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文化祭の全プログラムが終わり、燃やしてもいい廃材をぞろぞろとグラウンドに運び始めるクラスメイトたち。
残るは後夜祭のみとなった。
斗季のライブパフォーマンスは、後世に語り継がれるレベルの伝説となり、今もその話題で持ちきりだ。
当の本人たちは恥ずかしいからと、後夜祭に参加することなく帰ってしまい同学年の生徒らはやや不満を募らせている。連休明けは大変なことになりそうだな……。
「ね〜たくたくあれ見て〜」
疲れ果てぼーっと突っ立っていた俺に、滝が廊下を指さしながら耳打ちしてくる。
ライブで汗をかいてるはずなのにどうしてこんなに甘い匂いするのかしらん? 逆に俺臭くない? 大丈夫?
半歩ほど距離を置き指さされた方を見やると、そこには横山と松江の姿があった。
うるさいので何話してるのか聞き取れないが、横山が松江を何かに誘ってるようだ。
いじめなら即座に止めに入るところだが……どうやらそうではないらしい。
「あの二人ってあんな仲良かったのか」
「私とたくたくくらい仲良いよ〜」
ならあまり良くないな。止めに入った方がいいか?
「でももうすぐたくたくとかなかなみたいになるかも〜」
「ふーん。へー……。ってはぁ⁉︎ マジかよ!」
「たくたくそんな大きい声出るんだ〜。普段からそうした方がいいよ〜」
空いた口が塞がらないとはまさにこのこと。
ちらりと話しに聞いていた横山の好きな人……。興味無さすぎて頭の中の消しゴムに消されかけてたところだったぜ。
まさか松江みたいなやつがタイプだったとは……。もっと派手なやつの方が好みっぽいのに。
「い、いつから?」
「学年変わってすぐだったかな? まっつんが部活の取材に来たのがきっかけって言ってたよ〜」
松江の取材か。俺のとこにきてたら俺も恋してたかもな。まぁ部活に入ってないんだが。
よくよく周りを見てみれば、横山や松江だけではなく男女のペアが多いように感じる。
「みんなときときに感化されたみたいだね〜」
気持ちは、わからないでもない。
あの場所の、あの瞬間のあいつは誰よりもかっこよかった。
文化祭というちょっと特別な空間であんなものを見せられたら、普段できないこともできてしまいそうな気分になる。
「滝はいいのか?」
「私はそういうのに縁がないから〜。だからそれ以外は、頑張るって決めてるの〜」
シュッと構えたドラムスティック。それがやけに様になっていて、自分でも驚くことを口にしていた。
「来年も一緒にやるか、バンド」
「っ! やるやる! 絶対約束だよ!」
「お、おぅ……」
まさかこんな食いついてくるとは……。嬉しそうな顔されると今さら冗談だなんて言えない。どうか忘れてますように。
「ちょっと鈴華ー手伝ってー」
「わかった〜。じゃ、たくたくも頑張ってね〜」
「何をだよ……」
謎の捨て台詞を置いて加古の元へ小走りに去っていく。
さて、どうしようかな。何もやってないと『働きなよー』なんて女子に文句言われるかもしれないし。
「いやー我が後輩も青春してますな」
「……ぬるっと登場しないでくださいよ」
教室を出てすぐにカメラを構えた結妹に捕まった。意味もなく一枚写真を撮られる。
後輩……あぁ松江か。あなた一応先輩でしたね。
「疲れてるね〜。まだまだ夜はこれからだよ」
「結さんはもっと慎みを持った方がいいと思いますよ。お姉さんを見習ってみては?」
「嫌だよ。あんなつまんないの。それよりどこ行こうとしてたの?」
「えーと……ちょっとその辺をぶらっと」
「サボりでしょ。まぁ私も同じだし仲間ができて嬉しいよ」
一緒にされたら悪いことしてる気分になるな……。俺のはサボりじゃない。足手まといにならないよう気を遣ってるのだ。
と、心中で言い訳しつつ人の多い廊下を結妹と並んで歩く。目的地はなく、二人揃って同学年の教室には近づきたくないので、自然と一年生の棟へ足は向いていた。
文化祭だし他学年がいても気にしないだろうと踏んでいたのだが、妙に視線を感じる。
見回り係の腕章のせいかな。これつけながらサボってるとほんとに悪いことしてるみたいだな……。
「それのせいじゃないよ」
腕章を外した俺に、結妹はカメラの画面を見せながら呟く。
そこに写っていたのは、ギターを演奏してる俺だ。
そういや、斗季のサプライズ伊奈野さんにリークしたのこの人だったな。
まぁそのおかげで伊奈野さんが協力してくれたわけだし、今回は目をつむるか。
「……それとこの状況になんの関係が?」
自分の写真を見せられたところで謎は解けない。恥ずかしいから早く消してほしい。そんな気持ちを込めて目を見やるも、結妹は何か含みのある笑みを浮かべる。
「香西君は運が良いのか悪いのか。色々重なったせいで今や君は、超有名人だよ」
「えー……何でですか?」
俺が有名人? 文化祭でギター弾いただけで?
「しょうがない、私が説明してあげる。まず一つ目は、社さんの恋人騒動だね。このとき社さんに恋人ができるって話題と一緒に、相手は誰だってなったでしょ? それが君だった」
「……はい」
「次に五円玉のおまじない。これは完全に私のせいだけど、これで香西君の名前は他学年にも知れ渡った。そして今回。そもそも有名人だった三野谷君、社さんの二人とバンドを組み、なおかつ三野谷君の告白後、見事に代役でギター演奏を務めあげた人物……。もう言わなくてもわかるよね?」
どうやら俺は、知らないうちに目立ってしまってたらしい。
おまけに見せられたSNSのツイートには、俺関連のものが沢山あった。
斗季のサプライズ告白の影に隠れているものの、十分すぎるほど目立っている。
「最悪だ……」
「やっぱり君は面白い」
「笑い事じゃないですよ! 俺の平穏な学校生活が……!」
「いやいや。社さんと付き合ってる時点で平穏は無理でしょ」
ケラケラ笑われながら、とりあえず外に出た。
居心地の悪さからは解放されたけど、人の多さは校内と比べ物にならないくらい多い。
グラウンドのど真ん中。積み上げられた丸太の周りは男女のペアで埋め尽くされている。
俺たちと同じように、遠巻きで様子を伺っているサクジョの生徒は、今から何が始まるのか気になってるようだ。
……人が多いのはサクジョの生徒もいるからか。
「さて、私はジンクスの効果を調査しに行きますか。じゃあ頑張ってね〜」
また頑張ってか……。俺はもう燃えて尽きてるんだが?
「拓人君? どうしたの?」
闇に消えていった結妹を見失ったと同時、横から顔を覗き込んできたのは、この世に舞い降りた女神……ではなく、廃材運搬の指揮をとっていた奏だ。
「っ! あ、いや、何も……」
曖昧な返事に少し首を傾げながらも、これ以上の追及はなく、ぴたりと隣に並び立つ奏。誰よりも働いてる彼女にサボってるなんて言えないよな……。
ふわりと香る石鹸の匂いに、さっき以上に自分の匂いが心配になる。
「俺……臭くないか?」
「そんなことないよ」
そう言って首元に寄った奏は、すんと鼻を鳴らし「拓人君の匂いがする」と照れながら微笑んだ。
まだ暗くて助かった。今絶対顔赤い。
「文化祭、終わっちゃったね」
「……だな。楽しかったか?」
「うん。今までで一番。準備中も本番もバンド練習も。三野谷君と藍先輩のことも……安心した」
「滝が来年もしたいって言ってたぞ」
「私も。同じメンバーでやりたい」
と、俺の左手に奏の右手が絡まってくる。
相変わらず柔らかくて、今日はいつもより熱を帯びてる気がした。
『それでは火をつけますので、白線を跨がないようお願いします』
あぁそうか。奏にも伝わってたようだ。俺たちの考えたジンクスが。
「だな」
だから俺は、奏の手を優しく握り返す。
これからも奏と一緒にいられますように。そう願いながら。
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