前でもなければ、電車に乗ってわざわざ遠出までしている。

 ……まさか二人のデートに付き合わされるわけじゃないよな? 集合してからも二人は俺の前でちちくりあってやがるし。さすがの俺もそれなら帰るぞ?


「俺たちのラブラブを拓人に見せつけようと思ってな」

「よし帰ろう」

「冗談だ。簡単に言うと藍先輩のお節介のためだな」

「お節介?」

「……拓人最近悩み事ないか?」

「悩みなぁ」


 最近俺の頭を悩ませてるのは、もっぱら奏である。というか、奏絡み以外で悩むことはない。一つのことが解決してもまた新しい悩みが生まれるんだよな……。まぁ今回は重い悩みではないんだけど。


「社さんの誕生日近いもんな」

「……そうなんだよ。てかなんで知ってんだよ」


 声色でバレたのか、顔に出てたのか、見透かされたみたいに言い当てられた。


「藍先輩に聞いた。社さんが物凄く楽しみにしてるって」

「そ、そうか……」


 奏が楽しみにしてくれてるのは喜ばしいことだ。しかしその分俺にプレッシャーがかかるわけでして。

 俺の誕生日は、奏の手料理とプレゼントでブックカバーを貰った。胃袋はがっちりと掴まれ、ブックカバーも愛用している。つまるところ、奏のお祝いはこれ以上ないくらいの大成功だったわけだ。

 ならば最低でも奏と同じくらい……いや、超えるくらいのお祝いをしなければと意気込んでたものの……考えれば考えるほどそれが難しいことだと気づいてしまった。

 理由はいくつかあって……。


「俺と先輩も呼ばれたんだけど行って大丈夫なのか?」

「奏の誕生日だしな。奏のやりたいことをやらせるのが一番だ。もちろん来てくれるよな?」

「なら、断る理由はないな」


 一つ目は、二人きりではないこと。

 誕生日当日は、奏の家を会場に誕生日会を開く予定だ。どうやら奏のおばあちゃんがそうしたらと提案してくれたみたいで、奏もそれに賛成。呆気なく俺のデートプランは崩れ落ちた。


「拓人は社さんの家行ったことあるのか?」

「ない」


 二つ目は、誕生日に彼女宅に初訪問であること。

 一人じゃないのは気が楽かもしれないが、どんな顔して挨拶すればいいのかよくわからない。横山とか緋奈も来るからな……あんまり恥ずかしいところを見られたくない。


「初めては緊張するからなー頑張れよ。で、誕プレは買ったのか?」

「……まだだ」


 三つ目は、誕生日プレゼントを何にするか、だ。

 正直これは見当もついてない。だいぶ前にストラップをプレゼントしたことがあるのだが、姉さんと緋奈に「ありえない」と最低評価をもらい、軽く傷ついたりしている。

 奏は喜んでくれたのに……。いやまぁ奏のことだから嘘でもそうしてくれたのかもしれないな。

 とまぁそんな経緯もあり、何を選んでもしっくりこないのが現状で、悩んで悩んで悩んでたら誕生日当日がもう目前まで迫ってた。

 あと一週間……。決して目をそらすために二人の誘いに乗ったわけじゃない。ほんとですよ?


「お待たせ……ってどしたのいつも以上に変な顔して」

「おかしいな、いつも変な顔してるみたいに聞こえるんですけど?」

「何を今更。まぁどうせ奏ちゃんのことでしょ? だから今日後輩君誘ったんだよ」

「え?」

「あれ? 斗季君から聞いてないの?」

「何も聞いてませんが?」

「何も言ってないからな」


 間抜けな顔をしてるであろう俺を笑う斗季と、その様子を見てやれやれと肩をすくめる戸堀先輩。

 ……なんだよ! 二人して俺をからかうために呼んだのか!


「全く……。ほら行くよ、誕生日プレゼント選びに」

「藍先輩が付き合ってくれるってよ。やったな」


 人の行き交う駅構内。それでも構うものか。さっきまでの無礼を詫びるため土下座しよう。


「ちょ! やめて恥ずかしい!」


 ……全力で止められた。

 でもこれだけは言わせて欲しい。戸堀先輩好き。

読んでいただきありがとうございます!



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