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「今日舞高から男子来るらしいよ」
昼休み。学食のいつもの席で食事していると、野城紗千香がサンドウィッチ片手に呟いた。
「えっマジ⁉︎ もしかして三野谷さんかな⁉︎」
その言葉に声のトーンを変えたのは、山本桃だ。
「あれ、ソフィア驚かないんだ」
向かいに座る嘉納ここみが、小首をかしげて聞いてくる。
「へ? いや十分驚いてるけど……」
そこに私、夢前川ソフィアを加えた四人がいつものメンバーだ。
この三人との出会いは入学式だ。
私の通う桜井女子学園は、全国でもトップクラスに有名な学校である。
理由は多々あるが、一つは生徒数の多さだ。
中高一貫ということもあり総生徒数は二千人強。
県外からはもちろん海外からの入学者も珍しくない。
とは言っても目立つものは目立つ。背丈や髪の色も文字通り日本人離れしてるわけだし。
私は生まれも育ちも完璧に日本なんだけど、父がイギリス人なので見た目だけは外国人っぽい。
小さい頃は気にしていた髪色も今となっては人よけに役立つので重宝している……と思ってたけど、ここにいる三人は見た目なんて気にすることなく私に話しかけてきた。
よく言えば気さく、悪く言えば図々しい。正直に言って最初の印象はあまりよくなかった。
私自身、人付き合いが苦手なこともあって三人の空気になかなか馴染むことができなかった。
彼女たちはみんなお金持ちだ。
紗千香はとある会社の社長の娘。桃は政治家の娘。ここみは医者の娘。
三人の家庭事情はこの学校では珍しいわけじゃない。むしろ私みたいな貧乏人の方が少数だろう。
時間がたてば三人とも私に飽きる。派手なのは見た目だけ。中身はなんの取り柄もないつまらない女だ。
けれど気づけば、私たちはここに入学してからずっと一緒にいる。いつのまにか友人になっていた。
「最近ソフィア変わったよね」
「それ私も思った」
全員が昼食を終えたタイミングで、紗千香とここみが訝しむような視線で私を見る。
「な……何?」
「ねぇ! 来るの三野谷さんなの⁉︎」
「桃うるさし。静かにしろし」
変わった? 私が?
自分的に実感はない。身近な人にはわかるような変化があったのだろうか。
「相変わらず無愛想だけどさ、柔らかさが出てきたというか」
「そうそう可愛げが身についた感じ?」
「何それ? まるで私が怖かったみたいじゃん」
「「そうだよ?」」
「たしかに最初のソフィアは怖かったよね」
「そ、そう……」
三人とも私のこと怖がってたんだ……。ちょっとショック。
私に人が寄り付かないのって髪の色だけじゃないのかな。目つき……とか? 先輩も怖いって思ってるんじゃ。
「ほらそういうとこ。前まで何言われても気にしなかったのに」
「女の子としては正解だと思うけどね。でもソフィアだから驚いてる」
「ははん? もしやソフィー好きな人でもできましたな?」
「っ……!」
好きな人。
自覚してはいるけど、人に言われると胸を突き刺すような、言葉にしづらい感覚が体を駆け巡る。
顔に出したつもりはなかったのに、三人ともにやりと口角を釣り上げてテーブルに身を乗り出す。
「ちなみにその人三野谷さんじゃないよね?」
「ち、違う。私その人の顔よく覚えてないし……」
「ならよし」
桃はあの合コン以来三野谷さんとやらにお熱だ。
あれからも連絡は取り合ってるみたいで、なかなかいい感じらしい。
桃は私たちの中で一番恋愛ごとに興味を持っている。あの合コンは桃のために紗千香がセッティングしたものだった。……何てのは建前で、紗千香もここみも彼氏は欲しいらしい。タイトルは忘れたけど、恋愛漫画を読んでから願望が出てきたみたい。親が過保護で自由な恋愛をしてみたいんだとか。
「ちなみにいつから気づいてた?」
「花火大会の日だよ。ずっと遠く見てて心ここにあらずだったし」
「……そう」
「私はもっと前かな? あれだけケチだったソフィアがコンビニでパン買うようになったのも違和感だなぁって」
「ケチなんじゃなくてただの節約だから」
お金は大事だ。ほいほいと使うものじゃない。
目の前の三人はお金に困ったことがないからお昼ご飯にもあんなにお金をかけられる。
お腹が満たせられればいいじゃない。美味しいものじゃなくても。
と、説教をしたところで大した意味はない。この価値観はわかりあえないと思うから。
それと、私だって普通にコンビニでパンくらい買いますからね? ……先輩に貰ってからがきっかけなのは否定しないけど。
「どこで会ったの?」
「……バイト先で」
この三人には、私がバイトしてることは話している。というか、バレた。
紗千香、桃、ここみの三人は、部活に所属しながら家で習い事もしていて、放課後に全員揃うことなんて滅多にない。
なので私は、平日は極力バイトを休まないようにしている。貧乏人は稼げるときに稼がないといけないからだ。
しかしある日、平日にも関わらず三人の用事が上手いこと無くなり時間ができてしまった。
もちろん私はバイトがあるので三人と遊ぶことができない。バイトをサボるなんてもってのほか。その場凌ぎの御託で何とか言いくるめたと思ってたのに……三人は、私のあとをつけてきていたのだ。
後日私は、観念して正直に話した。
家の事情を少なからず知ってくれてるので三人ともすんなり受け入れ、口外もしないと約束してくれた。
唯一気に入らなかったのは、長い間黙っていたことだと三人は口を尖らせた。私は、さらに三人を好きになった。
「あ! あのときの人! ほら駅ですれ違った」
数秒の沈黙があって声を上げたのは桃だ。
近くの席に座っていた中等部の生徒が何事かと、奇異の目を向けてくる。淑女らしくない行いに眉をひそめてもいた。
「あぁ、薄っすら覚えてる……ような」
「えー? 私覚えてない。あと桃うるさいし」
興奮気味の桃と違って紗千香、ここみは首をかしげる。
私もはっきり覚えてるわけじゃないけど……そんなこともあったような。
「身長はそこそこあって眠たそうな目しててちょっと猫背で頼りなさそうな」
「よく覚えてんね」
「桃、人の顔覚えるのは得意だからね!」
特徴は合ってる。
でも何だろう。ちょっとだけ嫌な気持ちになる。
「……頼りないことはないけど」
反射的に口が動いていた。
桃に悪気はなかったはず。でも、なんか、嫌だった。
「うわぁ……可愛いかよ。紗千香さん紗千香さん、ソフィアさん嫉妬してますよ」
「ここみさんここみさん私もこの目でしかと拝見しました」
「えっ⁉︎ 桃なんか悪いこと言ったかな⁉︎」
「べ、別に嫉妬じゃないし……」
これは嫉妬になるの? 私はただ先輩のことなんでそんなに覚えてるのか気になっただけ。
「ソフィーごめんよ〜」
「も、桃……っ! 暑いし恥ずかしいから抱きつかないで!」
「離れる代わりにどんな人か教えて! ね⁉︎」
対等な交換条件になってないよね? そう思いながらも、紗千香とここみも気になってるみたいだし、ここは私が折れることにした。近々相談したかったしちょうどいいタイミングだ。
「……先輩は、安心できる人かな。普段はどこか気が抜けてるし、誰に対しても腰が低いし、後輩の私にもすぐ謝るし……。桃が言ってたみたいにこれでもかって言うくらい頼りなさそうなんだよね。でも安心できる人。隣にいてくれたらいいなって思える人……かな」
「ふーん? まぁソフィアにそんな顔させるくらいだから大した人なんだろうけどさ」
にんまりとした紗千香の笑みに、顔が熱くなる。
「舞高の人?」
「う、うん」
「実は今日学校に来るのその人だったりして」
ここみがスマホを触りながらにんまりと笑っている。
それを横目に紗千香がからかってくる。
「来るの三野谷さんじゃないの?」
「違う違う。この学校でもちょっとした有名人だよ。最近めっちゃ可愛い彼女出来たらしい」
ここみのスマホにはあらゆる情報が詰まっている。
未発表だった合同文化祭の情報もいち早く入手していた。
「見せて見せて……っ!」
と、ここみのスマホを覗き込んだ桃が目を見開いて私に視線を向けた。
「この人ソフィーの好きな人じゃん!」
「え……」
そんな桃のセリフに、ここみが小さく声を上げて固まった。
今頃頭の中で情報を整理してるんだと思う。
だって私の好きな人は、この学校の中等部生徒会長香西緋奈の兄であり、素敵な彼女を持っている、香西拓人なのだから。
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