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 全部終わったと思ってたのは、俺だけだったようだ。

 休憩所の丸テーブルで向かい合う二人の美女。片方は自分の恋人。もう片方は自分を好いてくれてた後輩。

 この様子を絵に描いてSNSに載せようものならバズりにバズって新連載が決まるまである。まぁ絵は描けないけどな……。

 と、余計なことを考えてなければ、とてもこの空気には耐えられない。

 奏が何でここにいるのかはわからない。しかし夢前川は、この時が来るとわかってたみたいに冷静だ。

 冷静じゃないのは俺と奏。俺たちの方が年上なのにおかしい……。さっき買ったばかりの水がもう半分ですよ。


「あの……そろそろ大丈夫ですか?」

「は、はい」

「先輩もいいですか?」

「お、おう」


 夢前川が切り出し、俺と奏は同じタイミングで背筋を伸ばす。

 その様子に夢前川は、目を瞬かせ小さく息を吐いた。


「この度は申し訳ございませんでした。先輩と彼女さんの仲をかき乱すようなことをしてしまって。謝って済むことじゃないですけど……でも、これ以外に私にできることはないので」


 テーブルに頭をつける勢いの謝罪。

 どう返すのが正解なのか。怒るのは違う。かと言って気にしなくていいと慰めるのも違う気がする。

 夢前川のしたことは大いに俺を悩ませてくれた。いい意味でも悪い意味でも、俺と奏に影響を与えてくれた。

 そりゃまぁキスされたことはあれだが……それは夢前川も同じこと。

 好意を持ってくれることは、嫌なことじゃない。

 好意を持つことは、ダメなことじゃない。

 ただ俺は、奏が好きだった。それだけのことだ。


「……顔をあげてください」


 どれくらい時間がたっただろうか。長くなかったはずなのに、緊張で肩に力が入って少々疲れた。

 口を開いたのは、奏。声は小さく覇気はない。

 それが逆に夢前川の恐怖心を募らせてたのか、恐るおそる頭を上げた夢前川の表情にさっきまでの余裕は感じられない。


「質問していいですか? 正直に答えてください」

「はい……もちろんです」


 怯えながらも夢前川は強くうなずく。


「拓人君に告白したのは本当ですか?」

「はい」

「その時にキスをしたのも?」

「はい」

「彼女がいるって知っててだよね? 悪いことだってわかってるよね?」

「はい」


 だんだんと声色に怒気がこもっていく。視線をやや下にした奏は静かに怒っている。そんな奏から夢前川は視線をそらさない。


「それは……拓人君だからやったの?」

「……はい」


 この質問にどんな意図があったのか俺にはわからなかったが、夢前川には伝わったみたいだ。

 だからなのか返事を聞いた途端、奏はキッと夢前川を睨み返す。


「か、奏?」

「っ……ごめん拓人君。私今怖かったかも」

「そんなこと……」


 ないとは言い切れないな。たしかにさっきの奏は鬼気迫る勢いだった。普段温厚だからこそ、その怖さに拍車がかかっている。

 俺と目の前の二人とじゃあ今回の件の受け取り方が全く違う……のか? 今更になってそう思い始めた。

 ちらりと夢前川を見やれば、キュッと口を結んで奏を見つめていた。


「夢前川さん、私はあなたを許すことはできません。詳しいことは聞かない。でも意図して拓人君が一番困る方法を選んだのは、紛れもない事実。それは私が一番してほしくないことで……一番できないこと()()()から」

「……はい」

「それくらいしないとダメって思うのは……痛いくらいわかるけどね」

「……なんでしょう」

「ううん何でもないよ」


 一瞬向けられた困り顔には、少しだけ棘があった気がする。


「じゃあもうこの話は終わりでいいかな?」

「え……」

「他に何かある?」

「自分で言うことじゃないかもしれないですけど……何か罰みたいなことは……」

「謝ってもらったからいいよ。それに……もう十分だと思うから」

「……そう、ですか」


 最後にそう言って、奏はうーんと伸びをする。やっと緊張が解けたみたいだ。

 しかし夢前川は腑に落ちない様子で視線を泳がせる。どうやら思ってた結末ではないらしい。


 悪いことをした自覚がある分、お咎めの無い方が不安になる気持ちはわかる。罵詈雑言を浴びせられる方が、二、三発殴られた方がいいとすら感じる。

 それが自分への罰になって、罪を償えた気がするから。

 でも残念ながら、俺も奏もそういうのは慣れてないんだ。

 そもそも俺は罪だなんて思ってないし、奏はきっと必要ないと思ってる。

 だからもう終わりでいいだろう。……まぁ言葉にはできないが。


「というか奏さんどうしてここにいるんですか?」

「っ……それはその……拓人君の働いてる所を一目見たくて」

「いやいやなにも変わらないし見てても面白くないから。というわけで駅まで送ります」

「えぇ……!」

「じゃあ夢前川、先行っててくれ」

「は、はい……」


 駄々をこねる奏を連れて足早にその場から立ち去る。

 俺は、夢前川になにもしてやることはできない。ただの先輩と後輩。

 いつかお互いにお互いを忘れる時がくる。そんな、ありふれた関係だから。



 ※※※


「……拓人君の意地悪」


 不貞腐れた表情を浮かべた奏は、足取り重そうに駅へと続く道を歩いて行く。

 二人になった途端繋がれた手のおかげで、俺のペースも必然的に遅くなる。


「意地悪で結構。働いてるところなんて見せたくないからな」

「別にいいもん……戻ってくるから」

「もし戻ってきたら奏の誕生日まで手繋ぐの禁止にします」

「……それは困ります」


 冗談で手を離そうとすると両手で阻止された。

 手を繋がない作戦の効果は絶大。欠点は俺も困ることだ。まだまだ改良の余地があるな……。


「それより……私の誕生日覚えてくれてたんだ」

「そりゃまぁ一応、彼氏ですし」

「うん……嬉しい」


 少しだけ頬を染めた奏が俺の顔を覗き込むようにして微笑む。それが妙に照れ臭くて顔をそらしてしまった。

 俺の誕生日は、奏が色々してくれたからな。それに負けないほどのこととなると、難易度はそこそこ高い。

 まともに考える時間もなかったし、これといってしてやれることもないんだよな……。

 プレゼントは準備するとして、それだけでいいものなのか。


「じゃあ気合い入れて準備しとくね」


 なんて思ってると、奏が隣でふんすと空いた手を胸の前で握っている。

 あれ……もう何か約束してたっけ。


「準備……?」

「うん。おばあちゃんと一緒に拓人君をおもてなしする準備」


 そう言えば、奏の誕生日に家にお邪魔するって約束をしてたようなしてなかったような……。

 いや待てあれは約束だったか? その場の雰囲気で出た発言だった気がするんだけど。

 しかしそう思ってたのは俺だけのようだ。

 奏はずっと楽しみにしてたみたいで、さっきまでの不貞腐れ顔が笑顔で緩みきり、鼻歌まで聴こえてきた。


「また後で。誕生日もお楽しみに」


 別れ際、手を振って奏を見送る。

 奏の誕生日なのに俺がもてなされるのはおかしいんじゃ……なんて、言えるはずもなかった。


読んでいただきありがとうございます!


いいね、ブクマありがとうございます!

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