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 修学旅行が終わってから二日後。

 私は、友人である横山木葉にファミリーレストランへ呼び出された。

 時刻は10時前。どうやらこのお店はモーニングもやってるようで、開店時間が早いらしい。木葉と鈴華さんは朝早くからここにいるようです。


「お、きたきた」

「すみませんお待たせして。鈴華さんもいたんですね」

「犬の散歩してたら会ってね。なんかついてきた」

「かなかな〜また一緒に寝よ〜」

「うっ……遠慮しておきます……」


 席に座ると鈴華さんが抱きつきながらそんなことを言ってきた。腕に当たる柔らかな膨らみが修学旅行中の悪夢を思い出させる。


「あははー鈴華寝相悪いからねー」

「教えてくれれば鈴華さんの隣に布団は敷きませんでした……」

「なんのこと〜?」


 同室だった私たちは、修学旅行中ほとんどの時間を一緒に過ごし北海道のあちこちを巡った。どれも素敵な思い出だけれど……睡眠中鈴華さんの膨らみに苦しめられたことは、ちょっとトラウマになりそうかな……。

 思い出話もそこそこに私はメニューを手に取る。学校の帰りに木葉たちと寄ることが増えたため注文するのに慣れてしまった。どうやらこの時間はモーニングのメニューしか頼めないようだ。

 しかし朝ご飯は食べてきてしまったので、ドリンクバーだけを注文してお茶を取りに行く。二人は私が来る前にモーニングのメニューを食べ終わったらしい。


「……それで話というのは?」


 冷えたお茶に口をつけてから切り出すと、木葉と鈴華さんは目くばせをしてから答える。


「その、口出すのは自分たちでもどうかなって悩んだんだけど……たっくんと何かあった?」

「気のせいかなって思ったんだけど〜……かなかな元気ないように見えて」

「いつもと違う感じっていうのかな……? あ、間違ってたら全然否定してくれていいんだけど」

「心配してくれてありがとうございます。でも、お二人が気にするようなことじゃないので」

「「うーん……」」


 二人は納得いってないみたい。……普段通りを心がけてたけどうまくいかなかったようです。

 でも本当に何もない。ただ些細なことで私が勝手に落ち込んでるだけ。

 そう、ほんと些細なこと。私の勇気が、大好きな人に拒否された。たったそれだけのことだ。

 きっと私は調子に乗っていたのだ。遊園地で話を聞いてくれたときみたいに、図書館の帰り道告白を受け入れてくれたときみたいに、公園のベンチで名前を呼んでくれたときみたいに、住宅街の中で手を繋いでくれたときみたいに。

 拓人君となら少しずつ歩み寄れるって、拓人君なら歩み寄ってくれるって。そう思ってた。

 だから修学旅行の最終日、二人きりになったとき勇気を出して拓人君にお願いした。


『キス……しませんか?』


 きっと恥ずかしがって目をそらすんだ。照れ隠しでよくわからないことを口走って……でも、最後には目を見て頷いてくれる。

 初めて。初めてのキスは一番好きな人と。そんな幼い頃からの夢を、お母さんが教えてくれた数少ないことを、拓人君となら。


『……ごめん奏。俺、まだ……』

『う、ううん! いいの! ……私こそ変なこと言ってごめん』


 特別な意味があったからこそ、その言葉はずんっと胸に響いた。

 あのときの拓人君は、苦しそうな顔をしてた。それはまるで、悪い魔法にかかってしまったような。

 何があったのか聞きたかったけれど、あのときは自分のことで頭がいっぱいだったから何も聞けなかった。


 あの日以降、頭の中をいろんな悪いことが巡って行く。

 文化祭後の対策はやりすぎただろうか、バイトで忙しいのに会いたいってわがままを言いすぎただろうか、もっと優しくしてあげたほうがよかっただろうか……こんな私だから、愛想を尽かされたのだろうか。

 付き合い始めてから初めてだった。拓人君に何かを本気で拒否されたのは。


 もしかしたらこのまま別れを切り出されることだってありえるかもしれない……。


「──な! か……かな!」

「……どうしたんですか? そんな大きい声出さなくても聞こえてるよ」

「嘘つかないで! 心ここに在らずで口から魂が抜けそうになってたんだけど⁉︎」

「大袈裟ですね。私は大丈夫ですから……」

「これは重症だ……」

「たっくんと何かあったことは間違いないね。あのかながここまでになるなんて……良くも悪くもたっくんが与える影響は大きい」

「たくたくはそれ自覚してないかもね〜」


 二人の会話が右から左へと流れて行く。

 ここ二日何も手につかず、気がつけば今日になってた。

 このままではダメだと、気分転換をしなければと思い立ったものの……私の頭は、胸は、心は、拓人君で埋め尽くされている。

 ふと顔を上げれば、木葉と鈴華さんの温かな視線。

 これ以上自分だけで抱えてても何も変わらない。頼れる人がいるなら、頼れる友人がいてくれるなら、相談してしまった方がいいのかも。


「私……拓人君に嫌われたかもしれません……」

「「えっ!」」


 ずっと抑えつけてきた不安な気持ち。口に出すとやっぱりダメになりそうで、じーんと目頭が熱くなる。


「何があったの? 修学旅行中?」

「はい……」


 それから数十分かけ修学旅行中の拓人君との思い出を語った。

 時計台を見て楽しかったこと、海鮮丼をあーんしたこと、寒いのにアイスを食べる拓人君を愛おしく思ったこと、手を繋いで小樽を散歩したこと、最後にキスを断られたこと。


「……どう思いますか?」

「途中まで完全に惚気だったけど……まぁでもそれは傷つくね……」

「許可なんて取らずにぶちゅっとしちゃえばよかったのに〜」

「そ、そんなことできませんよ! 好きな人との初めてのキスなんですから……大切にしたいんです」

「たっくんが意気地なしってことでいい?」

「拓人君の悪口はやめてもらえますか?」

「うわこの彼女めんどくさっ」

「で〜かなかなはどうしてたくたくに嫌われたって思ったの〜?」

「それは……その……思い当たる節があると言いますか……」

「まぁ文化祭後のあれはやりすぎた感あったよね。たっくんもよく付き合ったと思うよ」

「否定してくださいよぉー……」

「うわこの彼女めんどくさっ」

「それくらいのことでたくたくがかなかなを嫌いになるとは思えないけどね〜」

「っ! そうですか⁉︎」


 そっかぁ! そうかも! そうだよね!


「じゃあどうしてキス断ったの? 男子ってその、したい物なんじゃないの?」


 急にもじっとする木葉。彼女にも松江直矢君という恋人がいる。


「それは私もわからないよ〜。たくたくのことだから……今はできない理由でもあるんじゃないかな〜?」


 たしかにあのとき拓人君は『まだ』って言ってた。

 心の準備ができてなかった? 拓人君もタイミングを見計らってた? 私とキスするために必要な条件を満たせてなかった? じゃあそれは何?

 学校ではほとんど一緒にいる。家でのことも緋奈ちゃんから聞いてる。休みの日もデートしてる。

 私が唯一拓人君の生活で介入できてないのは……バイトのこと。

 そういえば、バイト先に後輩の女の子がいるって……。拓人君は何とも思ってなくても、その子はどうかわからない。

 例えば、その子に告白された……とか。下手したらそれ以上も……。


「拓人君……他の子に取られちゃうかも」

「「えっ」」


 私の不安はこの日、最高記録を更新した。



読んでいただきありがとうございます!


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