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「やぁ。待ってたよ」
奏、加古、滝と共に訪れたのは、新聞部の部室。
お誕生日席に鎮座する結妹に皆まばらに頭を下げた。
「ちょっと待ってね。お茶とお菓子準備するから」
ポットがお湯を沸かし終えると、なれた手際で人数分のお茶が淹れられる。初めてきたときは気づかなかった。よく人を招待するのだろうか。まぁ新聞部だしお客さんは多そうだ。
それにしてもお腹いっぱいだからか、この羊羹を見ただけで吐きそうなんですけど……。
「この中で初めましては加古雅さんだけだね。新聞部部長の結千夜です。以後よろしく」
「は、初めまして。どうして私の名前を?」
「私はなんでも知ってるよー。部活はバドミントン。あだ名はみー、みゃー姉さん。好物はずんだ餅。嫌いな物はニンジン。趣味はバドミントン、人形集め。最近は社さんの影響でダル猫にハマってる。スリーサイズは」
「おお、みーのスリーサイズっ!」
「スリーサイズなんてどうでもいいしなんで知ってんの⁉︎」
「ふふ、なんでもお見通しさっ!」
開幕早々結妹に踊らされる加古とそれを楽しむ滝。俺と奏とは大きくテンションが違う。あの人は本当に先輩なのか。で、スリーサイズはよ。はよ!
「拓人君?」
なんて聞き耳立ててたら奏に肩をぐりってされた。痛くなかったけど、顔が怖い。
「おや香西君。せっかく出したんだから羊羹食べてほしいな。君のは特別大きめにしたのに」
この人わかってて嫌がらせしてるな?
「あぁ……いやお気持ちは嬉しいんですけど、今はちょっと」
冗談抜きでもう何も食べたくない。
「そんなひどいっ! 香西君のために丹精込めて家から持ってきたのに! 私の羊羹が食べられないって言うの⁉︎ およ、およよ……」
演技がかった大袈裟な動き。家から持ってくるのに丹精込めなくていい。泣くふりして指の間からちらちら様子伺うのやめてくれます? 余裕なんてないので目だけでそう訴える。
「ちぇ、ノリ悪いなー」
ふてくされた結妹は、首にぶら下げたいつもと違うカメラで俺の写真を一枚パシャリ。数秒すると撮ったばかりの写真が現像され出てくる。チェキというものだろうか。手渡された写真には半目の情けない俺の姿が写っている。こんな物を写された写真に同情するぜ。このゴミは即ポイだ。
「た、拓人君。なにするつもり?」
写真を握りつぶそうとしたら奏に止められた。何をそんなに慌てているのか。左腕が奏の両腕でがっちりホールドされている。
「なにって……捨てるつもりだけど」
「なら私が捨てておいてあげるから」
「え、いやいいって。これくらい自分でやる」
「ううん。私がやった方がいい。その方が絶対いい」
さっきから奏が怖いよぉ……。なんでずっと笑ってるん?
奏の根拠のない理屈と勢いに負けて恥ずかしい写真を処理してもらうことにした。
部屋の隅のゴミ箱に捨てるだけでいいのに、生徒手帳に挟んでいらっしゃる。もう煮るなり焼くなり好きにしてください。ええ。
「自分にとっては価値のない物でも、誰かにとっては価値のある物だったりするものだよ。今君の目の前にある羊羹のようにね」
わかったようなわからないような……。
この羊羹もお腹いっぱいの俺より、昼飯を食べたはずなのに自分の分をぺろりと平げ加古の分まで手を出そうとしてる滝に食べてもらった方がよいということか……。
そんなに食べたらまた大きくなりますよ? なにがとは言いませんがね。なにがとは!
「あんた自分の食べたじゃん! これ私の!」
「くれ〜く〜れ〜くれくれくれ〜」
「石焼き芋屋か!」
「滝、俺の分食っていいぞ」
「ほんと⁉︎ たくたく好き〜」
「お、おう……」
ラブではなくライク。わかってても女子に好きなんて言われたらドキドキする。男の子だもん!
にやけそうになるのを奏の肩ぐりによって阻止され、気を取り直した俺は「そろそろ本題に」と、結妹に提案する。
「そうだね。社さん呼んだの私だし、千佳も来る頃だから」
「生徒会長も呼んでるんですね」
「呼んでるってのはちょっと違うけど……まぁ同じこと。先に始めちゃおうか」
カメラを棚に戻し席に座った結妹。いよいよ本題へ入ろうとしたそのとき。
「千夜! 私の羊羹返して!」
ドアをノックすることなく部室にやって来たのは、生徒会長である結千佳だ。付き添う形で伊奈野さんもいる。視界の端にいた滝が羊羹を隠してるように見えたのは、きっと気のせいじゃないだろう。
それにしてもすごく怒っていらっしゃる。いつもの凛々しい口調と態度は見る影もない。
「おー、香西君たちも来てるんだ。こんにちは。お邪魔するね」
「どうしたんですか?」
「あぁなんか今日学校に持ってきてた羊羹が無くなってたらしくてね。だから千夜ちゃんのとこに」
「結さんが取ったんですか?」
「どうだろうね。でも、一回や二回じゃないから」
伊奈野さんは言いながら空いてる席に着いて、同じように加古や滝に挨拶済ませると、言い合っていた二人の仲裁に入る。しかし二人は聞く耳を持たない。
「こら二人とも後輩たちが見てるよ」
「今日で十三回目! 何回やれば気が済むわけ!」
「いちいち回数なんて覚えてないよーだ。またお母さんに言って買ってもらえばいいじゃん」
「あの羊羹だって前から頼んでた物なの! 楽しみに……楽しみにしてたのに!」
「もう食べちった。みんな美味しかった?」
結姉の猛抗議に悪びれる様子もなく、結妹は俺たちへと振り向く。
薄々そんな気はしてたが、やはり出された羊羹だったか。家から持ってきてすらない。こら滝こっそり食うな。
「あ、あの……すみません。知らないで食べてしまいました」
「美味しかったよ〜」
「ちょっと鈴華空気読め!」
「私はまだ食べてないですけど……」
「結さんあんた……」
擁護のしようがないな。そもそもする気なんてなかったけども。結姉が不憫でならない。
「……今日こそは許さない! あんたを殺して私も死ぬ!」
「落ち着いて千佳ちゃん。香西君手伝って!」
「は、はい!」
妹に掴みかかった姉を必死に抑える。この人は何も悪くないのに。
「ほら千夜ちゃんも謝って! 千佳ちゃん朝から楽しみにしてたんだから。大好物なんだよ!」
「すみませんでしたー。まだちょっと残ってるので返しまーす」
反省の色ゼロだ。俺たちが抑えてるのをいいことにちょっと煽ってるまである。
今俺が頑張ってるのは、生徒会長を人殺しにしないためであって、決して結妹のためではない。というかこの人と関わるのもうやめようかな。
「菫、香西君止めないで! あの愚妹は私の手で……私の手で!」
「気持ちはわかりますけど落ち着いてください!」
「羊羹取っただけで殺されちゃたまんないよ」
「千夜ちゃんも反省して? ね?」
「……はいはい帰りに同じもん買って帰えればいいんでしょ? わかったから早く座って」
「なっ……! なんで私が駄々こねてるみたいになってんの⁉︎」
「『羊羹で駄々こねる生徒会長』。いい記事が書けそうだね」
「ち、千夜ー!」
結姉が落ち着くまでそれから数分かかった。
ここにいるみんなの生徒会長に対する印象は、言うまでもなく変わったのでした。
「拓人君女の子の身体触り過ぎです」
席に戻ると、奏にそんなことを言われた。
……俺はどうすればよかったんでしょう。
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