箱の中身
昨日の夜、メッセージアプリのグループで、参加人数と大体の予定がみんなに伝えられていた。
斗季と横山の仕事の早さにも驚かされたが、一クラス四十人弱もいるというのに、どちらのクラスもほぼ全員参加らしい。
まぁ高校生という生き物は、イベントごとが大好きだしな。遊園地行く前の俺とか、超クールぶるけど最終的に一番はしゃいだりするし。帰りとか疲れて一番最初に寝る。
俺も大概凡俗だけど、昨日より男子たちのテンションが高めなのは、社が参加するということがみんなの耳に入ったからだろう。もー、男子ってわかりやすい!
その社はと言うと、昼休みになってすぐ、いつもと変わらない様子で教室を出て行った。今日も非常階段に行ったのだろう。
それを視界の端で見送って、昨日は忘れた水筒をカバンから取り出し、俺も弁当を広げる。
ふたを開けると、ふてぶてしく細められた目でこっちを睨む猫がいた。もちろん本物ではない。
「今日はキャラ弁の日か……」
妹による月一不定期開催企画、今月のキャラ弁。
料理の腕に自信がある妹は、母と代わり番こで、毎朝俺の弁当を作ってくれている。
俺と違って大変できた妹は、家族みんなに可愛がられながらすくすく成長して、今では我が家の副料理長を務めるまでになった。料理長は母だ。
姉、俺ときて末っ子の次女なので、甘えん坊な一面も持っているが、その顔を見せるのは家族の前だけだ。
基本的にはしっかりしていて、近所では評判のいい自慢の妹である。母と姉譲りのルックスも兼ね備えているし、女子校じゃなかったらモテてたに違いない。寄ってくる男は俺が薙ぎ払うがな。
どうやら中学では生徒会長をやっているらしいし、姉に負けず劣らずの高スペック。ほんと俺だけ血が繋がってないんじゃないの?
そんな俺のために作ってくれた今日のキャラ弁は、最近流行っている『ダル猫』というキャラクターの弁当で、このやる気のなさそうな目と、だらしない身体が人気の理由らしい。
妹はグッズを集めるくらいこのキャラクターが好きで、バイトの給料日になると、毎月何かを買わされる。メモ帳、スリッパ、人形などなど……。まぁ弁当作ってもらってるからいいんだけどね。
この前、これのどこがいいのかとなんとなく聞いてみたら、「お兄ちゃんに似てるから」と言われて、軽くショックを受けた。
控えめに言ってこのキャラは、見た目が可愛いわけじゃない。ぶさかわって言うのか? ブサイクだけど可愛い的な。いやちょっと何言ってるかわかんねぇな。
だけど、このキャラが俺に似てるってことはないだろう。なぜなら、俺はこのキャラみたいに人気がないからだ! 似てたら人気出るはずだもんな、うん。身をもって証明してしまったか!
「いただきま」
「ちょっと」
「す……。なんだ?」
米の上に描かれたダル猫を頭から食してやろうと箸を伸ばしたと同時、声をかけられ斜め上を向くと、菓子パンを片手に持った横山が机の横に立って、俺を見下していた。
「なんだ? じゃない。社さんに予定教えたの?」
「まだだけど」
「はぁ? なんで」
「なんでと言われましても……。そんな機会ありませんでしたし、来週の土曜ならまだ日がありますし……」
言いながらゆっくり弁当のふたを閉めていく。
「あのね、こういうのはすぐに教えるのが普通なの。もしかしたら予定があるかもしれないし、男子と違って女子には準備もあるの。私ととっきーが早めにみんなに伝えた意味がないでしょ」
「……ごめんなさいっ」
「わかればいいの。あと、その弁当写真撮らせて」
めっちゃ怒られた。怖かったよぉ……。あと地味に隠してたキャラ弁がバレた。もう学校来れない。
姿勢を低くして写真をパシャパシャ撮っている横山の横顔は、さっきまで俺に見せていた威圧的な表情ではなく、小動物を可愛がるような女の子らしい表情だった。人気どころか嫌われてるまであるぞこれ。
満足したのか、スマホをしまった横山は、半目で俺を睨むと、あごを二回廊下の方に振って行けと命令してくる。くっ、嫌じゃない自分がいる!
「横山先生……」
「きもっ。次それで呼んだら口聞かないから」
以後気をつけるんできもいとかあんまり言わないでね? 学校来れなくなっちゃうから!
横山に指示され、教室を出て、静かで暗い非常階段を上る。喧騒がどんどん小さくなると、まるでここが学校ではないような感覚に陥る。実際ここには、生徒も教師もあまり近づかないのだろう。汚いというほど酷くはないが、手入れは行き届いてないようだ。
姑っぽく、手すりについたホコリを指でかすめ取る。指が汚れたので手を洗わなければいけなくなった。余計なことはするもんじゃないな……。
二階から三階に続く階段を上りきり、一旦手洗い場で手を洗いながら社になんて声をかけるか考える。
昨日、いつでも来ていいと言われたとはいえ、さすがに二日連続行くのはどうだろう。
ああいうのは大体社交辞令だし、俺も入り浸ろうなんて思っていないが、スパンが短いと社も嫌がるに違いない。
まぁ昨日みたいに弁当を一緒に食べるわけじゃないし、さっさと帰ってしまえば迷惑にはならないか。
「端的に短く、だな」
手をハンカチで拭きながら、残りの階段を静かに上っていく。
残念ながら鼻歌は聞こえない。でも、社は昨日と同じ場所にちょこんと座っていた。
「うっす」
「香西君、うっす。今日も来たんだ」
「すまん邪魔して」
「ううん、邪魔だなんて思わないよ」
すぐに俺に気づいた社は、にこりと笑って返事をしてくれる。
「昨日言ってた、クラス会の予定が決まったから伝えに来た」
「そうなんだ。その前に座ったら?」
「いやこれ伝えたら帰るから」
少しだけ右に寄って、俺の座るスペースを空けてくれた社にそう言うと、社は残念そうに肩と視線を落として小さく呟く。
「……そっか。今日も一緒に食べれるって思ったのに……」
さっきの笑顔も消えて、弁当箱を開けようとしていた手もピタリと止まっている。その姿はまるで、しゅんとした小動物のよう。
グッと心が揺さぶられて、伝えようとしていたことがすっぽりと頭から抜け落ちた。そして、考えてもなかったことを口走ってしまう。
「あー……なら、一緒に食ってもいいか?」
「えっ……!」
すると社は、顔を上げてパッと明るい表情になる。
わかりやすいやつだな……。普段は凛としていて、同い年とは思えないくらい落ち着いているのに、こんな子供っぽい一面があるとか反則だろ。遊園地に行く前からテンション高いやつだなこの子。
社を直視できず視線を逸らして頬をかく。どうやら社も今のは恥ずかしかったみたいで、ゆっくり顔を下げると、両手で顔を隠した。
「……やっぱり一人で食うか?」
このまま一緒に食っても気まずいかなと思い提案したが、社は顔を隠したまま首を小さく横に振る。
「じゃあ弁当取りに行くから待っててくれ」
同じように小さく首を縦に振ったのを確認して、来た道を早足に戻る。
机の上に置いてあった弁当と水筒を持って、今度はペースを落としてまた非常階段へ向かう。
時間があれば社は昨日みたいに冷静になっているはずだ。てかなっててください。
そんな願望を胸に抱きながら歩き、階段に差し掛かったところで俺は足を止めた。
この手に持った弁当の中身……キャラ弁だ。
正直なところ、あまり見られたくない。高校生にもなってキャラ弁は恥ずかしい。それを社に見られるのは、もっと恥ずかしい。
「どうしよう……」
しかし俺に行かないなんて選択肢はなく、俺はまた社がいる場所へ戻ってきた。
「あ、ありがとう香西君。私に付き合ってくれて」
「いや……それはいいんだけど」
やはり社は、通常運転になっている。さすがだ。
問題は、妹特製のこのキャラ弁である。
隣で弁当のふたを開けた社は、ちらりと俺の方を確認して、食べ始めるのを待ってくれている。
はぁ……、諦めよう。横山にバレた時点で隠す必要もないしな。
そして俺は、社の視線を感じながら、弁当のふたを開けたのだった。
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