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 昼休みの終わりが刻々と近づいている。

 しかし、まるで時間が止まったみたいに静かなのは、今結妹の発した言葉のせいだ。


「香西君、社さん。二人とももっとイチャイチャして。もっと人様に見せつける感じで」


 なんの前触れもなく、単刀直入に、リモコン取ってくらいのテンションで言った。

 無常にも進む時計の針の音が全員の意識を戻す。

 もしもここにいるのが経験値の高い大人ならこんな空気にはならなかっただろう。我らが担任青倉先生がいようものなら髪をかきあげ余裕の笑みを浮かべてたに違いない。……いやどうかな。あの人腐ってるからな。『リア充死ね!』とか暴言吐きそう。あの人本当に教師か?

 それはどうでもよくて。ここにいるのは、俺を含め思春期真っ盛りの高校生。言葉の意味を理解することはできても、飲み込むのには時間がかかった。


「……すまない香西君、社さん。千夜はこういうやつなんだ」

「千夜ちゃん。私たちが口出しちゃいけないよ」


 呆れて首を振る先輩二人。結妹は姉に思い切り頭を叩かれていた。思いのこもったいい張り手でした。


「私たちからしてみれば十分だと思いますけど……」

「たくたくとかなかなはラブラブ〜」

「ちょ、やめい」


 教室での俺たちを知ってる加古は照れながら、滝は言ったことを表現するかのように加古へ引っ付いた。

 俺はというと、また変な人が変なこと言ってるよくらいにしか思わず、奏に同意を求めようとしたのだが……その奏は神妙な面持ちで少し俯いていた。照れてるわけでも、恥ずかしがってるわけでも、怒ってるわけでもない。


「……社さん、千夜ちゃんの言ったことそんな気にしなくても大丈夫だよ。深い理由なんてないだろうし」


 フォローを入れる伊奈野さんに対して、奏は何かを言いかけてやめた。代わりに重い空気が流れ始める。


「どうするんだ千夜この空気」


 小声で妹を責め立てる姉。が、気にした様子もなく結妹は俺へと視線を向ける。


「この前言ったこと覚えてる?」

「言ったこと……ですか?」

「君が超有名人になったってこと」


 後夜祭が始まる前だったっけか。たしかにそんなこと言ってたような。でも、今の条件とそれになんの関係があるのか。


「騒がれるのは一時的なものかもしれないし、実際の君をみて熱が冷めることもある」


 流行り物の宿命だろう。ブームなんてものはそんなものだ。

 みんなとりあえず触れてみて、その波に乗って周りと同調する。でも実は、大したものではなかったり、すぐに飽きてしまったり。

 去年まで当たり前に聞いてた言葉や物が、気付くと古い、時代遅れなんて言葉で一括りにされる。

 だから、俺の名前が知られたところでみんなすぐ忘れるだろうと踏んでいる。一時的なもので、気に留める必要なんてない、と。例えば、俺の名前を使ったおまじないがそうだった。


「けどね、そうじゃない人もいるんだよ。本気で君のことを好きになってしまうかもしれない。社さんはそれを気にしてるのさ」


 一時のブームで熱狂的なファンが付くこともないことはないだろう。

 が、俺に限ってそれは杞憂だ。何故なら、俺には彼女がいる。素敵な彼女が。

 自分で言うのもなんだが、奏と俺が付き合ってるのは、周知の事実と言ってもいい。

 だから俺を好きになるなんてこと……。


「でもさ、香西と奏が付き合ってるなんてもうみんな知ってますよね? 二人の間に割って入ろうなんて思う人いる?」


 頭に一人の少女の顔が浮かんだと同時、語気を強めた加古が結妹に聞く。怒ってるのか、敬語がおざなりになっている。滝は驚いていた。

 しかし結妹は気にする様子もなく、けろっと質問に答える。


「私にはわからないよ。あくまで可能性の話。ただちょっと気になる事を耳にしちゃったから、社さんに教えようと思ってここに呼んだのさ」

「気になることー?」


 滝が可愛らしく首を傾げると、俯いてた奏が結妹へと視線を向ける。


「一部の生徒の間で社さんと香西君のカップルは偽物だって思われてるんだよ。社さんの男除けで無害そうな香西君が選ばれたってね」

「……拓人君が男除け?」

「そうそう。で、香西君が文化祭で活躍して注目の的になった。男子諸君は社さんから手を引くだろうけど、女子はむしろ逆。偽物なんだから香西君を狙ってもいいんじゃない? ってなってるんだよ」

「だから香西君と社さんにイチャイチャしろなんて言ったのか? ……千夜はいつも言葉が足りない」

「お子ちゃまには刺激が強かったかにゃ?」

「……馬鹿にしてるのか?」

「こら二人とも喧嘩はやめてよ?」


 俺が男除けか。奏と俺じゃあ見るからに釣り合ってないしそう思われても不思議じゃないな。というか男除けとしても役に立ってなかったぽくない? 結妹の発言からすると奏のことまだ狙ってた人いるっぽいし……。不安になるなぁ。

 もしかして奏も同じ気持ちだったのか……?


「誰ですかそんなこと言ってる人教えてください」


 凛とした透き通る綺麗な声には、しっかりした怒気がこもっていた。

 結妹と先輩三人は全員呆気に取られたように体が固まっている。普段温厚な、奏のイメージからは程遠い声色に驚くのも無理はない。俺もちょっと怖いしね。


「や、社さん……?」


 一番最初に動いたのは結妹。この人が焦ってるのは新鮮だ。


「教えてください。拓人君を男除けだなんて言った人」

「そ、それはちょっと難しいかな……。特定はできてないからね」


 多分だけどこの人なら知ってる。けど、教えてしまったら奏が何をしでかすかわからない。今の奏はそんな雰囲気をまとっている。


「奏は香西のこととなったら容赦ないからね」

「かなかなはたくたくが大好き〜」


 どうやら加古と滝には見慣れた光景のようだ。いろんなところで敵作ってなきゃいいけど……。

 と、傍観を決め込んでた俺にズキズキと視線が突き刺さる。先輩三人からは助けを求めるような、他二人からは生温かい居心地の悪いものが。


「奏、俺は気にしなてないから怒ることないぞ」

「怒ってない。怒ってないもん……」

「気持ちは嬉しい。俺はそれだけで十分だ」

「……悔しい。私より拓人君の方がずっと素敵なのに、そう言われるのが、悔しい」

「まぁ……俺が悪いからな」


 奏につり合ってなかったからそう思われた。それだけの話だ。

 文化祭のステージでちょっとでもいいところが見せれたのなら、目立ったことも悪いことではなかったのかもな。


「とにかく私が言いたいことは香西君の手綱はちゃんと握っとかないとダメってことだよ。香西君ちょろそうだし。お姉さん定期的に誘惑して試してあげようか」

「結さんには惹かれませんけどね」


 ウィンクをかました結妹を鼻で笑ってやった。あんたにゃ惑わされない自信がある。


「「なっ……!」」


 それがショックだったのか、姉妹が珍しく同じタイミングで声を上げた。その顔がそっくりで、双子なんだなと再認識する。


「生徒会長じゃないですよ。妹さんです」

「なんだよそれ! 千佳より私の方が付き合い長いじゃないか!」

「残念だったね千夜、香西君は私を取ったのさ。長さよりも大切なのは濃さ、だよ」

「うるさい私よりおっぱい小さいくせに!」

「いいいい今それは関係ないでしょ⁉︎」

「あるね! 男はでかい方が好きなんだよ! 香西君みたいな変わり者もいるけど大半は大きい方を選ぶ!」

「というかあんまり変わらないし! 小さいのも小さいので良さもあるよね⁉︎」

「あれー千佳ちゃんどうして私を見るの?」

「たしかに小さいのもいいよ〜」

「こら鈴華触るなっ!」


 こらこら俺が小さいの好きみたいなテイで話進めるな。俺はどっちとも好きってあれほど……。

 騒がしくなってきた部室。またしても姉妹の喧嘩が始まるのかと思いきや、隣にいる奏がそれを許さなかった。

 パンっと両手を合わせた音が全員を黙らせる。よし奏言ってやれ! うるさいってな!


「拓人君今、みんなの胸見てた?」

「……すみませんでした」

「どうやら……大丈夫そうだね」


 結妹の呟きに他四人が頷いて、今日の昼休みは終わった。

読んでいただきありがとうございます!


ブクマ感謝です!

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