106
「あの子が君の妹さんって本当かい?」
「まぁ……はい」
「驚いたな……。和坂さんとも知り合いみたいだし、君をもっと早く連れてくればよかったよ」
緋奈の後ろに続き、広い廊下を進む。
隣にいる結姉の表情から感じる疲弊は、これまでの訪問がいかに大変だったのかをものがたっている。
「うちの妹が何か……?」
「とんでもない。緋奈さんにはいつも助けてもらってる。見張り役の条件も緋奈さんがいなかったら大変なことになってたんだから」
「あれ以上ですか?」
強く頷いた結姉は遠い目をしてそのときのことを思い出してるようだ。
どうやらサクジョ生徒会に所属している人のほとんどは、お嬢様やお金持ちの娘さんが多いようで、舞高サイドとはやはり価値観が全く違うらしい。
その中で強い発言権があり、一般的な感覚を持っている緋奈の存在は舞高生徒会にとって唯一の救いだったとか。
さっきからすれ違う生徒たちが、中等部高等部関係なく緋奈に挨拶してるあたりに、人望の厚さを窺える。
前を歩く妹の背中がいつになく大きく逞しく感じて、全お兄ちゃんが感動した……。
「会長お疲れ様です!」
「お疲れ様です。準備頑張ってください。こちら私のお兄ちゃんです」
「この方が噂の! 握手してもらってもいいですか!」
「ど、どうも……」
……その感動も妹のせいで打ち消されてるがね。
会議室に到着して緋奈がドアをノックすると、結姉と伊奈野さんがスッと姿勢を正す。
松江と萩原さんはそれにつられ、結妹は緊張感もなくあくびをし、氷上と滝は最後列でじゃれあっている。じゃれてると言うよりは、氷上が一方的に絡まれてるだけのようにも見える。まだ何もしてないのに疲れてそうだ……。
「三日月会長、舞鶴高等学校の皆さんが来てくださいましたよー」
例えば、世界的に有名な美術館で世界的に有名な絵画や彫刻を見たとき、こんな風に目を奪われるのかもしれない。教科書やテレビなんかで目にするような、知識として記憶に残すのとは違う。
その圧倒的な美に、全身が、細胞がざわりと騒ぎ頭に刻み込まれる。
広い部屋の真ん中に座る銀髪の少女の姿を。
「ありがとう緋奈さん。結会長ご足労いただき感謝いたします」
「い、いえ! こちらこそ毎度会議室を使わせていただいているので……」
「他の役員の方々には休憩を取ってもらってまして。お戻りになるまで席に座ってお茶でもどうでしょう?」
「で、ではお言葉に甘えて」
「和坂さん準備のお手伝いをお願いしても?」
「もちろんです」
「後ろの方々もどうぞお休みください。自己紹介はまた後ほど」
和坂さんと共に奥の部屋へ消えてゆく銀髪少女。
一目見てわかる。住む世界が違うと。
そりゃ我が校のトップ二人が緊張するわけだ……。
席に着いた今も姿勢はキープ。さっきまで姉妹喧嘩をしてた人とは思えない。
「どう? 三日月生徒会長は」
「さすがサクジョの生徒会長だな。雰囲気だけで只者じゃないってわかる」
「でしょー? 実際只者じゃないよ。これからわかると思うけど」
自然に左隣へ腰掛ける緋奈は、でもねと続ける。
「お兄ちゃんもさすがだよ」
「どこがだよ……」
今のどこに評価される点があったのか。普通に圧倒されてたぞ。
「だってみんなに同じ質問したら絶対容姿を褒めたりするんだよ。そんなの見ればわかるのにね」
緋奈の言葉に、前に座る二人が肩を揺らした。
結姉と伊奈野さんはこの質問にまんまとつられたらしい。
やめてあげてくれる? うちの生徒会いじめるの。これからの士気に関わってくるから。
攻撃的な緋奈を珍しく思いながら、俺への評価を訂正しておく。
「俺も綺麗だなーとは思ったぞ? ただ、奏も緋奈も負けてないからな」
身近に眩しいほどキラキラしてる彼女や妹がいれば、あの生徒会長が放つ煌びやかな雰囲気も薄れるというもの。
でもやっぱり、二人とは違うものをあの人は持ってそうな気がする。
「お兄ちゃん……。その言葉奏さんにも聞かせてあげたかったよ」
「……機会があれば、な」
「結生徒会長わかりましたか? お兄ちゃんと奏さんの間に割って入れないこと。あと私との間にもです」
「……? わかっています。仲いいんですね」
「当然です!」
満足げに胸を張る緋奈に、結姉は出来るだけの笑顔を返していた。相手側の権力者と角を立てないための涙ぐましい努力が垣間見える。
そんな下手に出なくてもいいと思うが……。一応年下ですよ?
「初めまして香西緋奈さん」
と、緋奈に声をかけたのは、右隣に座っていた結妹。オセロだったら俺も妹になっちゃうな。これで萩原さんにお世話焼いてもらえるよ!
「あなたは……?」
「舞鶴高等学校新聞部部長結千夜です。前に座ってる結千佳の双子の妹でもあります」
「校門で会ったときから似てるなと思ってました。初めまして香西緋奈です」
二人のやり取りをハラハラした様子で監視している結姉。「余計なことはするな!」と顔に書いてるが、結妹は全く意に介していない。
「香西君から聞いてた通り素敵な方ですね」
「お兄ちゃんが私の話を?」
「ええそれはもう。顔を合わせば自慢の妹だ、と」
してないしてない。緋奈の話なんてこの人の前でしてないよ。どうしてそんな嘘をまゆひとつ動かさずにつけるのか。あんたの姉さんすごい形相ですよ?
「そ、そうですか。例えばどんな話を?」
あ、食いついた。どうすんのこれ。
「毎朝の登校が楽しいとか、毎日妹の弁当が食べられて最高だとか、甘えん坊なところが可愛いとも言ってましたね」
「も、もうっ! お兄ちゃん恥ずかしいよ……」
セリフと裏腹に両手をほっぺに添えた緋奈は、にへら〜と表情を緩ませた。
なんでこの人知ってんだよ。登校のことなんて誰にも言ってないんだけど。
「お兄さんの学校生活もカメラに収めてるんですが……お見せしましょうか?」
「是非見たいです!」
「なんで撮ってるんですか……」
「やだな。生徒の日常を記録するのも写真部の活動だよ香西君。あぁ、呼び方がこのままだと妹さんとごっちゃになるね……」
「私のことは緋奈でいいですよ。私も千夜さんと呼んでもいいですか?」
「もちろんです。では私は緋奈生徒会長とお呼びします」
なんという社交性。
元々人懐っこい緋奈ではあるが、陥落した早さは過去最高ではないだろうか。
俺を餌に取り入るのが目的だったか……。
結姉はなんとも言えない表情を浮かべ、隣の伊奈野さんが「あれが千夜ちゃんのすごいところだから」と背中をさすっている。
姉には姉の、兄には兄の悩みがある。結姉の気持ちが痛いほどわかってしまった。
「皆様お茶が入りました」
そうこうしているうちに奥の部屋にいた三日月生徒会長と和坂さんが戻ってきた。
さすがの緋奈も気を引き締め「今日は一緒に帰ろうね」と残し席から離れていく。
「……あの人やばいね」
「結さんもそう思いますか」
「とてもじゃないけど同い年とは思えないね」
いつも綽々としている結妹も難しい顔をしている。
和坂さんと緋奈がお茶を配り終えたタイミングで、三日月生徒会長は俺たち舞高陣の前に立つ。
「お初にお目にかかる方が多いので簡単に挨拶を。桜井女子学園高等部生徒会長、三日月凪と申します。よりよい文化祭にするためお互いに尽力致しましょう」
「っ……」
一瞬だけ俺を見て笑った。
この人はいったい何者なんだ……?
読んでいただきありがとうございます!
ブクマ、評価、誤字報告感謝です!




