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桜井女子学園へ向かう時間がやって来た。
メンバーは、カメラを首にぶら下げた写真部の結千夜と松江直矢の二人。
生徒会からは、会長結千佳、副会長伊奈野菫、風紀委員長萩原聖夏の三人。
見回り係代表の俺と、副代表の氷上雫に見張りの滝鈴華を加えた三人。
総勢八人の大所帯でサクジョへお邪魔することになっている。
部活や文化祭準備に勤しんでいる生徒の邪魔にならないよう裏口から出発。少し遠回りになるのを結妹がめざとく文句を言ってたが、結姉がそれを許すわけもなく集団の先頭で絶賛喧嘩中。
伊奈野さんと松江がまぁまぁとなだめているが、毎度のごとく二人の喧嘩は、簡単には終わらないみたいだ。
そんな先頭集団からやや遅れて滝と氷上が並んで歩き、さらにその後ろを俺と萩原さんがついて行く。
「しずしずってかなかなと同中なんだよね〜? かなかなってどんな子だったの〜?」
「社奏は女神みたいな生徒だった。それ以上でもそれ以下でもない」
「え〜全然わかんないよ。あ、じゃあしずしずはどんな子だったの〜?」
「ちょっと待って。そのしずしずって何?」
「雫だからしずしず。可愛いでしょ〜?」
「あ、え、私……? 理解不能」
慣れないノリに頬を引きつらせる氷上。
どちらかと言えば、氷上もこちら側の人間だ。滝や横山みたいなノリは苦手なのだろう。見てるこっちも胃がむかむかしてくる。
「たくたく君は生徒会に興味あるの? 文化祭終わったらうち来ない? 優遇するよ」
「え、あ、いや……」
「そんな緊張しないでよ。これから一緒に頑張らないとなんだから」
「そうですね……」
滝に負けず劣らず、萩原さんもコミュ力が高い。
見回り係代表になってから萩原さんとの会話が増えた。
例年の文化祭は風紀委員主体で校内の監視を行ってるため、俺の立場は一応萩原さんと同じと言うことになる。
風紀委員の指揮は彼女が、見回り係の指揮は俺が。
もちろんそれは建前で、基本的には萩原さんの指示を俺が伝えるって形になる。
言わば、風紀委員と見回り係は、親会社と子会社の関係。お互いに協力しなければならない関係だ。
生徒会の人たちにも共通することだが、人の上に立つ人たちはなぜこうもコミュ力に長けているのか。その呼び方マジやめて。
「ほらうちって男子少ないからさ。モテるよ?」
「……風紀委員長とは思えない発言ですね」
「堅苦しいだけじゃ息が詰まるからね。別に恋愛禁止じゃないし。まぁたくたく君にはもう素敵な彼女さんがいるから付け入る隙なんてないか」
「そうですね……」
萩原さんは、とてもパワフルな人だ。
生徒会長から上品な部分を抜いた感じがする。褒め言葉になるかはわからないが、男らしい。
風紀委員に女子が多いのは、萩原さんに憧れてる子が多いからだとか。
「おっと危ないよ。ほらこっち来て」
不意に腕を引かれ、背中には柔らかい感触。
横を通り過ぎて行った自転車は、スマホを見ながら運転していた。
「ありがとうございます……っ」
萩原さんの身長は俺とほとんど変わらない。
肩越しに振り返れば、すぐ近くに笑顔があった。
「今のはあっちが悪かったね。気づけてよかったよ」
えー惚れる惚れる。俺が女だったら一発で惚れてるんですけど? 女じゃないことを後悔してるんですけど?
思わず見惚れていると、萩原さんは恥ずかしそうに優しく手を離す。
「出過ぎた真似だったかな?」
「いえ。助かりました」
「私には歳の離れた妹と弟がいてね。どうも世話焼きのクセが抜けなくて」
「そうなんですね。僕も妹がいるんですよ。歳は近いんですけど僕よりしっかりしてるので兄としての面子は皆無ですが」
「そうなんだね。てっきりお兄さんかお姉さんがいると思ってた」
「姉もいますよ」
「やっぱり? そんな感じがしてた」
頼りなさとか情けなさとかが滲み出てしまってるのだろうか……。
隠したくても隠せない。無理すればむしろ情けなさに拍車がかかるしな。
いやまぁでも? 萩原さんに世話焼かれるのは嫌じゃないのでこのままでもいいかもしれんな……。
「あー! たくたくが浮気してる!」
と、どうやったら妹になれるか考えてたら前にいた滝が指を差しながら叫んだ。ずしずしと近づいて来ては、俺と萩原さんの間に割って入る。
「ふーき委員長さん! たくたくはかなかなのなので諦めてください」
「そんなつもりじゃないんだけど……」
「たくたくもかなかな以外にデレデレしない!」
「別にしてないが……」
奏に見張り役を頼まれて張り切ってるのか、判定が厳しい。
女子と話してるだけで……あれ、女子?
やっべ。萩原さん女子だった。かっこよすぎてどっちかわかんなくなってた。血迷って女になりたいとか妹になりたいとか思ってたぜ……。
「とにかくたくたくはこっち!」
「っ……」
強引に腕を引かれ滝と密着。
柔らかい二つのたわわが腕を包み込む。
「それはいいんだ……」
萩原さんの小言は滝に伝わってない。少しだけずれてるというか、天然なところが滝にはある。
なのでこれは事故だ。奏さんわざとじゃないです。許してください。
心の中の奏に謝罪してぬるりと滝から離れる。
「かーくん」
「……奏には秘密でお願いします」
もう一人の見張り役氷上がスマホを構えたので、スッと頭を下げた。
桜井女子学園に着く前からこんなだと先が思いやられるな……。
最後尾を歩くこと数分。桜井女子学園の校門が見えてきた。
そこには見覚えのある影が二つ。
桜井女子学園中等部生徒会長と副会長。緋奈と和坂さんだ。
「ご足労いただきありがとうございます。結生徒会長」
綺麗な所作でお辞儀した和坂さんに、滝以外の舞鶴高等学校メンバーはあっけに取られる。
結姉と伊奈野さんは何度か来てるらしいのでみんなほど驚いてはないが、慣れてはないようだ。
「い、いえ。こちらこそお出迎えありがとうございます」
年下とは思えない気品は、あの結妹でさえ大人しくさせている……。あ、いや、姉の背中に隠れて姉がたじろいでるの笑ってるわ。あとでチクっとこ。
桜井女子学園はお嬢様学校の側面も持ってるからな。和坂さんみたいな本物のお嬢様も普通に通学してる。そんな子たちと俺たちの常識は少々違うのかもしれない。
「結さんこんにちわ。いつも来てもらってすみません」
場の空気を和ませるかのように、緋奈がぺこりと挨拶をする。我が妹ながらなかなかの愛嬌だ。
「おとちゃん、堅苦しいのはやめようよ。皆さん緊張しちゃうから」
「最低限の緊張感は必要だと思いますが……緋奈ちゃんが言うなら気をつけます」
あれわざとなの? 高校生相手によくやるな……。
なんて思ってると、緋奈が俺に向かって手を振ってくる。
「それと……お兄ちゃん! ようこそ桜井女子学園へ!」
「お久しぶりですお兄さん」
「あぁ……うん。久しぶり……」
先制攻撃をお見舞いされた舞高メンバーは、さらなる追撃に言葉を発することなく俺へと視線を向ける。
誰にも言ってないのだ。緋奈が、中等部生徒会長が妹だなんて。
滝は花火大会のときに緋奈と会ってるし、すまし顔の新聞部二人もなぜか知っているため反応は異なる。
「それじゃあここではなんなので会議室に案内しますね」
こうして俺の桜井女子学園への初訪問は幕を上げた。
もう幕を下ろして帰りたいよ……。
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