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「お疲れ様です。これお土産です皆さんでどうぞ」
「あららありがとう。気なんて使わなくていいのに」
修学旅行は終わった。
時計台を見てがっかりしたり、安くて多くて美味しい海鮮丼を食べたり、北海道で一番多く店を構えてるコンビニでアイスを食べたりと、普通に修学旅行を満喫した。
奏と二人で小樽を散歩したことを斗季に教えたら『俺も絶対藍先輩と行く』とラブラブなのをアピールされたのもいい思い出だ。
修学旅行中四日ほど休みをもらったので、お礼としてお土産くらいは渡しとかないとな。俺も随分と社会に染まっちまったぜ……。
奥さんに有名な恋人お菓子のお土産を預けてバイト着に着替える。昨日帰ってきたばかりなのを考慮してくれたのか、いつもより遥かに短いシフトだ。時間も遅くてお客さんは少ない。おかげで暇そうにしている夢前川とばっちり目が合ってしまった。
「……お疲れ様です先輩」
「お、おうお疲れ。すまんな長いこと休んで」
「修学旅行なら仕方ないですよ。おかげで稼げたのでよしとします」
「逞しいな。お土産奥さんに渡してるからあとで貰ってくれ」
「わーありがとうございます。お菓子ですか?」
「まぁ……有名なあれだ」
「先輩らしい無難なチョイスですね」
「お土産に冒険はいらないからな。無難が一番」
「そうですね。先輩に同意です」
夢前川の機嫌がいい。いつもならこんなにテンポよく会話は進まない。何かいいことでもあったのかい?
「あ、先輩今日一緒に帰りませんか?」
「え、あ、おおぉ……」
「じゃあ出口で待ち合わせで」
そう言い残して夢前川は仕事へ戻る。
あの日以来何もしてこないから油断してた。とりあえず警戒しとかないとな。……女心わからん。
「香西くーん、おつ。どうしたの疲れてるみたいだけど?」
家に出てきた蜘蛛みたくどこから現れたのか知らないが、立野さんの手が俺の肩に置かれた。鮮魚部門で働いてるので少し生臭いけど今回はゴム手袋を外している。いや、たまたましてなかったに一票。というかこの人いつもいるな。休み取れよ。
「お疲れ様です。昨日まで修学旅行だったんで」
「そっかそっか青春だね」
聞いてきた割に興味なさそうだな。別にいいんだけど。
「やっぱり夢前川ちゃん今日は元気だね」
「ん? 昨日は元気なかったんですか?」
「昨日だけじゃないよ。昨日も一昨日もその前の日も元気ないように見えたよ」
「やっぱり一人で回すの大変だったんですかね」
基本的なシフトは、俺と夢前川の負担が五分五分になるよう奥さんが調整してくれている。平日二人で入る日、休日の交代制、どちらかがフルシフトに入れば来月またどちらかがフルシフトに入る、といった具合に。だから今回みたいなシフトは夢前川の負担が大きく疲れるのもうなずける。
「いや違うっしょ。香西君が修学旅行だったからじゃない?」
「……だから大変だったんじゃないんですか?」
「え?」
「え?」
なんか微妙に噛み合ってない気もするがここで立野さんと言い合っても夢前川の気持ちを理解するのは不可能に等しい。今までだって一度も理解したことないからな。
と、立野さんの後ろから忍び寄る大きな影。俺が気づいたときにはとき既に遅し……。
「立野っ! 迷惑かけるなと何回言ったらわかるんだ!」
「すすすみませんっ戻ります!」
「毎度毎度すまんな香西君」
「いえ。部門長も大変ですね」
あの人も懲りないな。もう慣れてしまってなんとも思わなくなった。
いつもなら部門長も立野さんを追って行くのだが……何か言いたそうにこちらを見ている。仲間にしてほしいのかしらん。
まぁもちろんそれは違って、聞かれたのは夢前川のことだった。
「夢前川君体調は大丈夫そうだったかい?」
「はい。なんなら調子よさそうでしたよ」
「そうか、それはよかった。……香西君も大丈夫?」
「あぁ僕は修学旅行終わったばかりなので。それより立野さんも言ってましたけどそんなに体調悪そうだったんですか? 夢前川」
「うん……多分お客さんは気づいてないと思う。元々あまり顔に出ない子だから。でも一緒に働いてる者からしたら、違和感はあったかな」
じょりじょりとダンディーな髭を触りながら、遠くで陳列する夢前川を見やる鮮魚部門長。
ここ数日そんな酷かったのだろうか。これだけ心配されてる夢前川も幸せ者だなぁなんて思いながら、もしかしたらさっきは無理してたのではないかと心配にもなってきた。この様子だと夢前川の異変に気づいてたのは立野さんと部門長だけではないみたいだし……。
「……今日一緒に帰るんで何があったのか聞いてみますよ」
「おおそうか、頼んだよ」
もはやこのスーパーのアイドルと化してる夢前川。
まさか自分のせいで周りがこうなってるなんて思ってもみないだろうな……。
「お待たせしました。お土産もちゃんと貰いました」
「お、おぉ」
「じゃあ……歩きながら話しましょう」
つつがなく仕事は終わり、約束通り駅までの短い道をゆっくり歩く。
「明日はやっと休みです」
「ご苦労さん。ゆっくり休みなはれ」
うーんと伸びをする夢前川に労いの言葉をかけつつ横顔を観察。まぁあいも変わらず整った顔立ちだこと。寒いせいか薄っすら赤い頬が萌えポイントだ。
「じろじろ見ないでくれます? 変なこと考えてるの伝わってきますからね? まぁ先輩は常に変ですけど」
「一言多いですよ? 思ってても胸にしまっててくれる?」
「嫌ですよ。こんなこと言って許してくれるの先輩だけですもん」
俺は君のサンドバッグなの?
「許した覚えはないけどな。後輩だから大目に見てるだけで」
「ならこの立場を大いに利用します。というか先輩が変なことしなければいいんですよ」
「してるつもりはないんだよな……」
はい。今日の夢前川は絶好調です。名前の横にピンクの絵文字がぴょんぴょん飛び跳ねてる。無理して作れるような笑顔じゃない。もうちょっと自重してくれる?
とりあえずそれは後々治してもらうとして、時間もあるわけじゃないしさっさとここ数日のことを聞いてしまおう。
「そういや店の人たちが心配してたぞ夢前川の元気がないって。俺が休んでた間のことだ。体調悪かったのか?」
「え……? そんなことないですよ? 普通に仕事してましたし体調も普通でした」
自覚ないのか? それとも嘘……ってことはなさそうだな。ついても仕方ないし。言えないことがあるって雰囲気でもない。
「そうなのか……? みんな心配してたんだけど」
「そうだったんですか……。言ってくれればよかったのに」
「声かけたくてもかけれない感じだったぽい。……まぁ何かあったなら話ぐらい聞くぞ? 力になれるかどうかは知らんがな」
「締まらないですね。先輩らしいですけど」
杞憂だったみたいだ。みんなの勘違い。
これくらい俺と夢前川の問題も簡単に解決してくれるとありがたいんだけど……。
「じゃあ先輩、一つ質問していいですか?」
「うん?」
「彼女さんとは、キスしました?」
そう聞いてきた夢前川の表情はどこかいたずらじみていて、でも目はやけに真剣で……多分答えはわかってるんだろう。
そう、俺はあの日の後夜祭で夢前川に魔法を、いや呪いをかけられていたのだ。徐々に心を蝕むそんな呪いを。
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