表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
114/142

113

投稿遅くてごめんなさい。

「拓人おせーぞ」

「すまん……いろいろありすぎてな」

「三野谷君ごめんね。私も遅れちゃって」

「社さんはいいんですよ。全部拓人が悪いので」

「おい」


 バンドとして舞台に上がる生徒の待合室となってるのは、第二音楽室だ。先ほどまで一緒にいた三日月さんと別れて、奏と二人で集合時間の五分前にここに着いた。今ごろ三日月さんは体育館の席に座ってることだろう。


「というか遅れてないんだが?」

「拓人にしては遅いってことだよ。それより、拓人が美女二人を引き連れて学校中を徘徊してるとか、正々堂々二股かけてるとか、すげー可愛い妹がいるとか、仲良くなればサクジョの子のおこぼれがもらえるとか、妹を名乗る美少女が兄のことを聞き回ってるとかいろいろ噂が広まってたぞ」

「はぁ⁉︎ それ本当か⁉︎」

「本当だ。藍先輩が幻滅してた」


 俺の知らないところでそんなことが……。戸堀先輩の評価が勝手に下がってるし、緋奈はお兄ちゃんの学校で何をやってるの?


「かなかなこっちきて〜」

「は、はーい今行きます。拓人君は……二股なんてしてない、よね?」

「当たり前だ! 好きなのは奏だけだ」


 一体誰が根も葉もない……ことはないな。三日月さんも奏も美女なのは違いない。そんな二人と文化祭を回ったのは事実だ。

 しかし二股ではない。完全な被害妄想。これは犯人を探す必要があるな。


「かなかな早くぅ〜」

「奏、滝が呼んでるぞ」

「う、うん。えーと……私も、だからね」


 薄っすら頬を染めた奏が小走りに去っていく。


「見せつけてくれるなー、これから好きな人に告白しようとしてるのに」

「何がだよ」

「拓人ってたまに抜けてるとこあるよな。まぁいいや、リハとか出来ないから軽くキーボード触っといた方がいいぞ。告白の前に情けない演奏とかしたくないだろ?」

「お、おう……?」


 出番まではもう少し時間がある。

 斗季の言う通り、演奏がむちゃくちゃだとせっかくの告白も格好がつかない。

 友人二人の思い出を俺が台無しにするわけにはいかないしな。


「おや、たくたく君」

「伊奈野さんその呼び方……というか、気づいてましたよね?」

「バレてたかー」


 部屋の隅に設置されたキーボードを触っていると、バインダーを片手に持った伊奈野さんに遭遇した。

 偶然を装ってたが、奏に出欠確認をしてるはずなので俺がここにいたのは知ってたはずだ。


「いいんですか、サボって」

「人聞きの悪いこと言わないでよ。生徒の体調を確認するのも立派な仕事だよ? たくたく君は確認する必要もないくらい元気……っと」


 わざとらしくバインダーに挟んだ紙へメモを取る伊奈野さん。そのままどこか行くわけでもなく、壁に背中を預けると窓の外を見やる。

 彼女のことを気にしてる余裕もないので、俺は自分の練習に戻った。

 俺たちみたいな即席バンドに与えられる時間は、一曲分だけ。

 吹奏楽部に合唱部、軽音部やサクジョの生徒らもステージを使えるので朝からスケジュールはぱんぱんだったらしい。

 これまで目立ったトラブルはなくスケジュールも巻き気味。おかげで伊奈野さんものんびり出来るってわけだ。


「たくたく君って結構器用なんだね」


 演奏する曲を通しで弾き終えると、伊奈野さんからの小さな拍手がもらえた。イヤホンしてたから聞こえてないはずなんだけど……。


「あ、何を褒められてるのかわからないって顔してる」

「……キーボードくらい誰だって弾けますよ」

「全く君は……。私が褒めたのは、君は何でも器用にこなすんだねってことだよ」

「そんなことないと思いますけど」

「もう、それでいいよ。褒めがいがないなぁー」

「いたっ」


 バインダーで軽く叩かれた。

 乾いた音は楽器の音で消え、誰も彼も自分のことに集中していて、俺たちのことを気に留める人はいない。

 斗季は真剣に、奏と滝は時折雑談を交えながら最後の確認をし、他の生徒たちも自分の出番までの時間を各々違った気持ちで待っている。

 俺はと言うと、斗季の告白が迫ってると言うのに、自分でも驚くくらい緊張してない。

 演奏がどうなるかより、二人の行く末がどうなるのかが楽しみだ。奏と滝には申し訳ないけど。


「聞いたよ? サクジョの生徒会長さんと文化祭デートしたんだって?」

「デ、デートじゃないですよ。奏もいました」

「それはそれですごい絵だね。たくたく君はハーレムでも築く気なのかな?」

「ハーレムって……」


 久しぶりに聞いたな。最近のトレンドは純愛なんだぜ?


「俺にそんな甲斐性ありませんよ」

「そうかな? 君の周りには沢山女の子がいるじゃない。氷上さん、滝さん、千夜ちゃん、千佳ちゃん……それに、私」


 自分も入れるのか……。伊奈野さんはそれでいいのかな?


「面白い冗談ですね」

「冷たいなぁ。先輩にはもっと優しくしといた方がいいんじゃない?」


 そう言って、何か含みのある笑みを浮かべた伊奈野さん。練習に戻りたいが、その笑顔に後ろ髪を引かれる。

 思い当たることは、斗季の告白のことだ。

 このことを知ってるのは俺たち四人だけのはず。演奏中()()()()()で斗季が戸堀先輩に気持ちを伝えるてはずだ。

 事前に準備してたらどこから漏れるかわからないし、漏れてしまったら戸堀先輩に対策されてしまう。それに、奏と滝もサプライズの方が嬉しいと斗季の意見を否定しなかった。

 奏のことだからちゃんと準備した方がいいよ! とか言うと思ったんだけど……あの子ロマンチックなの好きだからね……。

 斗季の考えでは、文化祭のノリで多少のイレギュラーは目をつむってもらえるだろうって話なんだが、これに関して確証はない。

 とまぁ、やる気はあるけど計画の内容はガバガバだ。演奏の練習もあってそっちに割く時間がなかったとも言える。

 俺にできることは、告白のお膳立てと計画がバレないよう動くこと。伊奈野さんに勘繰られないよう自然体でいなければ。


「練習……してもいいですか」

「じゃ、最後に一つ聞いてもいい?」

「な、何でしょうか」

「これはとある情報通から聞いたことなんだけど……ライブ中に三野谷君が告白するってほんと?」


 ジャックの抜けたキーボードがダーンと低い音を鳴らす。まるで俺の心の声を落とし込んだみたいに。

 幸い周りにいた人にちらりと見られたくらいで、斗季や奏には聞こえてないみたいだ。


「情報通って……あ、やっぱいいです」


 考えるまでもなくあの新聞部部長だろう。毎度毎度どこから情報を仕入れてきてるのか。


「情報はほんとみたいだね」


 今更嘘をついても見苦しいだけだ。もう認めるしかない。あと結妹にそろそろ罰が下るよう祈っておこう。変な噂を広めてるのもどうせあの人だ。


「……止める気ですか?」

「いやいや止めないよ。ちょっとだけ……羨ましいなって」


 また羨ましい、か。


「私もあのとき戸堀さんに会いに行くのをやめなかったら、君たちに協力できたのかな」


 きっと伊奈野さんは、後悔してるのだろう。

 目の前に転がった正解に気を取られて、ずっと奥にある正解に気づけなかったことに。

 戸堀先輩がそうするしかないと、気づけなかったことに。

 伊奈野さんの気持ちは痛いほど理解できる。俺も同じ失敗をしたことがあるから。

 俺はただ、それが一足早かっただけ。そして、それから目を背け続けてるのだ。


「……伊奈野さんは、逃げないんですね」

「もう同じ失敗を何度もしてきてるからね。私は君ほど器用じゃないから、失敗だったって気づくのがいつも遅いんだよ。でも、今はまだ間に合うでしょ?」


 あぁ……この人は、俺なんかとは全然違う。斗季と、戸堀先輩と同じ種類の人間だ。


「強い人ですね」

「そうかな」

「伊奈野さん……いや、伊奈野先輩。一つお願いがあります」

「なになに改まって」


 だから、伊奈野先輩の近くにいたら、俺も強くなれるのではないか。そう思ってしまった。


「僕たちに協力してくれませんか?」


読んでいただきありがとうございます!


八月は頑張って投稿します!

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ