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情けなさもここまで拍車がかかると、一つの才能ではないのかと思う今日この頃。
他のことに気を取られ、階段を踏み外して怪我してしまうとは……。
昨日の夜、血を流しながら帰ったら緋奈に泣きながら手当てされ、母さんと父さんもそれに付き添ってくれていた。姉さんはぐっすり就寝中でしたね。ええ。
多分病院に行くほどの怪我ではない。額を切ったのと軽く足を捻った程度だ。
しかし今朝も緋奈の介護は続いており……今日は絶対安静と診断されてしまった。いやまぁ今日もバイトあるんで普通に出かけますがね。
湿布を貼った右足に負荷がかからないよう階段を降りてると、猫みたいな速さで緋奈が俺の前に立ち塞がる。猫飼ったことないからわからんけど。
「お兄ちゃん! 安静って言ったでしょ⁉︎」
「いや……心配しすぎだって」
「だって頭から血流れてたんだよ⁉︎」
たしかに家族が頭から血流して帰ってきたら俺だって取り乱すだろう。しかし大したことがないとわかれば、笑ってバカだなーで済ましてくれ方がありがたいものである。
「そう見えただけだろ? 可愛い妹のおかげでお兄ちゃんは全快だ……っ!」
と戯けてみせるも、右足に走る痛みにせいでうまくいかず……恥ずかしながら緋奈の手を借りリビングへ。
両親はデートで不在、姉さんは寝転んで漫画を読んでいた。
「うわーほんとに怪我してるじゃん。大丈夫なの?」
俺に気づいた姉さんがむくりと体を起こす。モコモコの部屋着が暖かそう。
「大丈夫大丈夫。今日もバイトあるし」
「え⁉︎ お兄ちゃんバイト行く気⁉︎」
「これくらいじゃ休めないからな」
「ふーん、そんな酷くないんだ。ちょっと見せて」
足……ではなく、姉さんは俺の前髪をかき上げて、ガーゼの貼られた額を確認する。
「緋奈が大袈裟に話すから心配しちゃった。大損だね」
「すみませんね……」
「全然損じゃないよ! お兄ちゃんの心配なんてしてもしたりないもん!」
緋奈さんや? お兄ちゃんの立場上その言葉は素直に喜べませんよ?
「まぁ気をつけなよ」
「うん……心配かけてごめん」
普段は素っ気なく感じる姉さんだけど、それは姉さんなりの愛情表現だと俺も緋奈も十分に理解している。最年長の責任感てやつだ。弟や妹がいるやとはもっとしっかりしないとな。うん。
「さてさて続きー」
怪我の具合が大したことでないとわかると、興味は読んでいた漫画へと戻る。
……緋奈くらい構うのもあれだが、姉さんくらいドライなのも考えものだな。俺のわがままかもしれないが……。
「バイト許さないよ」
ダイニングの椅子に座った俺の前には、ジト目で腕を組んだ緋奈が仁王立ちしている。
『行きたいなら私を倒してみなさい!』って意味だろうか。
「ただでさえ今月は休みを多くもらってるのに、これ以上休んだら迷惑がかかるからなぁ」
「それでも……お兄ちゃんの怪我が悪化するかもしれないじゃん」
「気をつける。バイトまでの時間は安静にしてるし、今日は短いシフトだから」
「……バイトってサボりたい、なるべく行きたくないって思うのが普通だよね? なんで行きたがるの?」
そうだな。バイトってそういうもんだよな。でももう手遅れなんだ。お兄ちゃんは社会の歯車になってしまったんだよ……。
てか誰だ緋奈にそんなこと教えたやつ! 将来仕事と私どっちが大事? って聞いてきそうな子に育っちゃうよ!
考えられる犯人はソファで漫画に没頭しており、こっちの状況に無関心。いい意味でも悪い意味でも姉さんの緋奈に与える影響は大きい。
「まぁもうすぐ辞めるからな……。今のうちに行っとかないとってのもある」
特に俺は、部活もやってなければ、これといって打ち込んでるものもない。強いて言うならがバイトで、最後まで頑張りたいって気持ちがそれなりにある。中学卒業を控えた緋奈には、多少この気持ちが理解できるはずだ。
その証拠にむーっと頬が膨らみ始めた。納得はできないけど、理解はしてくれるみたいだ。
我が妹ながら愛くるしいなぁと様子を見ていると、何か思いついたのか、膨らんだ頬が徐々にしぼんで行く。そしてずいっと顔を寄せてからにこっと微笑んだ。
「じゃあ私が、行きと帰り送り迎えしてあげる」
「……は?」
「バイト中は他の人がいて安心だけど、行き帰りは一人じゃ危ないでしょ? だから私がお兄ちゃんのサポートをします!」
「いやいりませんよ?」
聞いたことありますか、家族同伴でバイトに出勤する男子高校生って。
「どうして?」
冗談のようで冗談ではないこの提案。
恥ずかしいから……なんて理由で緋奈は納得しないだろう。というかここでちゃんと話さないとこの子本当について来ちゃうから。
「緋奈が一人になる方が心配だ。父さん絶対許してくれないぞ」
昼間や夕方は百歩譲って行けるとして、俺の帰りは女子中学生が一人で出歩くには少々危険な時間帯だ。
母さん大好きな父さんだけど、子供に対しての愛情をおろそかにしてるわけじゃない。特に末っ子の緋奈には過保護なときもある。多分このあたりを緋奈は父さんから学んだんだろうな……。
緋奈に甘い部分もあるが、今回の提案は間違いなく却下される。勝手にやろうものなら俺と緋奈に雷が落ちるだろう。
「……お父さん。忘れてた」
「おい……」
父の宿命かな。どんまい父さん。
「どうしようお兄ちゃん」
「……諦めたらいいんじゃないか?」
「そんなこと聞いてないよ! どうしたらお父さん説得できるかってこと!」
「まだお兄ちゃんの説得が終わってないんですが……」
俺の膝に突っ伏す緋奈。
普通の受験生ならこの時期にそんな暇ないだろで片付けられるところなんだが……エスカレーターで進学が決まってるパワフルな妹は、ここ最近暇を持て余している。
何かやってないと落ち着かない性格が災いして、すんなりと諦めてくれない。
……本当は助言なんてしたくないけど、簡単な案を緋奈に教えてみる。
「一人じゃなかったらいいんじゃないか? それこそ父さんと来るとか」
緋奈がお願いすればころっとついてくるだろうよ。付き添いの付き添いになるけど。
膝に顎を乗せたまま俺を見上げる緋奈は、子猫のようなつぶらな瞳している。
「えーお父さんとは嫌」
……その可愛さとは裏腹に、この場にいない父さんが噛まれている。
「じゃあ姉さん……は行く気ないっぽい。母さんも同じだろうなぁ」
あの二人の性格は緋奈の正反対だ。話に乗ってくることはない。緋奈もそれはわかってるようだ。
よし、このまま諦めさせる方にもっていこう。
「気持ちは嬉しいから、ありがとな」
ちょうど良い位置にある頭を撫でながら言うと、気持ちよさそうに肩をすくめる緋奈。これで話は終わり……と思ったが、撫でてた手を緋奈が両手で掴んできた。
「……どうした?」
「もう一人頼めそうな人いた」
「家族以外でか?」
「うん。多分おっけーしてくれる。早めに連絡しないと。ちょっと待ってて」
名残り惜しそうに手を離した緋奈は、これまた猫みたいな早さで自分の部屋へ行きスマホで誰かと会話しながら戻ってくる。
そして話を終えると、満面の笑みで言うのだ。
「奏さんにお願いしたよ。怪我してるって伝えたら快く引き受けてくれた」
……マジか。
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