127
「では拓人さん、また。次は奏さんも交えてお出掛けしましょう」
「そうですね。また」
「諏磨寺さん」
「今日は申し訳ございませんでした。まさか緋奈さんのお兄さんだったなんて……」
「まぁ……自慢できるような兄じゃないけど」
「ですよね!」
「諏磨寺さん? 調子に乗ってはいけませんよ?」
「……はい」
あれから三人でちょっとだけ話して、奏から俺に連絡がきたところでお開きすることになった。
どうやら諏磨寺さんは緋奈の後輩のようで、同じ吹奏楽部かつ生徒会の役員でもあるらしい。文化祭の会議のときいなかったのはサボりだったと口を滑らせ三日月さんに怒られていた。それでも成績は優秀らしく今年から副会長を務めているそうだ。実績と精神年齢が伴ってないんだよな……。
三日月さんについても少しだけ知ることができた。
彼女には歳の離れた兄が三人いるらしく、やっと生まれた女の子ということもあり、結構甘やかされて育てられてきたみたいだ。親からも兄からも付き人からも。
しかし憧れの人……観覧車で教えてくれた別財閥の次期社長夫婦に会った際、自分の環境がいかに恵まれ、自分がいかに成長できてないかを痛感させられたらしい。それが小四の頃の話だと聞いて、やはりこの人は只者ではないのだと再認識できた。
そのとき夫婦の写真も見せてもらったのだが、夫の方はごく普通の一般家庭で育った婿養子らしく、奥さんの人とは小さい頃から付き合いがあり、紆余曲折の大恋愛の末見事ゴールインしたとのこと。奥さんは凄く可愛い人だった。
『だから拓人さんが私と結婚してもなんの問題もありません』
なんて言われたときには、盛大に水を吹き出しちまったぜ……。あと諏磨寺さんからやいやい文句も飛んできた。
その流れで写真を見せ合うことになり、諏磨寺さんのメイドの師匠との写真もまた凄かった。
金髪美女と黒髪美女。間にいる諏磨寺さん。あの写真は、お金払ってでも見たいと思える。
で、俺の写真。最近撮ったやつだと奏と写ってるのばかりで恥ずかしいなーと思いながらひたすらスライドしていた。『この人可愛いですね』『緋奈さんもいます』『変顔ですか?』と、諏磨寺さんからちょくちょく感想をもらってたけど、三日月さんからは特に何も言われず。まぁ特に目立つものも面白いものもなかったしなと画面を閉じたところで、
『全て奏さんに見せてもらってますよ。一枚一枚解説付きで』
とにこやかに言われ、人生で一番恥ずかしい瞬間が生まれたのでした。
そんなこんなで駅の改札前まで三日月さんと諏磨寺さんは律儀に見送りにきてくれた。二人はせっかくなのでと家族を呼んであの店で食事をするそうだ。場所だけ貸してもらうのもお店に悪いとのこと。
なんだかんだ二人の仲は良い。女の子同士の平和は、世界の平和だ。
「お気をつけて」
「また会いましょう拓人お兄さん」
二人と別れて電車に乗る。窓の外はすっかり暗くなってしまった。
手すりに掴まりながら奏にメッセージを返す。
『今帰ってる』
『お疲れ様でした。勝手なことしてごめんなさい』
『全然大丈夫だ』
三日月さんと奏の間にどんな契約があったのかは知らないが、この様子だと三日月さんに上手いこと丸め込まれたのだろう。一枚も二枚もあの人の方が上手のようだ。
『何もされてない……よね?』
『うーん……大変だった』
この一言じゃ足りないくらい大変だった。しかし説明するのもな。
「……あれ」
既読がつくも返信がこない。何か急用でもあったのだろうか。
『奏さん?』
連投。しかし次は既読すらつかない。
……まぁ奏も暇ではないはずだ。晩飯の時間とか、お風呂の時間とか色々考えられるし。多分、きっと、おそらく、大丈夫。
そう自分に言い聞かせ一駅過ぎるごとにスマホを確認してたが、ついに最寄り駅まで返信はなかった。
家に着くまでに返信くるかな……なんて不安を積もらせながら改札を抜けると、俺に小さく手を振る女の子が一人。
いつもよりはラフな格好で、髪もちょっと乱れていて、マフラーで顔の下半分は隠れてるけど、見間違いようもなく奏だ。
「ど、どうした」
小走りに彼女の元へ。内心は嬉しさと安心で溢れてるけど、悟られないよう平静を装う。
「あ、えーと……拓人君待ってた」
「そんな薄着でか? 寒かっただろ? 連絡してくれよ」
「急いできたから……スマホも置いてきちゃって……」
だから返信がなかったわけか。肩で息をしてるのも気になる。
着ていたパーカーを奏の肩にかけると、髪からふわりとシャンプーの香りがした。お風呂上がりっぽいな。耳と鼻頭が赤いのは、薄着のせいだろう。
「走ってきたのか?」
「うん。なんか……拓人君に会いたくなって」
彼氏としては喜ばしいが、時間は遅いし、暗いし、薄着だし……無用心なのが引っかかる。
「嬉しいけど……そんな急がなくてもよかったのに。それこそ連絡してくれたらここで待ってたぞ」
「それは申し訳なくて。私と三日月さんが勝手に決めたことで拓人君を巻き込んじゃってるのに……これ以上のわがままは許されないかなって」
「奏のわがままならいくらでも聞くけどなぁ」
「……じゃあ手繋いでいい?」
「お、おう、いくらでもどうぞ」
ゆっくり歩きながら指と指を絡めていく。いつもよりひんやりしてる奏の手。最後にくれたメッセージから計算すると、20分強は待たせたことになる。
そりゃ冷たくなるわな……。
「その……三日月さんと何かあった?」
「何もないって言ったら嘘になるけど、奏が心配するようなことは何も」
「何してたのか教えて」
きゅっと繋いだ手に力がこもる。少しだけ下を向いて、何かを怖がってるみたいだ。
心配するのも無理はない。俺だって奏が超絶イケメンと二人きりでいたら心配するしな。
「まずは手をほっぺにすりすりされたな」
「ん? それは拓人君の手をってこと?」
「そうだな」
「じゃあ私もしてください。いや、自分でします。その間に今日あったことを」
「……」
側から見たら絶対変だぞこの絵。
まぁもう暗いし、人通りも落ち着いてるからいいや。好きにさせよう。
疲れて頭が回ってないことを自覚しながら、今日のことを簡単に話す。電車に乗って、ショッピングモールを散策して、観覧車に乗って、諏磨寺さんに会って、ちょっとお互いを知って。
俺が一方的に話すってのもなかなかないことだ。クールで寡黙なキャラで売ってるからね!
それよりも……。
「奏」
「……はい」
「聞いてたか?」
「も、もちろんです」
「じゃ最初から言ってみ。合ってなかったら手は没収です」
口をつぐませ目が泳ぐ。絵に描いたような動揺。しかし没収はされたくないのか、頬に添えたままの手は離そうとしない。
で、やっと出てきた回答は、
「拓人君は、私のことが一番好きってこと……かな」
かな、じゃないよ。奏さん俺はそんなこと話してませんでしたよ。あんた手すりすりに夢中で聞いてなかったでしょ?
「没収」
「ダ、ダメ! これは私のです! もう誰にも貸さない!」
「俺のなのよ」
「拓人君の手は私のもの! で」
奏の左手が俺の頬に。また変な絵が出来上がってる。
「私の手は拓人君のもの」
「……ちょっと冷たいな」
「自分の手は、自分で温めたらどうですか?」
それは同じようにしろ、ということだろうか。
いつもなら恥ずかしくて絶対やらないが……冷たい風と奏のテンションに当てられたということで。
さすがにすりすりはしないけど、俺も頬に添えられた手を優しく握りしめた。
「一番好きなのは合ってる」
そんな一言も添えて。
読んでいただきありがとうございます!
ブクマ感謝です!




