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人生最大のモテ期も、奏と結妹によって呆気なく終わってしまった。
やってたことは至ってシンプルで、学校にいるときは常に奏と行動を共にしただけ。無駄に校内を練り歩いたり、昼食を食堂で食べたり、一緒に登下校したりと……結妹が言ってたイチャイチャを実践した形になった。主に奏主導で。いや全権奏だった。もうね俺に発言権はないんですよ。ええ。
そうしてればみるみるうちに女の子は離れて行き、比例するように奏の肌が艶々になっていった。元々艶々なんだけど。
奏がここまでやったのは、やはり三日月さんとの一件が原因だろう。あの日のことをずっと後悔している。俺も三日月さんも何もないって説明はしてるんだけどね……。
このことを考えると夢前川の件は早急に解決したい。が、驚くほど進展がない。バイトで顔を合わせることは何度もあるのに、夢前川はいつもと変わらない様子で仕事をしている。
だから俺からは何もできず、奏への罪悪感が募って行くばかりだ。
それに、個人的に気になることもあるしな。まぁこれはただの杞憂かもしれないが。
そんなことを考えながら過ごしているとあっという間に1日、また1日と過ぎて行き、俺たちの学年は文化祭の余韻を残したまま次のイベントを迎えようとしていた。
学校行事で一番の目玉と言えば。
そう聞かれたならほとんどの人が修学旅行と答えるだろう。
入学して間もない頃にあった林間学校という名の親睦会。慣れない環境と探りさぐりの距離感で過ごした地獄の二日間と違い、学年が上がって、体育祭と文化祭を経験したクラスで旅行に行くのだからきっと楽しいに決まっている。
行き先は北海道か。まぁ定番だな。大まかなタイムスケジュールも決まってるらしい。自由時間だけ把握してれば問題ない。班行動……? おいおい学校の悪いとこ出てるぞ。社会に出たらいっぱい我慢しないといけないんだから学生のときくらいのびのびさせてくれよ。
「拓人君手が止まってるよ」
「……はい」
「たくたくがかなかなに怒られた〜」
「鈴華さんも手伝ってくれるのはありがたいですけど、おしゃべりが過ぎます」
「……はい」
「社奏これを見て。完璧」
「ありがとう氷上さん」
「これくらいお安い御用。……まだ本気じゃないけどっ!」
放課後の教室。四人机を寄せ合って、俺たちは修学旅行のしおりを作成していた。明日のホームルームで使うための資料と言ってもいい。作成と言っても、プリントされた紙をページ順に重ねてパンチで穴を開けそこに紐を通して結ぶだけだが。
本当はもっと前から準備しておかなければいけなかったらしいけど、多忙な青倉先生はうっかり忘れてしまってたようだ。あんたにゃドジっ子キャラは似合いませんぞ……。と、先生の需要ない新規開拓への道を否定しつつ止めた手を再び動かす。
向かいに座った奏が紙を重ね、それを俺が受け取り穴を開ける。残りの二人が紐を通す係だ。
クラス分だけなので、そこまで量があるわけではない。しかし仕事となれば手を抜くなんて奏にはできないのだろう。
真面目に取り組んでくれた奏と氷上のおかげであっという間に作業は終了。俺と滝がいなかったらもっと早かったまである。
「お疲れ〜。疲れたね〜」
椅子にもたれかかり、うーんと伸びをする滝。お前さんの作業はほとんど氷上がやってたやないかいとツッコもうと思ったが……はちきれんばかりの二つのたわわで頭が真っピンクになってしまった。すぐ隣にいる氷上も恨めしそうにあの景色を眺めている。
まさかカッターシャツに同情する日がこようとは……。ボタン弾け飛びそうなんですけど?
「んんっ!」
「かなかな風邪〜? 修学旅行前には治しておかないとね〜」
「そうですね。うつしちゃうかもしれませんし。ね、拓人君?」
「お、おう……」
「あれは凶暴。社奏くらいがちょうどいい」
戸締りをしていた奏がジト目で睨んでくる。違うんです。無意識なんです。男の子だもん!
氷上もボソッと何か言ってたような気がしたけど、ロシア人じゃないしデレてもなかったので無視することにした。
「で、みんなは班とか決めてるの〜?」
「「「……」」」
教室の鍵を閉め完成したしおりを職員室に運んでると滝がとんでもない質問をしてきた。……あ、いや、俺たちにとってたまたま都合の悪い質問なだけでした。全員同じタイミングで肩をピクつかせたよね。
悪気はないんだろうけど、班とかペアとか、その類の単語は控えて貰いたいものだな……。
「……明日決めるんだろ」
せめてもの反撃。自分でもビビるくらい声量はなかった。
「え〜? 事前に決めとくよ普通〜」
わかってる。わかってるさ、それが普通なことくらい。
中学のときだってみんな事前に決めてて、班を決める時間より余った俺をどこが引き取るのかを決める方が時間かかったんだぞ。
しかしその普通すらできない奴らがいることをちゃんと理解してもらいたい。自由班制度やめませんか? 林間学校と同じ名前の順でいいよ。それもそれで気まずいけど。
「滝は決まってるのか?」
「もちろんだよ〜。私でしょ〜みーでしょ〜このこのでしょ〜かなかなでしょ〜」
「わ、私もですか⁉︎」
「そうだよ〜。嫌だった〜?」
「嫌ではないですけど……事前に聞かされてなかったので私抜きでもう決めてるのかと」
奏も友達と呼べる存在ができたのはごく最近のこと。その辺のルールというか、暗黙の了解というか、黒寄りのグレー的な部分にはまだまだ疎い。事前に決めてると言われれば、声のかかってない自分は外されたんだと結論付けてもおかしくはない。
そんな奏の横顔は、驚きの中に嬉しさも混じってるように感じる。これで我がクラスから哀しき生徒が一人減った。まぁ奏の心配はしてなかったが。
「……考えるだけで憂鬱」
「……だな」
しかし世界は残酷で、全員に救いの手が差し伸べられるわけじゃない。俺と氷上には明日の地獄が手にとるようにわかってしまう。うっ頭が痛い……。
「あ〜たしか部屋は五人一部屋だったはずだからしずしずもだ〜」
「「なっ……⁉︎」」
頭を抱えた俺と氷上の声がハモる。が、出た声の感情は全く別のものだった。
「わ、私もいいの?」
「うんうん。しずしずも友達だから〜」
「とも、だち……! あ、いや、でも他の人がよく思わないんじゃ」
「みーとこのこのは多分大丈夫だよ〜。あとはかなかな次第〜?」
滝はなんとなしに言ってるけど、奏と氷上の仲は良好ではない。憧れ故の暴走じみた愛。一方的なその思いは、俺と氷上の事件以降も奏に届いたことはない。
それは本人も自覚してるはず。だから諦めたように肩をすくめている。
「……遠慮する。社奏に迷惑をかけるわけにはいかない」
「別に迷惑だなんて思いませんけど」
「え……?」
「みんながいいなら同じ班でいいんじゃないですか。その代わり変なことはしないでくださいよ」
ぱちくりと目を瞬かせる氷上とつーんとそっぽを向く奏。
つつつ、ツンデレだー! これだけでご飯七杯はいけるんですけど!
「う、うん。ありがとう……っ」
「な、泣くほどですか⁉︎」
「しずしず大袈裟〜」
「だ、だって、社奏と同じ部屋で寝れるなんて、考えただけで……う、うへっ」
「そうだね〜かなかないい匂いするもんね〜」
「拓人君私今身の危険を感じたよ。どうしよう」
この百合ゆりしい空気を一生味わってたいが、残念ながら職員室に着いてしまった。
ここまでの道のりで二人の戦友を失ってしまった俺。
世界ってほんと残酷……──。
──次の日。
「あの香西君……その、よかったら僕と班組まない?」
「喜んで」
松江に誘って貰った。世界最高。
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