※115
真っ暗になった会場の中、ライトが照らすのは俺と客席の藍先輩だけ。
こんな演出を準備した覚えはない。完全なサプライズだったはずだ。
わかってる。拓人がやってくれたのだ。
あいつは元々何でもできるやつだった。勉強も運動も誰よりもできた。だから、こんなこともやろうと思えばいつでもできる。
あいつがいれば心強い。でもそれと同じくらい怖くもある。
俺は、あいつの友人でいていいのだろうか、と。
拓人は俺のことを過大評価してるみたいだけど、拓人に比べたら俺なんて……。
いや、今はやめよう。まずは目の前のことからだ。
「戸堀藍さん!」
「はいっ⁉︎」
マイク越しの声。藍先輩も緊張してるのが伝わってくる。
「僕は今日、この場を借りてあなたに伝えたいことがあります」
「……はい」
藍先輩との出会いは、今でも鮮明に覚えている。
部活見学で怪我した俺を、拓人が付き添いで保健室に連れて行ってくれた日、先輩に出会った。
その日は手当してくれた先輩と少し話すだけだったけど、そこで先輩が保健室登校してることを知った。生まれつきの低血圧だそうだ。
特別な感情はなかったと思う。でも俺は、色んな理由をつけてほぼ毎日先輩に会いに行った。来なくていいって拒まれても、会いに行った。俺はそれが本心じゃないことに気づいたからだ。
拓人も気づいてただろう。しかし拓人は、人の領域に踏み込むことはしない。あんなことがあれば怖くなるのも当たり前だ。
なら誰が彼女の本心を理解してあげるのか。誰が彼女の手を引いてあげるのか。誰が彼女の笑顔を作ってあげるのか。
きっと最初は、いつもと変わらないお節介だった。頼まれてもないのに彼女に何かしてあげたいと、そう思ったのだ。
けれど今は違う。今日、一緒に文化祭を回ってその気持ちはさらに強くなった。
だから藍先輩、俺も我慢するのはもうやめますね。
「ずっと前からあなたのことが好きでした。デートは遅くてもいいです。疲れたら一緒に休んでお話ししましょう。僕と付き合ってください」
人がいると思えないほどの静けさ。
ここにいる全員の視線は、自然とマイクを握りしめる藍先輩に注がれる。
「……私は、めんどくさいよ? ずっとずっとずぅーっと」
スポットライトを浴びている藍先輩の声は震えていて、そこにいつもの余裕はない。
いや違うな。これも本当の藍先輩だ。
「君と過ごす時間は楽しい。幸せ。君と……君ともっと一緒に居たい。でも、でもね、私とじゃなかったら君はもっと幸せになれると思うんだ」
こっちの藍先輩も嘘じゃない。
今までそうやって来たんですよね? 自分のことより他の誰かを優先して来たんですよね?
なら俺は、あなたの幸せを最優先にしたい。
「だから、だから……!」
「藍先輩。僕たちはまだ子供です。大人になるのは、もうちょっと先でもいいんじゃないですか?」
藍先輩に届くよう、自分に言い聞かせるよう、友人に響くように喉を震わせる。
俺たちは背伸びをしすぎた。考えすぎた。無駄だとは思わない。だけど、まだ早かった。
今はまだ、自分のことだけを考えてていいんだ。
「わ……わた、私も、斗季君が好き! 大好きです! 私と幸せになってください!」
湧き上がる歓声。それに合わせて消えていた灯りと止まってた演奏が再開する。
演奏の方は事前に決めていたことだ。成功すればこうしようと……そう言えば、失敗したときのこと考えてなかったな。まぁ成功したからいいか。
後ろを見やれば涙ぐむ社さんと笑顔の滝さんがお互いの顔を見合っていた。二人にはちゃんと後でお礼を言っておこう。
拓人は俺の顔を見て頷くとすぐ鍵盤へ視線を落とす。あいつの中では、もう決まってたことだったんだな。
じゃあ最後に俺のわがままに付き合ってくれよ。何かあったら任せろって言ったよな?
「拓人! 頼んだ!」
「はっ⁉︎」
俺はギターとマイクを拓人に押しつけて舞台場から飛び降りる。そして先輩のいる場所に駆け出す。
「藍先輩!」
「斗季君!」
人目も憚らずお互いに手を広げてギュッと抱きしめ合う。周りなんて今はどうでもいい。
「ありがとうございます。僕の告白受けてくれて」
「……うん。嬉しい」
「先輩どうしたんですか?」
「恥ずかしいから顔見ないで」
「何でですか? 可愛いですよ」
「かっ⁉︎ もう……やめてよね!」
「慣れてくださいよ。これから何回も言うんですから」
「……斗季君性格変わった?」
「元からです。僕も我慢してたんですよ」
ふと顔を上げた先輩。頬を赤らめ恥ずかしそうだ。
が、わずかに眉をひそめると、じーっと見つめてくる。
「……あのさ斗季君。もしかしてだけど、私と後輩君の会話聞いてた?」
あ……やべ。
「何も答えないってことは聞いてたんだね?」
「…………すみませんでした」
「君たちはほんっとに私のこと裏切ってくれるよね」
やれやれといった様子で小さく笑う。
怒っては……ない? 拓人がいたら足踏まれてそうだな。
「でも、君たちがいなかったら私は、こんな風になってなかったよ。ずっと我慢して、ずっと一人でいて、ずっと殻に閉じこもってた。君たちは……二人とも私にとっての王子様だね」
「拓人が聞いたら笑われますよ」
「あの子恥ずかしがり屋だもんね。だから斗季君にしか言わない。それにあの子には……もう違うお姫様がいるから」
俺知ってるんです。藍先輩が拓人のこと好きだったってこと。
あいつは、自分じゃ気づかないすごい魅力を持っている。俺も女だったら拓人に恋してると思う。
あいつを知れば知るほど、関われば関わるほど、良さが伝わってくる。
だから……自分が嫌いになるんだ。きっと藍先輩もそれを味わった。
そして拓人は、自分自身のことが嫌いで嫌いで仕方ない。
「社さんなら、拓人を任せても大丈夫ですよ」
「うん。奏ちゃんも後輩君と変わらないくらい素敵な子だから」
きっと俺や藍先輩じゃ拓人に伝えても響かない。
どれだけお前がいい奴だって言葉にしても、あの失敗がお前の邪魔をするから。ちょっと性格が悪さをしてるかもだけど……。
拓人。俺と藍先輩はここまでだ。あとは、社さんに任せることにするよ。これからは友人として見守ることにする。
俺は、この可愛い先輩を幸せにすることだけを考えるから。
だからお前は、社さんとあの失敗を乗り越えてくれ。
「あ、斗季君も……負けてないよ?」
「なんか後付けっぽいですね」
「そ、そんなことないよっ!」
「傷つきました。慰めとしてもう一度ハグお願いします」
「もう……仕方ないなぁ」
拓人たちの演奏が終わり、照明の灯が俺たちだけに照らされてるとも知らず、俺と藍先輩はもう一度ハグをした。
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