箱の中身2
「香西君それって……」
弁当のふたを開けると、少し離れているとはいえ、ほぼ隣に位置する社からは、もちろんこの中身は目に入るはずだ。
俺は諦めて、「キャラ弁だな」と苦笑い混じりに言う。
社の弁当は、色合いだけで栄養バランスがいいとわかるような、キャラ弁とはかけ離れた、今の俺からしてみれば羨ましすぎる弁当だ。
今日のも自分で作ったのか、そう話を広げられたらいいのだが、社は思ったよりも熱心に俺の弁当の中身を見続けていて、居心地が悪い。
恥ずかしいな……。俺は明後日の方向を見ながら、社が満足するのを待つ。
高一のときも、斗季に見つかって軽くいじられた思い出がある。
この日はキャラ弁だよ! と言ってくれたら助かるのに、不定期開催だから困るんだよな。作ってくれてるし、美味しいから文句は言えないんだけども……。
「ダル猫……だよね?」
数十秒後、声がして隣を見ると、シャンプーの香りがするほどの距離に社が近づいていた。
「お、おう。知ってんのか、ダル猫」
半身をそらして、社から少し距離を取る。
ちょっと社さん無防備なところがありますね。心臓に悪いからもっと気をつけてね!
声がうわずらないよう気をつけて聞くと、社も俺との距離が近いことに気づいたのか、薄っすら頬を染めて元の位置に戻りながらコクリと頷いた。
「私、好きだから」
「……ダル猫?」
「うん」
言いながら社は、ブレザーのポケットから家の鍵らしきものを取り出して、それについているキーホルダーを小さく揺らす。
あー、そのキーホルダー妹に買わされたような気がする。何種類かあるうちの一つだろう。違うやつを妹が使ってたような。
「今人気だもんな」
「うん、だから作れるのすごいなって思って、見入っちゃった」
「妹が好きで。たまに作るんだよ」
どうやら、ダル猫のおかげで俺は助かったようだ。知名度はさすがと言うべきだろうか。
いやまぁキャラ弁じゃなかったらこんな問題は起きなかったんだけど。
「香西君の妹さんすごいね」
「まぁな」
「なんで香西君が自慢げなの……」
妹のこと褒められて胸張れない兄は兄じゃないから。これ常識。俺なんて聞かれてないのに妹の自慢話してたからな。妹に言われてやめたけど。
俺は料理に関しての知識がないし、やったこともないので、できるやつはみんなすごいと思っている。
つまり社もすごい。このキャラ弁とあの煮物に差はない。すごいものはすごいのだ。
「社もすごいけどな、煮物美味かったし。というかそろそろ食べようぜ」
「……あ、うん、そうだね」
パチクリと大きな瞳をしばたかせて、ゆっくり手元の弁当に視線を落とした社の横顔は、嬉しそうに笑っていた。
さて、今度こそこの猫の頭をいただくとしようじゃないか。これは卵かな、ゴマとかのりとか使って細部まで再現している。
食べるのはもったいない気もするが、食べない方がもったいない。もったいないお化けが来ちゃう!
「あぁ」
「……なに」
米を口に運ぶと、社が小さく唸る。
「うぅ」
「……あの」
また一口食べると、苦しそうな声を出す。
「くぅ」
「食べづらいな!」
「ご、ごめん。だってダル猫が……」
「わかるけども! 弁当だから! 食べてあげないといけないやつだから!」
てな感じのやり取りをしながら、やっとこさ弁当を食い終えた俺は、お茶を一杯飲んで、一息つく。
少し遅れて社が手を合わせて、ごちそうさまでしたと小さく呟き、弁当の片付けを始めた。
終わるタイミングを見計らって、咳払いを挟み今回の本題に移る。
「それで、クラス会の予定だけど」
「あ、そうだった」
コップにお茶を注いだ社はそれを一口煽ると、思い出したように目を大きく見開く。そして、ブレザーのポケットからメモ帳を取り出した。これもダル猫グッズの一つのようだ。
「日程は来週の土曜。今週じゃないぞ」
「えーと、今日が金曜日だから、八日後だね」
「予定は大丈夫そうか?」
「うん、大丈夫」
「それはよかった。その日の午後7時から、焼肉屋貸し切って飯食うんだと」
「貸切なんてできるんだ」
「隣のクラスの三野谷ってわかるか? そいつの友人が焼肉屋らしくて、貸してもらえるらしいぞ」
「そっか……。えーと、何人くらい来るの?」
「七十ちょいくらいだったはず」
「多いね……」
メモ帳に聞いたことを書きながら、社は苦笑いを浮かべる。
たしかにこの参加人数は多い方だろう。
なんたって新クラスになったばかりだ。クラスのやつと親睦を深める場があれば、参加しておかない手はない。今年は修学旅行もあるし、仲良いやつを作っておけばさらに楽しめるだろう。
それに、社が参加するということも大きい要因だ。
去年、体育祭や文化祭の打ち上げをやっていたが、社は参加していなかったらしい。俺も行ってないので斗季から聞いた情報だけど。まぁ誰も誘ってないんだから当たり前だな。誘う手段もないし。
そんなこともあって、社がこう言ったイベントごとに参加するのは珍しいというのがみんなの認識で、その社が来るとなれば、参加意欲が倍増するのは自然な流れだ。
「あとは、その焼肉屋の場所だけど」
昨日グループで知らされた住所と店の名前を社に伝えて、社がそれを写し終えれば、特に連絡を必要とすることはないだろう。
スマホを取り出したついでに、横山にメッセージを送っておく。すると、すぐに既読がついて、了解と端的なメッセージと一緒に、さっき撮っていたダル猫弁当の写真が送られてきた。
うわー、映えそう! 知らんけど。妹が作った弁当だ、写真は保存しておこう。
「ほれ、さっきの弁当の写真。食べても撮っとけば形にはなる」
「その写真……欲しい」
「社がスマホ持ってれば送れるんだけどな」
聞くところによると、スマホの写真をプリントすることはできるらしいが、そこまでするほどじゃない。いきなり写真持ってこられて渡されてもキモいだけだしね……。
「社なら作れるんじゃないか?」
昨日の煮物は相当美味しかった。料理が不得手ってわけじゃないだろうし、作れるんじゃないの?
スマホをしまいながら何気なしに言ってみると、眉根を寄せ困ったように微笑をたたえ、「どうだろう……」と、社は首を傾げた。
やっぱり難しいのだろうか。だとしたら妹は朝から何を作ってるんだ? 俺の弁当にそんな力入れなくていいよ。ありがたいけどね。
「あ……」
「どうした」
妹に心の中で感謝しまくっていると、首を傾げていた社が小さく声を上げた。そして、左ひじを右手で抱いて、上目遣いでちらちらとこっちを見てくる。
それやめて欲しいわ……。目のやり場に困るから。
「……作ってみようかな、お弁当」
「おう、頑張れ」
「そしたら──」
社の言葉を遮るように、昼休みの終わりを告げる予鈴が鳴った。静かなこの場所だと、いつもより大きく聞こえる。
「……教室戻るか。今日は先に戻ってどうぞ」
この前も昨日も俺が先に行かせてもらったし、時間があまりない今日は、社に先を譲った方がいいだろう。優等生の社が授業に遅れるなんてこと、あってはならない。
「あ……うん、ありがと」
まだ何か言いたそうな社だったが、俺が提案すると素直に頷いて、弁当箱と水筒を胸に抱く。
立ち上がった社に続いて、俺も腰を上げ短く息を吐いた。
「じゃあな。聞きたいことあったらまた聞いてくれ」
「うん。じゃあまた」
階段を下りる社の後ろ姿は、いつもと変わらず凛としている。
不意に振り返った社の表情は、彼女に似つかわしくない、でも、最高に似合っている、子供っぽい笑顔だった。
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