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 三日月さんに連れられるもんだから、行ったことのない場所や格式の高い足を踏み入れるのも憚られるような豪勢な場所を思い浮かべてたのだが、たどり着いたのは……俺も最近よく来るようになった大型のショッピングモールだった。

 奏とのデートは大体ここ。期間限定のダル猫ショップがあるうちは、とりあえずここに来る。で、期間はいつまでなのん?

 人の目があるということで接触からは解放され、でも肩が触れるくらいの距離で人波の中を進んでいく。

 休日の人の多さは言うまでもなく過酷で、バイト終わりの俺には少々きつい。なんなら万全の状態でもきつい。

 が、意気揚々と歩を進める三日月さんはキラキラした瞳でモール内を散策している。

 そんな彼女を目の当たりにすると弱音なんて吐けないし、あんなやり取りを聞いたあとだから気を引き締めなければと、なけなしの責任感が微力ながら俺を奮い立たせる。


「そんなに急ぐと危ないですよ」

「あ、失礼しました。年甲斐もなく……恥ずかしい限りです」


 途端に塩らしくなり、水をさしてしまったことに後悔。それと同時に、いつもとは立場が逆転してることに思わず吹き出してしまった。


「もう、どうして笑うんですか。反省したじゃありませんか」

「いや……三日月さんにもそんな一面があるんだな、と」

「……お、おかしいですか?」

「そんなことないですよ。僕もちょっと反省してます」


 俺はどうも最初の印象に引っ張られる傾向にあるみたいだ。この人はこういう人だからと決めつけてしまう。

 奏も戸堀先輩も横山も滝も。最初から決めつけて壁を作ったり、距離を取ったりしていた。

 それはそれで役に立つこともあるけれど、最近は良くない方に転びがちだ。

 まぁ三日月さんに関しては、第一印象が飛び抜けてたこともあるので例外ってことにしてほしいけど……。

 俺の発言に首を小さく傾げ、はてなを浮かべる三日月さん。


「拓人さんもですか? どうしてです?」

「大したことじゃないですよ。それより次はどこへ?」

「そうですね……。私の頭を冷やすのと、拓人さんの休憩も兼ねてちょっとあれにでも乗りませんか?」

「観覧車……ですか?」

「はい。観覧車です」


 三日月さんの指さす先には、海沿いにある大きな観覧車。ここに来るたび目にすることはあっても乗ったことはない。

 高いところが怖いとか並ぶ価値があるのかとか以前に、高校生にもなって観覧車ってどうよ? ってのが率直な感想だ。端的に言うと恥ずかしいってことです。

 しかし三日月さんの瞳は今日一番の輝きを宿している。習ってもないのに『将来プロ野球選手になる!』なんて(のたま)っていた幼き頃の俺のような瞳だ。……あなた今じゃ毎朝死んだ魚の目してますよ。

 そんなキラキラした目をされたら恥ずかしいなんて言ってられない。


「じゃあ……」


 いや待て、状況を整理してみると……受け取り方によっては、デートになっちゃうんじゃ?

 俺なんかが三日月さんの相手に相応しくないのは重々承知の上であり、自意識過剰で自惚れた発想かもしれないが、短時間とは言え男女二人きりで密室に入るのは……カップルのそれではないだろうか。今更ながらこんなところを二人で歩くのもギリギリアウトな気がしてきた。なんなら手を握られてたのは、ガッツリアウトだ。

 例えば、奏が今の俺と同じ状況だったとき、俺は何とも思わないことができるのか。

 否。答えは否である。やましくなくても嫌な気持ちになるだろう。


「では行きましょう!」

「あ、いや……」


 さてどう断ったものか……。

 ここまで来て無理ですなんて言ったら嫌われるだろうけど、奏に嫌われるくらいならまだマシだ。

 でも、三日月さんを傷つけたくはない。誰か俺の代わりに観覧車に乗ってくれる優しい人はいませんか……。


「ふふ。私にはわかりました。今、奏さんのこと考えていましたね?」

「え……?」


 土壇場で渋った俺を三日月さんがクスリと笑う。


「いいのです。それが普通ですし、拓人さんならそうなるだろうと思っていましたから。でも安心してください。奏さんには無理を承知で、今日拓人さんを貸してもらうことの許可を頂いているので」

「えぇ⁉︎」


 奏さん! 俺何も聞いてないんですけど⁉︎


「それに、拓人さんと奏さんが付き合っている()、これ以上何もしないと決めましたから」


 それはありがたいことこの上ないが……何か含みのある言い方だったな……。


「お友達の彼氏を奪うなんてことはしませんよ」

「そう、ですか……」

「さて、奏さんの心配はなくなりました。観覧車、乗っていただけますか?」

「……ただの休憩ですよね?」

「もちろんです。私から襲うようなことがあれば奏さんに告げ口してもらっても構いませんよ。ですが、拓人さんからなら……」

「しませんよそんなこと!」

「あら残念です。身体には自信があるのですが」


 言ったそばから……これは油断禁物だな。夢前川のときみたく突然キスされたり……あ、いや、これは忘れないと。


「では行きましょうか」


 まぁ……この笑顔は信じても大丈夫だろう。


 三十分程並んで、動くゴンドラに二人して乗り込む。係のお姉さんが三日月さんと俺を交互に見比べてたことを俺は忘れないぜ……。

 中は思ったよりも広い。緊張してる俺をよそに、向かい側の三日月さんは、徐々に高くなってゆく景色を上下左右の透明な窓から楽しそうに堪能している。

 高いところが苦手ってわけではないが……ちょいと怖くなってきたな。微妙に揺れてるし。


「どうして観覧車に?」


 気を紛らわすため三日月さんに話しかける。

 頭を冷やすとか、休憩とか。そんなのは建前だということくらい俺にだってわかる。照れ隠しってわけでも無さそうだし、この観覧車に思い入れでもあるのだろうか。


「憧れだったんです」

「憧れ……。電車もそうでしたね。何かの影響ですか?」


 映画や本で影響されて乗りたくなった。自然に思いつくのはそれくらい。俺だってラノベやアニメに影響されまくってるからね。


「影響……そうですね。憧れの人の影響、でしょうか」

「三日月さんの憧れの人ですか。想像つきませんね」

「素敵な方々ですよ。違う財閥の次期社長夫婦なのですが、仲睦まじく理想的で……。私も将来この人たちみたいになりたいと、そう思いました」

「その人たちが教えてくれたんですか?」

「教えてくれた……とはちょっと違いますね。お二人のなり初めを聞かせてくれた際に出てきたんです」


 お金持ちの人もこんなところに来ることがあるんだなぁ。なり初めってことは、学生時代とかだろうか。


「なのでお二人が見た景色を私も見たいと、ずっと憧れていたのです。本当は……将来夫婦になると決めた方と来たかったのですが、私の力不足でそれは叶いませんでした」

「その代わりに僕ってことですか……」

「一番近しい異性なので。なるべく憧れに沿わせた形に、と。奏さんには感謝しています。もちろん拓人さんにも」


 と、三日月さんは身を乗り出して景色に見入る。何も言わず、ただ海と山と街とを見ている。

 もう夕日は半分以上沈んで、紺色の空には月が浮かぶ。なんて事のない風景も特別な環境だといつも以上に綺麗に見えるもんだな。


「拓人さん、奏さんのこと幸せにしてくださいね」

「はい……え」


 観覧車が一周し終える間際。いつもの様子に戻った三日月さんの唐突な言葉に反射で答えてしまった。


「奏さんを泣かせるようなことがあれば……おわかりいただけますね?」


 あぁ……奏が何故この状況を許したのかわかった気がするぞ。俺の知らないところで、女の子たちは結託している。


「私は、拓人さんも奏さんも大好きですから」


読んでいただきありがとうございます!


今年もまったり投稿させていただきました。読んでくださった方、評価をくださった方、感想をくださった方に感想です!


では良いお年を!

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