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暦は11月に切り替わり、布団から出たくなくなる季節にまた一歩近づいた。まぁ布団から出たくないのはオールシーズンなんだけど。
今日は奏が横山たちと遊びに行くということで、学校もバイトもない休日を家でごろごろ過ごしている。
二度寝しようにも寝付けず、ベットの上でスマホを触って、天井をぼーっと見つめてを繰り返し……気づけば時間はお昼前になってた。
「そろそろか」
夕方になるとどこからか聞こえてくるチャイムのように、お決まりの時間に階段を上る足音が部屋に届く。軽やかな足取りで一歩、また一歩と近づいてくる。
これがホラー映画のワンシーンなら息を呑んで身構えるが、どこの誰がどのようにどうするかまでわかってるためその必要はない。
きっと俺がまだ寝てると思ってるのだろう。階段を上りっきたところで足音がボリュームを落とした。ガチャっと小さな音を立ててドアが開く。そろりそろりと部屋に入ってきたのは、妹の緋奈だ。
「緋奈」
「おわっ⁉︎ お兄ちゃん起きてたの……?」
「おはよう」
「もうおはようって時間じゃないよ」
「それよりどうしてノックもなしに部屋に入ってきたのかね? 部屋に入るときはノックしなさいってお兄ちゃん言ってるよね?」
再三再四に渡ってしてきた注意。しかし、いつまでたっても治らない。緋奈にできないはずはないんだが……多分本人に治す気がないんだろうよ。
「ふふ妹の特権だよ、お兄ちゃん」
キラっとキメ顔の我が妹。毎回毎回可愛いなこの野郎。
「それともお兄ちゃんは私のモーニングコールが嫌いなの?」
「嫌いなわけあるか」
ふむ。原因は俺にもあるなこれ。妹のことが嫌いな兄などこの世に存在しない。
「でしょー? お昼ご飯できてるから降りてきてね。もう寝ちゃダメだよ?」
「了解」
一足先にリビングへ降りる緋奈を見送って、重りでもつけてるのかと言わんばかりに動かなかった手足を使い乱暴に布団をめくる。勢いに任せなければ俺は一生ここから出られないだろう。
冷たいフローリングにうんざりしながら、緋奈の後を追う。リビングには緋奈と姉の茉里がいた。
「姉さんおはよう」
「んー。早く顔洗ってきなー」
「んー」
「真似すんなー」
肩越しのジト目から逃げるように洗面台へ。あいも変わらず眠そうな自分の顔を眺めながら歯磨きと洗顔を済ます。緋奈の完璧なタイムテーブルのおかげで、昼飯は手を合わせればありつける状態になっている。
「美味そうだな」
「手抜きだけどね。夜は期待してて!」
緋奈はそう言ってるが、並んだ料理を見て手抜きだなんてとても思えない。和風のパスタとコンソメスープ。刻み海苔とかキノコとかあのカリカリしたスープに入ってるやつとか。店でしか見たことないぞ。
「母さんたちはデート?」
「うん。夜もいらないって」
「あの二人も緋奈みたいな娘がいて幸せだね」
姉さんが椅子に座りながら言う。全くもって同意である。
「えー? お姉ちゃんとお兄ちゃんもいるからじゃないかな?」
「「緋奈……」」
やだ何この子。毎回毎回泣けてくるんですけど。
「ほ、ほら冷めちゃう前に食べようよ」
姉と兄にうっとりされ恥ずかしくなったのか、ほんのり頬を染める緋奈。ダル猫エプロンのまま椅子に座って、隣の椅子をぽんぽんと叩き俺を呼ぶ。フローリングが冷たいとかどうでもいいんだよね、妹が可愛いと。
「「「いただきます」」」
それにしても、姉さんがこの時間に家にいるなんて珍しい。家で顔を合わせるのも久しぶりだ。
寒くなってきたおかげでちゃんと防寒してくれてるのがありがたい。いつもあり得ないくらい薄着だからな……。いくら姉だとはいえ肌の露出は控えてもらいたいぜ。
緋奈は家にいるとき大体パジャマ。ダル猫のふわふわしたやつ。多分俺か父さんが買った。今もエプロンの下はそれだ。
二人とも外に出るときは目一杯のおしゃれをする。小さい頃からの母さんの教えで習慣づいてるのだろう。このメリハリが二人を輝かせてるのかもしれないな。
「何拓人、顔に何かついてる?」
「ん、いや……」
「うん? はっきりしないな〜。これでもくらえ」
「っ⁉︎ 冷たっ!」
テーブルの下で姉さんの冷えた足が俺の足に。防寒してるの上だけかよ。生脚が露わになってるよ。こんな寒いのにもこもこのショートパンツだよこの人。
「二人ともご飯中は遊ばないでよー」
「「……すみません」」
中学生に注意される高校生と大学生。親がいなくてよかったぜ……。
それからご飯を食べ終えた俺は、緋奈と一緒に洗い物をすることにした。
手伝うと言えば緋奈は必ず断るので、先回りしてキッチンを確保。が、緋奈の中で片付けまでが料理らしいので、俺は最後の工程食器拭きしかやらせてもらえなかった。笑顔だったけどすごい圧だったよ……。
「ココアいる?」
タオルで手を拭いてると緋奈がマグカップを用意しながら聞いてくる。自分のやつと俺のやつ。淹れる気満々なので断ることはできない。
「じゃあお願いします」
「うん。お姉ちゃんはコーヒーでいいー?」
「よろしく〜」
「はーい」
「俺もて──」
「お兄ちゃんは休んでていいよ。持っていくから」
ああ……この場所は緋奈の聖域であまりいてほしくないのかな。緋奈の冷たさがなによりも辛い。
素直にリビングへと戻り、一人掛けソファでくつろぐ姉さんの脇を通って長い方のソファへと腰掛ける。さっきから真剣に何か見てると思ってたら……家族のアルバムか。
「うわ懐かしい」
「だよねー。これとかもう覚えてないよ」
姉さんの指さした写真は、小さい頃の俺とのツーショットだった。今では考えられない仲良さそうに腕を組んだ微笑ましい一枚。明らかに俺は恥ずかしがっている。
「これ撮ってたのか……」
「ん? 拓人覚えてるの?」
「まぁ……」
姉さんは覚えてないらしいが、俺はなんとなく覚えている。
これはたしか両親の結婚記念日かなんかで『私たちも結婚したらこんな感じかな⁉︎』なんて言いながら腕を絡めてきたんだよな……。このときはまだ姉さんの方が大きくて力も強かったから逃げられなかった。
「ふーん。覚えてるんだ。そっか」
そう呟いて抱えた膝に顔を埋める姉さん。恥ずかしがってる? 覚えてないはずじゃ? いや姉さんのことだから思い出した……とか。
「ま、まぁ昔の話だし。ほ、ほらこれとか」
そもそも血が繋がってるから。
これが幼馴染とかだったら結婚するまでの伏線になってるんだよな。高校生になっても作れる幼馴染はありませんか?
羞恥から逃げるべく適当な写真を指さす。
それは家族の集合写真。母さんが赤ちゃんを抱っこして、父さんが姉さんと手を繋いで。
「緋奈が生まれる前の……写真?」
「あぁそうね」
と、姉さんがアルバムをスッと引き寄せる。その拍子にひらりと落ちた写真。裏側になったその写真を拾い上げる。
写っていたのは、知らない家族。それも二組。確認できたのはそれだけ。
「はぁー……ちゃんと入れといてよ」
そう文句を言いながら姉さんは写真を無造作にしまう。
「はーいココアとコーヒーが入りましたよー」
「おー緋奈ありがと。ほら拓人も早く取って。可愛い妹にいつまで持たせる気?」
「あ、うん、ありがとう緋奈」
「どういたしまして、えへへ。あ、私にも見せて〜」
姉さんの行動に引っ掛かりを覚えながらも、そこからは三人でアルバムを懐かしんだ。
後日あの写真を探してみたが……見つけることはできなかった。
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