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それから、あの会議の続きとこれまでの見直し、詳細の確認をして今日の集まりはお開きとなった。
結局、学校間の移動もバスだけでは時間に制約ができるということで徒歩移動もありに。ルートを決め、各所に見回り係を配置するということで話はついた。
この案を提示したのは結姉だ。
舞高生徒会の意地として、伊奈野さん、結妹と小休憩の間に策を練ったらしい。
詩鳥さんもこの案に反対はしなかった。どうやら、三日月さんに何か言われたようだ。
一言二言で変わるのだから、あの人の影響力は相当なものなのだろう。
「お兄ちゃん三日月生徒会長に何されたの」
「……ちょっとからかわれただけだ。俺の早とちりだったから心配しなくていい」
片付けを手伝ってる俺に緋奈がまとわりついてくる。
「たくたくあの人に何されたの」
「ちょっとからかわれただけ」
その隣で会議中ずっと寝てた滝がジト目で睨んでくる。
「香西君何されたのかな? お姉さんに話してみ? 今ならもれなく新聞にしてあげるからさ」
「だからちょっとからかわれたんだって……!」
さらにその隣から面白がってる結妹がしつこくカメラを構えている。
「こら千夜ちゃん滝ちゃん、ちゃんと手伝って。たくたく君の邪魔しない」
「緋奈ちゃん私たちはこっちですよ」
人は真面目な人に味方してくれる。今度から授業も真面目に受けよう。青倉先生を味方にするんだ。
首根っこを掴まれた三人は各自持ち場へ送還された。
短く息を吐いて机を定位置に並べる。力仕事は俺と松江が率先して手伝うようにと結姉から指示を受けた。
少し離れたところで松江も机を運んでいる。見た目が女の子っぽいからなのか、サクジョの人たちに話しかけられてるようだ。
「拓人さんお疲れ様でした。よい文化祭になるといいですね」
「そう、ですね」
「そんなに警戒されると私も傷ついてしまいます。拓人さんが癒してくれるのなら構いませんけど」
「それは難しいですね……」
「ふふ、後の楽しみとしておきましょう。では代わりに連絡先の交換を。文化祭でのやり取りにも役立ちますので」
拒否しづらい理由だな……。完全に三日月さんのペースになってる。
こんなとき緋奈や滝が割り込んで来てくれると嬉しいんですけど。というか滝さんの本来の仕事では?
気づいてるのに誰も近づいてくる気配はない。三日月さんのオーラがそうさせてるのか……?
「わ、わかりました……」
奏にはちゃんと話す。そう心に決めて連絡先を交換した。
ちらっと見えた三日月さんの友達欄の数字は、俺よりも少ない数だった。
片付けも終わり、来たときと同じフォーメーションで昇降口まで降りてきた舞高一同。
「ちょっとトイレ行ってきます。先帰っててください」
俺は、そう言い残して視界の端に見えた男性教員用のトイレに駆け込んだ。
女子校なので男が使えるトイレはここだけ。文化祭当日は、幾つかの女子トイレを男子用として解放するとのこと。議事録にはそう書いてたような気がする。
綺麗に清掃されたトイレで用をたし緩い足取りで廊下を進んでいると、角から出てきた生徒と出会い頭にぶつかってしまった。
勢いで受け止めてしまったが……訴えられたりしませんよね?
「痛っ……って夢前川か。びっくりした」
「す、すみません先輩……」
高等部の制服を着たその生徒は、知り合いの女の子だった。セーフ。
いつもなら「なんでこんなところにいるんですか!」とか「触らないでください!」なんて罵声を浴びせられるのに今日はいつになくしおらしい。バイト先でのキャラと学校でのキャラを使い分けてるのだろうか。
別に罵声を期待してたわけじゃない。ほんとですよ?
「いやいいけど。夢前川は怪我ないか」
「はい。その、先輩が受け止めてくれたので」
「思ったより軽くて助かった。怪我なんてさせたらバイトの人たちになんて言われるかわからないからな」
うちのエースでありバイト先のアイドルと化してるからな、この子。他部門からも大人気だ。
と、目を泳がせ周りを気にする夢前川。
あぁそうだった。バイトのこと秘密にしてるんだったな。迂闊でした。
「じゃまたな」
「あ……」
人目に着く前に退散した方がいい。さっさとその場から離れようとしたそのとき、目の前に女の子三人組が現れた。
やばい……さっきの会話聞かれてたか。
「あなたが香西拓人さんで間違いないですね?」
「そう、ですけど……」
各々、腕を組んだり、顎に手を当てたり、手を双眼鏡みたいにして品定めをするようにじろじろと見てくる。
これ以上ないくらい居心地は悪いが、今はそんなことどうでもいい。夢前川のバイトがバレてないか心配だ。
「ふむ……。妹さんとはあまり似てないね」
「思ってたより普通じゃない?」
「えーそうかな? 私はいいと思う!」
「どの辺りが?」
「えーと……全体的に?」
「桃適当に喋んないでくれる?」
おう……。全員俺の苦手なタイプだ。みんな横山に見えてきた。
「夢前川……この子たちは?」
「……私の友達です」
大きなため息をついた夢前川。
スッと細めた瞳は、目の前の三人をまとめて切り裂いてしまうのではないかと思うくらい鋭い。
「みんな先輩に失礼だからやめて」
夢前川史上一番冷えびえとした声に、三人だけでなく俺もびびった。トイレ行ってなかったら漏れてただろこれ……。
一気に大人しくなった三人衆を気の毒に思いながら、夢前川に気になったことを耳打ちで聞いてみる。
「先輩って呼んでるけど……バイトのことは大丈夫なのか?」
「はい三人には……! って近いです先輩っ! 急にそういうのはやめてください!」
「あ、ごめんなさい……」
さっきの方がよっぽど急なような気もするけど……夢前川の基準がわからん。怖いから謝っちゃった。
「そ、そんな怖がらなくても。次からは気をつけてください。続きですが、三人にはバイトのこと話してるので大丈夫です。えーと右から──」
「野城紗千香です。よろしくお願いします」
「嘉納ここみです。先ほどは失礼しました」
「はいはーい山本桃でーすっ。ソフィーがお世話になってまーす」
「どうも……」
夢前川の友達ってことは、合コンに参加してた子たちか。秘密を共有するくらいだからいい子たちなんだろう。夢前川も信頼してるっぽいしな。
「じゃあ俺はそろそろ」
人が一番気まずい瞬間っていつだと思う? 正解は友達の友達に会うときでした。異論は認める。
そもそも夢前川は友達でもない。ただの後輩だ。これ以上ここにいても夢前川が嫌がるはずだ。
「あ……せ、先輩!」
今度こそこの場からおさらばしようとした俺を引き止めたのは、夢前川だ。しかし口をモニョらせるだけでそれ以上は何も言わない。
「紗千香プランB」
「了解」
夢前川の後ろに移動した野城さんと嘉納さんが再び前へ。山本さんも遅れて前に出てきた。
「私たち四人で文化祭一緒に回るってことになってるんですけど」
「舞高って男子がいて少し不安があるんです」
「なので私たちが舞高を回るとき香西先輩が付き添ってくれたらありがたいです」
「もちろんタダでとは言いません。先輩がサクジョに来るときは、私たちが案内しますよ」
「あれ? そんな作──」
「桃うるさい」
「どうですか? 私たち困ってます」
すげー怪しいが女の子たちだけ行動するとなるとそんな不安もあるのか。結姉に教えとかないとな。
「ほらソフィアも」
「あの先輩……お願い、できますか?」
見回り役にライブもあるからそんな時間が確保できるのか難しいところなんだよな……。
しかし夏休み中熱で倒れたときお見舞いに来てくれたお返しがまだできてない。
何か企んでそうだけど、後輩の頼みは無碍にできないか。
「……俺でよければ」
今年の文化祭、やること多いな……。
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