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バイト終わりの帰り道。今日のシフトは朝から夕方までと、ごく稀にある時間帯でのバイトだった。
夢前川とは入れ替えのタイミングで顔を合わせたが、特に変わった様子はなく淡々と作業を始めていた。
告白されてから会うのは今日が初めてで、無視されるのかとか、きつく当たられるのかとか色々心配してたけど、まるで俺を嘲笑うかのように何もしてこなかった。
まぁそれはそれでいいんだが……。
『私は、諦めません。覚悟してください』
気にしないようにしても夢前川の言葉がずっと胸に引っかかる。
ずっと考えてるわけじゃないが、バイト中夢前川の話題を振られたり、サクジョの制服が目に入ると嫌でも脳裏に思い浮かぶ。
今も駅前のベンチにサクジョの生徒が一人座ってるお陰で、夢前川の顔がちらついている。
「あら、拓人さんではありませんか?」
その子の周りだけ異様な空気だ。そんな風に思っていると名前を呼ばれた。
人の顔と名前が一致するまでそこそこ時間のかかる俺ですら、この人の存在は簡単に覚えることができた。
三日月凪。桜井女子学園高等部の元生徒会長。日本の三代財閥の一つ三日月グループ会長の娘。
この二つの肩書きだけでもう十分にお腹いっぱいなのだが、全国模試トップ5やら弓道で全国大会制覇やらと、輝かしい成績が彼女の名前の下に並んでいる。
さらには誰もが羨む美貌も兼ねそろえており、現地球上での完成系はこの人のことだと勝手に思っている。
そんな人に認識してもらってるだけでも奇跡に近いことなのだが、名前を呼ばれるだけでなく、性別年齢問わず惚れてしまうような笑顔で手を振られると、何か悪いことをしてるような気分になる。パトカーを見つけたとき、みたいな。
「お、お久しぶりです」
「会うのは……そうですね。毎日やり取りはしてますのに不思議な気分です」
自分の立場は弁えてるつもりなので、小走りに三日月さんの元へ。
毎日やり取りと言っても、奏と緋奈を入れた四人でだ。しかも俺はグループメッセージで三人が話してるのを眺めてるだけで、ほとんど会話には参加していない。たまに話を振られてそれに相槌を打つくらいだ。
三日月さんと緋奈が生徒会長の席を後輩に託したのもここで知った。
「こんなところでどうしたんですか?」
「先程まで学校の方で用事を済ませていました。丁度よい時間でしたので待っていたんです」
「何をですか?」
「あらあら鈍感なんですね。拓人さんを、ですよ。寒かったんですから……温めてください」
「なっ……!」
と、不意に手を取られそのまま彼女の頬へと押し当てられる。
「大きくて温かいです。奏さんや緋奈さんにこんなことしてるってバレたら怒られてしまいますね」
「あの、だったらやめたらいいのでは……」
「それはできません。寒い中待ってたのですから、これくらいのご褒美はあって当然だと思うのです」
「ご褒美……ですか」
「はい。どうですか? このまま私とお付き合いしてみませんか?」
「それはできませんよ。奏のこと好きなので」
「また振られてしまいました。次はよい返事をもらえるよう精進しますね」
言いながら俺の手をすりすりすりすり……。
諦めてもらうのが一番なんですけど、なんて言っても無駄だからな。ここは奏のことを想いながら必死で平常心を保つしかない。
というか、さっきから違和感をすごく感じるんだが……。誰かに見られてるような、監視されてるような。心なしか殺気のようなものも感じる。
「どうかなさいましたか?」
「あ、いや、誰かに見られてる気がして」
「あぁ。おそらくですが我が家の者でしょう。付き人はいらないと言っているのですが、いつもこっそりついてくるのです」
周りを見渡す三日月さん。釣られて俺も視線を巡らせる。
怪しい人物は……見当たらない。スーツ姿のお兄さん。子どもの手を引くお母さん。自転車に乗ったおばちゃん。ティッシュを配るお姉さん。
そこにあるのはいつも通りの駅前の風景だけ。何もないからこそ、この違和感の正体がはっきりしない。
「見た限り十五人程います。全く大袈裟なんですから」
「十五人⁉︎」
「少々お待ちを。今すぐ下げさせますので」
どこ! どこにいるの⁉︎
もはやどこに隠れているのか興味が出てきた。
しかしそんな俺をよそに、どこかへ電話をかける三日月さん。もちろん俺の手は離してくれない。
「私です。今すぐ全員帰してください。心配には及びませんと何度も伝えているでしょう。……ええ。これは簡単なスキンシップみたいなものです。手を触り合うくらい友人でもするでしょう」
監視されてるので今の状況は相手に筒抜けだ。何を話してるのか聞こえないが、この状況を指摘されてるのだろう。……それより友人でもこんなスキンシップはしないと思いますよ? 少なくとも俺はしない。
「わかればいいのです」
え、納得したの? もうちょっと抗議するべきじゃない? 俺が言うのもなんだけどさ。
「なので早く……。わかりました。それでしたら拓人さんに送ってもらいますので……はい。この前お話ししたでしょう? 頼りになる方で信用の足りる方だと」
目の前で話がどんどん進んでいくよぅ。このまま帰ることはできなそうだな……。それに過大評価が過ぎるような……。
「お付き合い? まだその予定はありません。いずれしたいとは思っています。お父様お母様には決まってから報告しますのでそれまでは内密にお願いしますね。はい……失礼します」
電話を切った三日月さんが「お待たせしました」と微笑む。
その瞬間、周りにいたスーツ姿のお兄さん。子どもの手を引くお母さん。自転車に乗ったおばちゃん。ティッシュを配るお姉さん他がサーっといなくなった。
不自然だと感じたのは、多分俺だけだろう。まさかあんな日常に馴染んでいるとは……。想像してたのは黒服サングラスでした。
「全員……とはいきませんでしたが、邪魔しないと言う約束で一人ついてくるそうです。拓人さんはお気になさらず」
「あ、はい……」
気にする気にしない以前に気づかないわけだが。
「では、参りましょう」
「えーと、どこにいくんですか?」
「実は……ずっと前から行きたい場所がありまして」
手を引かれ駅の中へ入る。事前に買っていた切符を渡され、改札を抜ける。
「電車乗るんですね」
勝手なイメージでお金持ちは電車に乗らないものだと思っていた。しかし三日月さんの手つきは慣れたもので、難なく電車に乗ることができた。まぁ難しいわけじゃないけど。
「いえ今日が初めてですよ」
「そうなんですか? その割には慣れてるように見えましたよ」
「私もあと少しすれば大学生ですからこれくらいはできないとダメだと思うんです。それに……」
ドアが閉まり、動き出す電車。窓の外の夕陽が三日月さんの横顔を照らす。
「憧れてたんです。ずっと」
その笑顔は今までの中で一番子供っぽく、そして輝いて見えた。
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