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あれだけ悩んでたことがたった数分で解決した。
自分の部屋で起こったことなのに、夢か現か、どちらにせよ信じられない。
奏に押し倒され、強引に唇を奪われた。
今になって動悸が激しくなってくる。だって奏がまさか……。
あの後、大きな音を聞きつけた緋奈が部屋に押し入ってきてごまかすのが大変だったぜ……。
前を歩く奏は、至って普通に緋奈とのおしゃべりを楽しんでいる。並んで歩く二人は、姉妹と間違われてもおかしくないほど仲睦まじく見え、そして華やかだ。
こうして後ろを歩いてる俺は邪魔者でしかない。というか本来の目的を二人は忘れてるのかしらん? まぁいいんですけどね……。
「でもよかったです! お兄ちゃんと奏さんの問題が解決して!」
「え……?」
ふと、二人の会話が聞こえてくる。
「あれ、違ってました? ちょっとおかしかったので何かあったと思ったんですけど……」
「……そうだね。ちょっとぎくしゃくしてたかも。でももう大丈夫、ね?」
「お、おう……」
振り向く奏がなぜだか色っぽい。どうしても艶やかな唇に目がいってしまう。
「お兄ちゃんと奏さんはやっぱりお似合いです!」
「あ、おい! 危ないだろ」
緋奈に腕を組まれる。逆で奏も同じようにされていた。
昔から緋奈は勘が鋭いところがあった。もしかしたら今日奏を呼んだのは、緋奈なりのお節介だったのかもしれない……なんて考えすぎか。
それでも、きっかけになったのには間違いないわけだからな。
「ありがとな」
「妹だもん当たり前だよ」
「私からも、ありがとう緋奈ちゃん」
「将来のお義姉さんですから当たり前です」
「「なっ……!」」
ふふんと鼻を高くする緋奈。その両端で顔を赤くする高校生が二人。
もしかして……いや、もしかしなくても部屋で何があったのかバレてる。奏と顔を見合わせると、さらに体温が上がっていく。
「で、さっきなにがあったの?」
「……聞くなっ」
「あいたぁ〜」
にやにやする妹にデコピンをくらわせる。大袈裟にのけぞると俺にも奏にも負担になるからやめようか。
「奏さん見ましたか? お兄ちゃんが意地悪しました」
「私はいつだって緋奈ちゃんの味方だよ。二人で仕返ししよう」
「あれ、奏……?」
さっきのことでどこかあった遠慮がなくなったように感じる。奏が冗談を言うなんて……。
というか冗談ですよね?
「怪我が治ったら覚悟してね?」
笑顔だけど妙にリアリティのあるセリフに、背筋を凍らせずにはいられなかった。
これから奏を敵に回さないよう立ち回らないとな……。
※※※
まだやらなければいけないことがある。
必要なことじゃない。ただの自己満足。
もしかしたら拓人君は全部終わってるって思ってるかもしれないけど、好きになった人を諦めるなんて……簡単なことじゃない。
口では言える。態度でも示せる。でも、気持ちは追いつかない。
それはさっきの私みたいに。
まさか自分があんなことをするなんて。今でも頭から煙が出ちゃいそうなほど顔があつい。
後悔はしてないけど……拓人君にハレンチな子だと思われてないか心配だ。
……とりあえずそのことは置いといて。
拓人君のバイト先。拓人君に告白した、キスをした子に会わないと。
「じゃあ緋奈ちゃんまた後で」
「はい! お兄ちゃん喜びますよ〜」
バイト先近くまで拓人君を送って、私と緋奈ちゃんは駅で一度解散した。頑なにお店には寄らせてくれなかったのは残念だったけど、その気持ちはなんとなく理解できる。
私も拓人君に道場での私はあまり見せたくないから……。
とわかっていながらも、やっぱり彼氏の働いてるところは見てみたいもので、駅からトンボ帰りして商店街を散策。気分は探偵だ。
手がかりはスーパーで野菜の品出しをしてるってことだけ。この辺りにスーパーは二店舗ほどあったはず。一つは全国的に有名な大きいお店。もう一つは地域密着の小さなお店。
拓人君の性格から推測して……小さな方で働いてる確率の方が高い。
「どこだろ」
さっき拓人君と別れたところに到着した。
近くにあった経路図を確認すると、ここから歩いて5分ほどの場所にあるみたいだ。
商店街を直進して、大通りの信号を渡り、建物の中に入る。
円状の中は地下から屋上まで吹き抜けになっていて、この階には、服屋さんや雑貨屋さん、色々なお店が並んでいた。
スーパーは地下一階。そっと下を覗いてみると、たしかにお店はあった。
「……見えない」
でも拓人君の働いてる姿は、ここからじゃ見えない。
ほんの一瞬だけでいいから、いつもと違う拓人君をこの目に焼き付けたい。
そんな衝動にかき立てられ下の階に続く階段を探していると、どこかから視線を感じた。
ガラス越しにいる女の子。日本人離れした顔立ちと綺麗な髪。初対面のはずなのに、彼女は私から目をそらさない。
いや……どこかで会ったような。それもすごく最近。
「あ、駅でぶつかったときの」
思い出したと同時、彼女が席を立ち近づいてくる。
怖いとは思わなかった。むしろ彼女には、堂々と接した方がいい。そんな気がした。
「……社奏さんですか?」
「はいそうです……どうして、名前」
彼女が私の名前を知っている。そのことで、ふと一つの答えが頭に浮かぶ。
「突然すみません。私夢前川ソフィアって言います」
「夢前川……さん」
胸が強く脈打つ。
心の準備はしていたつもりだったけど、こんな唐突にその瞬間が訪れるなんて。
言いたいことも、話したいことも頭の中から消えてしまった。
この子が、きっと。
「先輩の……香西拓人さんの後輩です」
やっぱりそうだ。
この子が拓人君の後輩。拓人君に告白した、拓人君の唇を奪った女の子。
この子がいなければ、拓人君とぎくしゃくすることはなかった。この子がいなければ、拓人君は悩むことがなかった。この子がいなければ、勢いに任せてキスをすることもなかった。
拓人君の彼女として、この子に対して抱くべき感情はなんだろう。
そんなの決まってる。怒りだ。それ以外ありえない。
それはきっとこの子もわかってる。だから今、怯えたような表情をしてるんだ。
ガツンと言わなければ。拓人君に何をしてくれたんだ! って、私を差し置いて何をしてくれたんだ! って。
「あ、あ〜あなたが。拓人君がいつもお世話になってます」
「……え?」
……そんなことできたらいいのになぁ。
「え……か、奏⁉︎」
「拓人君……」
あ、まだバイトの時間じゃなかったんだね……。
読んでいただきありがとうございます!
そして投稿遅くてすみません……。来月は出来るだけ投稿します!
わざわざTwitterまで応援に来てくださった方、めっちゃ嬉しかったです! ありがとうございます!




