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文化祭から一夜明けた。土曜開催だったので、今日は日曜日。明日月曜日は代休となっている。
「今何時だ……」
充電中のスマホを手に取る。ぼんやりした視界の先には、奏でとのツーショット写真。その上に表示された時間を見て大きく息を漏らす。
手から滑り落ちるスマホを気にすることなく、重いまぶたを閉じてみるが……寝ることはできない。
疲れはある。ここ最近で一番働いたのだ。軽い筋肉痛だってあるし。
これだけ寝れる条件が揃ってると言うのに、昨日の夜から思うように寝れてない。
『私、先輩のこと好きですから』
考えないように、意識しないように、そうすればするほど夢前川の顔が、言葉が、あの感触が蘇ってくる。
「夢じゃないよな……」
もう何度目だろうか。ベットの上でこれを言うのは。
まぁでも冷静に考えてみれば夢の可能性だって捨てきれない。
だってあの夢前川だぞ? 顔を見れば眉間にシワを寄せられ、話しかければぶっきらぼうに扱われ、仕事をすれば先輩の俺よりも出来がいい。……最後のは俺が悪いな。
兎にも角にも、そんな夢前川が俺のことを好きなんてあり得るのか?
数々のラブコメを読破してきた俺が夢前川に属性をつけるなら、あいつは絶対にツンデレになるだろう。
ツンデレの真骨頂は、ツンの後のデレにある。
夢前川が今まで一度でも俺にデレたことがあるだろうか。答えは否、断じて否だ! あいつから好意なんて微塵も感じなかった。
そもそも最近の俺はおかしい。
つい最近まで女子と手すら繋いだことのない俺に奏みたいな彼女ができただけでも奇跡に近しいのに、氷上から告白まがいなことをされ、三日月さんから婚約を迫られ、続いて夢前川からなんて……あり得るわけがない。
なんだモテ期か? モテ期という名の乱数調整か? 雑だぞ。もっと小分けにしろ。
「夢だな。よし夢だ」
いたいけな男子高校生を弄ぶ悪夢だ。
そう結論つけなければ、整理がつかない。
今は休もう。後のことは目を覚ました俺に任せよう。今日は夕方からバイトあるし。
バイトか……。シフトどうだったっけな……。
※※※
「お疲れ様です」
バイト前、いつもお世話になっている休憩スペースに先客がいた。
ペコリと頭を下げた桃茶毛の女の子。切長の目に日本人とは思えないほどの顔立ち。身長も女子にしては高い方で、出てるところは出て、引っ込むところは引っ込んで、そんな理想そのもののスタイルの持ち主は、桜井女子学園高等部一年、バイトの後輩、夢前川ソフィアだ。
「お、おう。お疲れ」
あんな夢を見た後だからかどうも緊張する。まるで夢前川がバイトに受かった頃に戻ったみたいだ。
「……座ってていいぞ」
「あ、は、はい、そう、ですね」
夢前川にしては珍しく落ち着きがない。わざわざ立ってまで挨拶するなんてちょいと時代錯誤が過ぎるんじゃーございやせん?
俺も離れた長椅子に腰掛け、特に用もないのにスマホをいじる。
ここで明るく昨日見た夢の話なんてできればいいが、普通に考えて内容がキモい。
『昨日夢前川が夢に出てきて俺にキスしたんだよな』
『何ですかそれおかしいですね』
『だよな。はっはっは』
『うふふふふ』
絶対にこんな優しい世界にはならない。
罵倒され嫌悪され言いふらされ俺の人生が終わる未来しか見えない。
つまりここは沈黙が正解。時間よ過ぎろと念じるのが最善だ。……まぁこう言うときって時間過ぎるのマジで遅いからな……。
「あの先輩……」
スマホと睨めっこすること数分。俺的にはもう三十分くらいしてたつもりだったけど……まだ数分しかたってなかった。
「……どうした」
席を離れ、ちょっと近づいていた夢前川に目を向ける。
ベージュのパーカーに、足のラインが綺麗に見える横に線の入った黒のジャージ。夢前川が休日バイトに来るときは、決まってこの格好だ。
「昨日の文化祭……お疲れ様でした」
「あぁ……そっちもお疲れ」
「……隣いいですか?」
「お、おう」
少しずれて、スペースをあける。
ふわりと香るシャンプーの匂い。バイト前にシャワーを浴びてきたのかもしれない。
「どうして来てくれないんですか。お化け屋敷」
ちょっとだけ俯きがちな夢前川が、責めるような口調で言った。いや、実際責めてるのだろう。
「すまん……思った以上に忙しくてな」
文化祭前日に行く的な約束をしてたのは覚えている。
ずっと頭の片隅にはあったのだが……慣れない仕事と友人のことで余裕はなかった。
「忘れてたとか、嫌だったわけじゃない」
無駄な言い訳をしつつ夢前川の顔色を伺う。こいつほど、どこに地雷が埋まってるかわからない奴はいない。
「ほんとですか?」
「あ、当たり前だ。嘘はつかない」
言い訳はするがな。
「……ならいいです。先輩の無様に驚く顔と慌てふためく滑稽な姿が見られなくて残念ですが」
「一言二言多くない?」
「多くないです。いつも通りです」
「いつも多いんだよな……」
「私は先輩のお店行きましたよ。ステージも見ました」
「マジか」
「まぁお店にはいなかったですし、キーボードもギターもそこそこだったんじゃないですか」
「左様ですか」
手厳しい評価だ。が、楽しそうに笑ってるので良しとしよう。
夢前川も平常運転だし、あれは夢で確定だな。固くなってた俺がバカみたいだ。
「おろ? 香西君に夢前川ちゃんじゃん。どったのこんなところで」
「お疲れ様です立野さん」
「お疲れ様です」
文化祭の話で盛り上がっていると、ラッパーみたいな格好をした鮮魚部門の大学生バイト立野さんが話しかけてきた。
学生のバイトは、基本的に午後からなのでシフトが被ることはよくある。
全部門で高校生は俺と夢前川だけと言うこともあり、立野さんに限らず他部門の大学生も気さくに話しかけて来てくれる。
その証拠に立野さんの後ろから四人のお姉さん方が、申し訳なさそうにして休憩スペースに入ってきた。
「お疲れ香西君と夢前川ちゃん」
「ごめんねこのバカが邪魔しちゃって」
「空気読め立野」
「二人を見てると癒されるー! 数少ないバイトの楽しみだよ」
確か名前は……高鳥さん、土山さん、大久保さん、古市さんだったはず。
全員部門は違うが、バックヤードでおしゃべりしてるのをよく見かける。
「お疲れ様です」
夢前川と二人で頭を下げる。俺はギリ名前と顔が一致するくらいだが、夢前川はそうでもないようだ。
ちょいちょいと高鳥さんに手招きされると、四人の輪の中に入って行く。
取り残された俺は、立野さんの相手をしなければならない……。
「香西君の彼女ってもしかして夢前川ちゃん?」
「は……?」
肩を組まれたのもちょっと不快なのに、追い討ちのごとく心外なことを口にするなこの人。夢前川に言ったらグーパン案件ですよ? 彼女いるなんて教えなきゃよかった。
「そんなわけないじゃないですか」
ため息混じりに返す。
「ありゃマジ? 二人いい雰囲気だったよ。てっきり文化祭で何かあったのかと」
「何もないですよ」
一瞬、あの夢が頭をよぎる。しかし夢だからな。俺と夢前川の間には、何もない。
無駄な詮索をされると俺にとっても、夢前川にとってもよくない。
俺にはもう、もったいないくらいの彼女がいるのだ。他の子なんて眼中にすらない。
「でもゆ──」
「それ以上は夢前川が怒りますよ」
しつこく聞いてきそうだったので、少し失礼だと思いながら言葉をさえぎる。写真一枚くらい見せてもいいんだが……奏の許可なしにそれはできない。
まぁ奏は周りに見せまくってるらしいけど。
「そ、そうか? 香西君ってそんな感じだっけ? やっぱ彼女できちゃうと人が変わる感じ? 写真見せてよ」
「嫌ですよ」
「はぁー俺も彼女ほし……しょうか──」
「無理です」
「お、おう……」
決めた。この人を先輩だと思うのはやめよう。
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