※132
注.今回の話は130の続きです。
ややこしくてすみません。
恋愛なんてするもんか。
そう誓ったのは、物心ついた頃だった。
私の親は、母が日本人で父がイギリス人。記憶の中にいる二人は、いつも喧嘩していた。それが私に飛び火することはなかったけれど、毎日毎日怒号を聞いていると嫌な気にもなってくる。
そんな二人と関わり合いになりたくないから、私はずっと自分の部屋で丸まって過ごしていた。
学校でも友達はできない。見た目が周りと違うから敬遠され……ちょっとした嫌がらせも受けていた。
全部どうでもよかった。私はそういう星の元に生まれたのだ。誰かがいつか背負う不幸を、今私が背負っている。世界はそうできているのだと、いつか読んだ本に書いてあった。
家に帰るのはなるべく遅くしたい。でも一緒に遊んでくれる友達はいない。お金もないし、子供が一人で長居できるようなお店もない。結果私がたどり着いたのは、町の図書館。本は別に好きではなかったけれど、時間潰しにはちょうどよかったし、一人でいても違和感はなかったはずだ。
家から学校へ、学校から図書館へ、日が落ちれば家に帰る。そんな生活は、唐突に終わりを告げた。
離婚だ。二人とも違うパートナーを見つけたらしい。
だから、私はいらないと二人で私をなすりつけあった。
もっと私に愛嬌があれば、もっと私に愛想があれば、どちらかは私を受け入れてくれただろうか。
ちょっとでもいいから、偽物でもいいから、私に『愛』を教えてくれてたならうまくやれていたのに。
母も父も私に愛情を注ぐより、自分たちの恋愛に情を注いでいた。恋愛が私から母と父を奪ったのだ。
だから私は、恋愛なんてしない。大切なものを奪って行く恋愛なんて絶対に──。
──そう誓ったはずなのに、私の心に彼は、先輩は入り込んできた。
どうして、なんで、いつから。苦しい。苦しい苦しい苦しい。目が合っただけで、言葉を交わしただけで、優しくされただけで。
嫌いなのに、嫌いだったはずなのに。恋愛なんて、先輩なんて。
「彼女さんとは、キスしました?」
私はなんて意地悪なんだろう。これがもし童話の世界だったら、私の配役はみんなに恐れられる悪い魔女だ。先輩は王子様で……その隣にはお姫様がいる。
それがわかってて悪い魔女は魔法をかけた。いや王子様にしか効かない苦しい呪い。優しさを利用した、お姫様に対する想いを利用した、心を蝕む苦しい呪いだ。
今日、先輩の表情を見てわかった。呪いは効いている。
「……できるわけないだろ」
「そうですよね。彼女さんより先に私としちゃいましたもんね」
先輩が心に入り込んだみたいに、私も心に入り込んだ。そうすれば先輩は、私のことを考えることになる。無視できなくなる。
あとは、お姫様から王子様を奪うだけ。だって恋愛は、大切なものを奪うものでしょ?
「三月まで諦めないって言いましたけど、ここで決着をつけましょう。私なら先輩を楽にできます。苦しまなくていいんです。だから……私を選んでください、先輩」
始まるはずのなかった恋。最初から結末が決まってる恋。
ただケジメをつけたかっただけ。ひと時でもいいから先輩に私を見てほしかっただけ。魔女だって、幸せになりたいんだから。
「……ごめん。何度言われても答えは変わらない」
「はい、知ってました。それでこそ先輩です。私が好きになった先輩です。お話聞いてくれてありがとうございました。……もう私は、満足です」
でも、物語に幸せな魔女はいらない。みんなが見ていたいのは、王子様とお姫様の幸せだ。
悪いことをした魔女は、その報いを受けなければいけない。
「すみませんでした。私のことはもう気にしないでください。三月まではよろしくお願いします」
私に先輩といる資格はない。そもそも権利がなかった。その上でやったことだ。
目が合うことも、言葉を交わすことも、優しくされることも、きっとなくなる。
それが私の恋の終わりだ。
「あ、あぁそう、だな」
「それじゃ……お疲れ様でした」
身勝手でわがままなことをした。周りが見えなくなってしまった。母と父と同じことをした。
好きな人を傷つけてしまう。もう恋愛なんてするもんか。
「夢前川!」
改札を抜けた私の名前を先輩が呼ぶ。
なんだろう。文句でも言われるのかな。
「気持ちには応えられないけど嬉しかった。ありがとう」
先輩はそんなことしないか。いっそ文句を言われた方が楽なのになぁ……。
「……後悔しないでくださいよ!」
「おう。これからも後輩としてよろしくな」
「はい! 電車来ちゃうので行きますよ!」
「気をつけて帰れよ」
「先輩のばーか! ……ばぁーか」
もう、最後まで嫌いになれない人だなぁ。
苦しかったけど、叶わなかったけど、初恋が先輩でよかった。
奪うだけが恋愛じゃないと、そう気づけたから。
※※※
夢前川を見送って、歩きなれた道を進みながら思い浮かべるのは、奏のことだ。
修学旅行で俺は奏を傷つけた。勇気を出してくれてるとわかってたのに、それを無碍にした。
でも、奏以外の誰かとキスをして、それを隠したままするなんて……それこそ奏の勇気を、想いを無碍にする行為ではないだろうか。
夢前川にされたことを奏に相談してたら結果は変わってたのか? いやいや……彼女以外とキスしたなんて言えないだろ。今以上に傷つけることは目に見えてる。
「はぁ……」
白くなった吐息がサァーと消えて、仰いだ空には少しかけた月が佇んでいる。
まだ何も解決していない。むしろ問題は増え続ける一方だ。さっきの夢前川のことだって、あれが正解だったのか……。
こんなつもりじゃなかった。全部。どうして上手くやれないんだろう。
「もうすぐ奏の誕生日なんだよな……」
約二週間後。今の状況で素直に祝える気がしない。
一回今の状況を整理しよう。
まず夢前川の件。恐らく夢前川からのアプローチは今後ないはず。贅沢な悩みだが、それ以上に贅沢な彼女がいる。
次はあの写真。これは後回しでいい。姉さんの反応に違和感あっただけで、ちょっと気になってるだけだしな。
一番の問題は奏との一件。夢前川の件が落ち着いたからと言って、俺が夢前川とキスしたことは消えない。それを楽観視してたせいで、奏を傷つけた。
考えれる解決策は二つ。
一つは、キスのことを墓場まで持っていく覚悟で奏と付き合い続けるか。もう一つは、嫌われるの覚悟で洗いざらい全て白状しこの関係を奏に委ねるか。
前者はボロが出れば終わり。そもそも俺は嘘が得意じゃないし、奏への罪悪感で押しつぶされる。自分から白状するのと、奏にバレて問い詰められるのとじゃ全然違う。
なら後者か……? いやでもタイミングがな……。奏の誕生日間近で伝えるのは最悪だよな……。でも嘘を抱えたまま祝えないし……。いやこんな奴に祝われたいか……?
「……いっそ奏に嫌われた方が」
いいのかもしれない。
そんな結論を昨日の夜から何度も出しては、泣きたくなっている。俺が悪いから……そうなっても受け入れるしかない。
「後夜祭に時間戻らないかな」
と、現実逃避をし始めた俺は、全く気づいてなかった。
自分が今階段を降りてることを。
そして気づいたときには遅かった。
残りの一段を踏み外したことを。
読んでいただきありがとうございます。
ブクマ、評価、いいね感謝です!




