101
「……何話してたの? その、副会長さんと」
教室に戻る廊下の途中。隣を歩く奏がぽつりと聞いてきた。表情はやや暗い。
会話してるところを知っているとなると、俺が思ってるよりも早くあの場所にいたのだろうか。
生徒会室でのこともあり、奏は伊奈野さんに思うところがあるかもしれない。
そんな大した男じゃないぞ俺……。
「文化祭のことと、ちょっとした思い出話を聞かせてもらってた。奏を生徒会に誘ったことがあるって言ってたけど」
「あぁ……。あ、あのときは、嫌な断り方しちゃったんだ。突然だったから……その、驚いて……」
徐々に声量が落ちて行く。何を思ったのか、奏はしゅんと肩を落とすと立ち止まってしまった。
「ど、どうした?」
「幻滅した、よね」
不安げな眼差しにキュッと胸を掴まれる。
もしかしたら奏は、自分の悪口を言われたと思っているのかもしれない。
決してそんなことはないし、伊奈野さんもわざわざ彼氏である俺に奏の悪口なんて言うまい。
「伊奈野さんから聞いたのは、誘ったことがあるってだけだぞ。あと、奏を嫌いになるなんてことない……から、な」
俺は学校の廊下で何を言ってるんだろう。軽く死にたい。
「うん……私も、拓人君のことずっと好き」
あぁ……軽く死ねる可愛さだ。
「そ、それより、今日の放課後楽器屋見に行くんだよな」
「う、うん。鈴華さんと三野谷君とね」
「すまん、行けなくて」
「大丈夫。今度一緒に行こ」
互いに照れあって、止めた足を再び前に進める。
残念ながら今日の放課後はバイトがあり一緒には行けない。
すでに各々の担当する楽器も、披露する曲も決まっている。
俺はキーボード、奏はベースで斗季はギター&ボーカル。意外だったのは、滝がドラムに立候補したことだ。何でも一度やってみたかったとか。まぁ初心者の集まりだしやりたいことをやるのが一番だろう。
曲は、斗季からのリクエストがあってそれをやることになった。
普段からあまり音楽を聞かない俺と奏は知らなかったが、滝が言うには、そこそこ有名な曲なのだそうだ。
今日はその曲の楽譜と、ベース、ドラムを見に行くらしい。
やる気満々の三人に今更やっぱりやめようなんて言えない。かと言って、戸堀先輩のお願いを蔑ろにだってできない。
そんな板挟みに、ここ数日悩み続けているのだ。
「拓人君、あれ藍先輩……だよね」
階段の踊り場で不意に裾を掴まれる。
何かと思い奏に振り向けば、耳元でそう囁いた。
吐息がかかってくすぐったいし、腕が当たって柔らかいし、艶々な髪からいい匂いがする。この一瞬で奏を堪能してしまったか……。
「拓人君?」
「っ! あ、あぁ……そうだな。何やってんだろ」
邪な気持ちになってしまったことを後悔するくらいの無垢すぎるはてな顔に、精一杯のすまし顔で返事をして、壁際でソワソワしてる戸堀先輩に目を向ける。
誰か探してるのだろうか。何度も壁から顔を覗かせて廊下を見ている。
「あっ……もしかして三野谷君かなっ」
掴みっぱなしの裾を興奮気味にクイっと引っ張る奏。
嬉しそうなその表情は、恋バナ好きの乙女みたくなっている。
しかし奏の予想は、きっとハズレだ。
斗季を探すならスマホで連絡するのが一番手っ取り早いことくらい戸堀先輩なら知ってるはず。それに、今このタイミングで自分から接触するとは考えにくい。保健室から出て、わざわざ他学年の教室に足を運ぶってことは……。
俺は、昼休みに入ってから一度も見てないスマホを取り出して画面を開く。
『どうなってる?』
と、短いメッセージが戸堀先輩から届いていた。
先輩に斗季のことをお願いされてから一度も顔を合わせてないし、連絡もとってない。
何か進捗があればよかったんですけど……何も進んでないというか、何もできないというか、何もやってないというか……。
「やあ、奏ちゃんと後輩君」
スマホの画面に向かい心中で言い訳を述べていると、いつの間にやら先輩が目の前に。
にこやかな笑顔の裏にひしひしと感じる圧力……。これは変な誤解をされてらっしゃいますね……。
「ちょっと後輩君借りてってもいい?」
この人俺のこと奏の付属品かなにかだと思ってるのかな? 俺の発言権は?
「は、はい。でももう時間があまり……」
「大丈夫すぐ返すから」
「なら……どうぞ」
奏も簡単に話を受け入れるんじゃない……。
名残惜しそうにひらひらと手を振る奏に見送られ、俺は閉館間際の図書室へ連れてこられた。
受付に座っている見知った顔のクラスメイトは、読書に夢中で俺に気づいてない。
手近い席に座った戸堀先輩は、あごで向かいに座るよう指示を出す。き、嫌いじゃない。
「無視したね?」
椅子に座るやいなや汚い生き物を見るような目で、そう言ってきた。やっぱり誤解してる。
「してないですよ。先輩を無視するわけないじゃないですか」
「後輩君……嬉しいけどちょっと気持ち悪いね」
どう足掻いても罵倒されるんだよなぁ。それも嫌いじゃないけどね!
「……じゃあどうして返信してくれなかったのさ」
「文化祭の集まりに顔出してたんです。生徒会、風紀委員が周りにいたらスマホなんて触れませんよ」
「そ、そっか……そんなことか。よかった」
ない胸を撫で下ろす先輩は最高に愛くるしい。
「痛っ。先輩、足踏んでます」
「待ってたんでしょっ! 失礼なこと考えてるってわかるんだからね! はぁ……君はほんと変わらないね」
呆れた表情を浮かべる先輩も、いつもと変わらない。
改めて思う。俺はこの時間が好きなんだと。
「……斗季君から文化祭に誘われた」
少し間を置いて、伏目がちに先輩は声を震わした。
「よかったじゃないですか」
「よくないよ! 私頼んだよね……そうならないようにしてって」
先輩はもう気づいてる。斗季が文化祭の舞台で先輩に告白しようとしてることに。
「先輩は……斗季のこと好きなんですよね?」
「そ、それがどうしたのさ」
先輩の気持ちが変わったわけじゃない。
ならどうして、斗季からの告白を阻止したいのだろう。
先輩にとって一番の答えは、それなのか……?
「俺は、斗季も戸堀先輩も大切な友人だと思ってます。一方的な感情かもしれないですけど、これからも二人の友人であり続けたい。だから……」
時折見せる戸堀先輩の大人びた表情。見て見ぬふりをしてきた戸堀藍の、素顔。
怖いな。また俺は、同じことを繰り返すのか。
今度は、奏のときみたいに上手く行かないかもしれない。姉さんのときと同じ二の舞になるかもしれない。
でも俺は決めた。悩むのをやめた。
斗季にも戸堀先輩にも幸せになってもらいたいから、今を変えるための覚悟をしないとダメだ。
「ずっと聞きたかったことがあります」
「ん? どうしたの急に」
「戸堀先輩は……何を我慢してるんですか?」
「…………今さら、それを聞くんだね」
見開かれた瞳には、驚きと戸惑いと怒り、そして淋しさと喜び。
少女だった先輩が大人になった、ならなければならなかったきっかけ。
先輩は、俺以外の人にお願いを話してない。
元々友人がいないのもあるだろうけど、奏に相談してないのは、少々引っかかった。
何かが戸堀先輩の邪魔をしている。自分の気持ちに素直になれない、トラウマがある。
どうして俺に気づかせようとしてたのかはわからないが……。
「放課後、保健室に来て。そこで話すよ」
時計に目をやれば、昼休みも残り数分。
読書に夢中だった氷上も戸締まりを始めていた。
急いで図書室を出る。戻りの廊下は、いつもと違う景色に見えた。
読んでいただきありがとうございます。
感想、ブクマ感謝です!




