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『──あなたはこんな話を知っていますか?』


 演奏が終わってすぐ、藍先輩が私に一枚の紙切れをくれた。その紙には、そんな出だしでこう書かれていた。


『心踊った祭典の夜。星輝く空の下、僅かな時間灯る明かりに、人と人とを結ぶ力があることを』


 薄く小さい文字だけど、どこか心惹かれる。


「これ何ですか……?」

「さぁ? 私も先生にもらっただけだから。じゃあ私、斗季君のところに行かないと」

「は、はい。藍先輩、おめでとうございます」

「うん。奏ちゃん……ありがとね。それと……後輩君のことよろしく」

「はい!」


 小さく、いつもより明るい背中に、初めて本当の藍先輩が見えた気がした。


「拓人君のことよろしく……?」


 流れで返事しちゃったけど、どう言う意味だったんだろう? 紙の続きが気になってあまり深く考えなかったよ。


『人を映し天に昇る炎は、想いの願いを星に届けると言われています』


 続きに目を通す。不思議な言い回し。百人一首を読んでるみたい。


『見つめ合えば想いは伝わり、手を繋げば想いは強く結ばれ、抱きしめ合えば想いはより強く結ばれ、そして、口づけをすれば────』


「かなかな〜教室戻ろ〜疲れた〜」

「っ! は、はい! 戻りましょう」


 何の根拠もないけれど、何の信憑性もないけれど、言葉にしなくても自分の想いが伝わるなら、こんなに素敵なことはない。


「あれ……拓人君は?」

「あーほんとだいない〜。先に戻ったのかも〜」


 私は、拓人君が大好き。

 さりげない優しさも、少し不器用なところも、友達思いなところも、笑顔も、寝顔も、困ってる顔も、真剣な顔も。

 遠くから見てただけじゃわからなかった彼の魅力は、好きになればなるほど溢れ出してくる。

 今回の文化祭でも彼の知らない一面を知ることができた。だから、もっと好きになった。

 この想いを少しでも伝えたい。言葉にするだけじゃ物足りない。

 拓人君と出会えてなかったら、今私は、きっとここにはいないから。


「お疲れー!」

「めっちゃよかったよ! 奏と鈴華の演奏!」


 教室には、オリジナルメイド服に身を包んだ木葉と加古さんがいて、私たちに抱きついてくる。


「あれビデオに撮ってて、今裏でみんな見てるよ」

「みんな楽しみにしてたからね、奏のベース」

「私のドラムは〜?」

「はいはい鈴華のドラムもね」

「……どした? 奏」

「あ、いや……拓人君どこかなって」

「うーん。まだ戻ってきてないみたいだね。香西のことだからふらっとその内戻ってくるでしょ。それよりみんなに顔見せてあげてよ」

「うん。そうだね」


 木葉の言った通り拓人君はいつのまにかふらっと戻ってきて、そのまま人しれず片付けを手伝っていた。

 私は私で最後の仕事が残っていたから、拓人君に声はかけれなかった。

 拓人君はこの紙のこと知ってるのかな……。もし知ってたら、拓人君は私にどこまでしてくれるんだろう。

 手も繋ぎたい。ぎゅっと抱きしめてほしい。キスだって……したい。拓人君はそう思ってくれるのかな……?

 三野谷君と藍先輩に感化されて、拓人君欲が高まっちゃってる。

 それは私だけじゃない。木葉も松江君にアタックすると意気込んでいた。

 きっと文化祭には、不思議な力があるんだと思う。去年、拓人君と出会えたみたいに。今年、みんなと楽しめたみたいに。


「廃材はこれで最後ですか?」

「はい」

「協力ありがとうございました。そろそろ点火するのでお楽しみに」


 心踊った祭典の夜……僅かな時間灯る明かりに……。

 あ、それって、キャンプファイアのこと? つまり炎の前で手を繋いだり、ハグしたり、キスしなきゃダメってこと……?

 あんなことやこんなことを妄想していると、周りには男女のペアが続々と集まってきていた。


「私も拓人君と」


 もう仕事は終わった。残りの時間は拓人君と。

 そう心に決めたら、無意識に彼の姿を目で探している。そして自分でも不思議に思うくらい拓人君を見つけるのが早くなった。

 みんなから離れて、輪の中には入ろうとしない。それはすごく拓人君らしくて、まだ私の知らない彼がそこにいる気がした。

 こっそり後ろから近づいてみる。どうやらさっきまで誰かと一緒にいたらしい。


「拓人君? どうしたの?」


 彼の顔を覗き込む。驚く拓人君もなんて愛おしいんだろう。

 いつもみたいに肩を寄せると「臭くないか?」と尋ねられる。少し歪んだ表情も素敵だ。


「そんなことないよ。……拓人君の匂いがする」


 そう言うと、拓人君の顔が赤らんだ。恥ずかしがる姿も大好き。


「文化祭、終わっちゃったね」

「……だな。楽しかったか?」


 たまらなく、たまらなく好きが溢れる。


「うん。今までで一番」


 君がいたから楽しめた。


「準備中も本番もバンド練習も」


 君がいたからクラスに馴染めた。みんなと一つのものを作ることができた。新しいことにも挑戦できた。


「三野谷君と藍先輩のことも……安心した」


 君がいたから見届けることができた。


「滝が来年もしたいって言ってたぞ」


 もう私の中心には君がいる。君がいてくれるならきっと私は、何も怖くない。


「私も同じメンバーでやりたい」


 だからずっと一緒にいてほしい。

 君はどう思ってる? 同じ気持ちかな。そうだと嬉しいな。

 ……やっと慣れてきたのに、あんなこと知ったら緊張しちゃうよ。拓人君は知ってるのかな?

 私よりも大きくて、ずっと暖かい手を握りしめる。


『それでは火をつけますので、白線を跨がないようお願いします』


 グラウンドの真ん中で大きな炎が上がる。歓声と喝采。

 それとは裏腹に、私の右手が優しく握り返される。このまま抱きしめてくれても……なんて贅沢かな?

 と、続けて小気味のいい音楽が流れる。フォークダンスの定番曲『オクラホマ・ミクサー』だ。


「私と踊ってくれますか?」

「まぁ約束……あ、いや、今のなし。よろしくお願いします」

「ふふ、よろしい。じゃあまずは……!」

「っ!」


 拓人君と向かいあった瞬間だった。背中に軽い衝撃があって、そのまま拓人君の胸に収まった。今の私に後ろを振り向く余裕なんてない。


「あいつら……。……大丈夫か奏」


 拓人君が私を引き剥がそうとする。肩に手を置いてそっと。

 これはきっと偶然なんかじゃない。言葉通り背中を押されたのだ。

 理想の形じゃないけれど、不本意な部分もあるけれど、今が抱きしめてもらえるチャンスかも。


「奏……?」

「……少しだけ、このままでいさせて……ください」


 勇気を出してそう口にする。耳が、目が、鼻が、燃えるてるみたいに熱い。

 もし拓人君があのことを知ってるなら、私がどうしてほしいか伝わっている。私の想いが伝わっている。


「…………」


 ドクドクと鳴るこの音は、私のだろうか。それとも拓人君のだろうか。


「ぁ…………」


 繋いだ手が解かれる。行き場を失った手は、自然に彼の腰へ回って、もう近づけないはずの距離がさらに縮まる。

 深く、深く彼の胸に顔を埋めて私は思う。ずっと一緒にいられますように、と。




 ※※※


『──永遠に結ばれる』


 それは、一瞬の出来事だった。

 奏との踊りを終え休憩をとりに校舎へ入ってすぐ、夢前川と鉢合わせた。それに気づいたのは、()()が終わってからだ。


「私、先輩のこと好きですから。……ここまでしたら意識してくれますよね? それじゃあ」


 脇を通って夢前川が立ち去る。

 声を出して呼び止めることも、その背中を目で追うことも出来なかった。

 まだ夢前川の感触が残ってる部分に触れてみる。


 柔らかくて湿った唇に。

読んでいただきありがとうございます!

文化祭編はこれにて終了です。お付き合いいただきありがとうございました!


ブクマ、評価感謝です!

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