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休憩を取っていた生徒たちが戻り会議の準備が進められる。
部屋のカーテンを閉め切り外の情報を遮断。
サクジョ側と舞高側で向かい合う形を取り、部屋前方中央のホワイトボード前には、サクジョの書記さんが黒マーカーを握って立っている。
本日の議題は、当日の学校間の移動について。
合同文化祭ということもあり、両校の在学生は目印になるワッペンをつけていれば基本的に両校内の出入りは自由だそう。
どんなワッペンにするだとか、その費用や準備の会議でも一悶着あったらしいが解決したらしい。
流し読みで議事録を読んでみたが、舞高側の意見はほとんど通ってないよう見受けられる。
というか、なぜ会議に参加させられているのか。てっきり顔合わせだけだと思ってたんですけど。
「結生徒会長はどうお考えですか?」
「そうですね……。学校同士の距離もそう遠くありませんし、基本徒歩でと考えています。安全を考慮してあらかじめルートを決めておけば問題ないと思いますが……どうでしょうか」
俺の疑問は誰に届くこともなく、ホワイトボードに議題が書かれると会議が始まった。
結姉の提案は無難だろう。
サクジョから舞高まで直線距離にすれば10分もかからない。切り詰めていけば危険性も問題にするほどではなくなる。これ以上の案なんてないと思うが……。
「私たちに歩け、と?」
嘲笑混じりに漏らしたのは、サクジョ側の一人。
それが合図かのように他の生徒にも伝播していく。
こちらを見下すような物言いに不快感を覚えたのは、隣の結妹も一緒みたいだ。
「仮に、事件や事故に巻き込まれたとして、そちら側は責任が取れるのでしょうか」
事件事故に巻き込まれる可能性は、ゼロではない。
もしそうなったとして対策の甘さを言及されるのも仕方ないとは思う。
しかし、それをこちら側に押し付けるのは違う。
結姉だって可能性がゼロじゃないことくらいは理解しているはずだ。だからそっちの意見を求めてるんじゃないのか?
今やってるのは話し合いだ。意見を言って聞いてよりよいものに昇華する場だ。
のっけから否定されたらやりにくくなってしまう。
「……そちら側の考えを伺っても?」
舞高の代表として冷静に対応する結姉。が、あちらの姿勢は変わらない。
「私たちは自家用車での移動を所望します。それが一番安全です」
「はぁっ⁉︎ 何言ってんの!」
突拍子もない提案に結妹が腰を浮かせる。
気持ちはわからんでもないがキレるのが早い。最初からクライマックスなの? 姉妹喧嘩のときは怒らせる側なのに……。
「部長落ち着いてっ」
「歩けばいいでしょ! この距離くらい!」
あれれーおかしいな? さっきこのくらいの距離で文句言ってた人がいたような。
「頭がおかしい……」
氷上さんや、それは結妹に向けて? それともサクジョの人に向けて? どっちにしろ言葉遣いには気をつけようね?
「大声を出さないでくださいますか。そちら側の品性が疑われますよ? もっとも……あればの話ですが」
「あんたっ──」
「千夜! 座りなさい」
「っ……」
姉妹喧嘩のときとは違い、姉の指示に素直に従う妹。二人の中で超えてはいけないラインが決まってるのかもしれない。
全国から優秀な生徒が集まる桜井女子学園と全国的に珍しくもない平凡な舞鶴高等学校。格付けされたら間違いなく桜井女子学園の方が上だ。
この場の全員が持っているその認識が、この現状を生み出してしまっている。結姉と伊奈野さんを見る限り今までの会議も似た感じだったのだろう。意見すれば否定され、見下される。こんなだと発言する気も起きないよな……。
通りで他の生徒会メンバーを連れてこないわけだ。毎回こんなだと自分たちの準備にも支障が出そうだし。これはちょっと帰りたくなってきた……。
「そちらにも一般生徒は在籍してると思うのですが……全員が車で移動するということでしょうか」
「出来ればそうしたいところですが全員というのは難しいでしょう。こちらには部活動の遠征などで使うバスがありますのでそちらで代用可能かと」
「なるほど……」
提案のスケールが違いすぎるな。さすがお嬢様学校の顔も持っているだけのことはある。
ただのわがままじゃないぶん反対もしづらい。実現可能ならそっちの方がいいし。まぁ実現は難しいだろうけど……。
「他に意見のある方は?」
様子を見守っていた三日月さんが周りを見渡す。
サクジョサイドは、決まったと言わんばかりの優雅な笑みを浮かべる人が多数。
一方舞高サイドは、ただ意見を否定されただけで勝負すらしていない。だからこれで決まりかと、何となく納得している人が多数。
あっちの案にも問題点はある。しかも主にこっちの負担になるものばかり。今までの決定事項も舞高への負担が大きいものが多い。
自校生徒第一の考えは尊重して見習うべきところだが、これじゃあまりにも不平等だ。
この中でそれを理解しているのは、舞高のトップ二人と……サクジョ生徒会長の二人くらいか。
自分が提案した合同文化祭だから舞高の援護を緋奈はしてくれてたようだけど、三日月さんはそうでもない。ただどんな行く末になるか楽しんでるように見える。
結姉と伊奈野さんは緋奈の援護に期待し、三日月さんも緋奈が発言するのを待っている。
無難なところに落ち着かせるのは、緋奈の役目のようだ。
「緋奈さんは何かありませんか?」
どうやらいつもここで口を挟んでいるらしい。あのお嬢様生徒が緋奈に視線を送る。
「そうですね。お兄ちゃんが何か言いたそうなのでそれを聞くのがいいと思います」
緋奈さんや? 何をおっしゃっているんだい?
「緋奈さんのお兄さん……ですか?」
静かだった会議室が緋奈の一言でざわつき始めた。
完全に気を抜いていた俺も咄嗟に顔を伏せる。が、ここにいる男子は俺と松江の二人だけ。松江が首を横に振れば、自ずと視線は俺に集まる。
「ガツンとかましたれ」
「かーくんふぁいと」
他人事だと思いやがって……。
「ちょ、ちょっと待ってください! 彼は今日ここに呼ばれただけで会議には関係ないです」
「まぁいいじゃありませんか結生徒会長。この場にいる方全員に発言権はあります。意見があるなら聞いてみましょう」
「三日月生徒会長……」
結姉と伊奈野さんから感じる心配の気配。余計なことは言わないように気をつけます。
しかし何もないですなんて言える状況ではない。緋奈の顔に泥を塗るわけにもいかないし……。
ここは妹にかっこいいところを見せようじゃないか!
「乗用車での移動は安全性あっていいと思います。ですが、それが不定期の時間で何台も移動するとなるとかえって危険性が高くなるのではないでしょうか。それに道路の混雑にも繋がる恐れがあります」
「安全が第一優先だと思いませんか。怪我をしてからでは遅いのですよ?」
一つ二つの不安要素ではさすがに引かない。何よりこっちの意見を受け入れる気が全くないのだ。
なら、そっちの意見を発展させよう。
「それなら車の台数も削れて、一度に大人数が移動できるバスはいい案だと思いました。乗用車は止める場所の確保も難しいのでバスだけならなんとか……結生徒会長いけそうですか?」
「あ、あぁ大丈夫だ」
「バスなら出発時刻を事前に決めることもできます。到着する時間がわかっていればこちらも対応しやすいです。そちらの生徒方も当日のスケジュールが立てやすくなると思いますが……どうでしょう」
「まぁ……安全性が確保できるのであれば」
「そこは協力してつめていければと思います。……僕からは以上です」
何とか最悪は回避できたな。我ながらあっぱれ。
どうだ緋奈よ。お兄ちゃんの勇姿みてたん?
「他に意見のある方は……。無いようなので小休憩後詳細を決めていきましょう。それと、緋奈さんのお兄さんは私のところへ」
「……はい」
どうやら、何かやらかしてしまったようだ。
格好なんてつけるもんじゃないな……。
長くなりそうなので二話分割にします。
読んでいただきありがとうございます!




