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お互いの夏休み中の話をしながら斗季と奏たちを待つこと数十分、『もうすぐ着くよ』と奏からメッセージが送られてきた。
店の入り口を見やれば奏と滝の姿が確認できる。
まるでどこに座ってるか知ってたみたいに、奏と目が合った。小さく手を上げると奏も手を振りかえしてくれる。
「お待たせだよ〜」
「いらっしゃい、滝さんと社さん。席どうします?」
「かなかなとたくたくが隣でいいんじゃない〜?」
俺と奏の返事を待つことなく、滝は斗季の隣に、奏も文句を言うことなく俺の隣へ腰掛ける。
文句を言われたら言われたで傷つくが、今の状況で何も言わないのも怖い。
そんな恐怖心を抱きながら奏の横顔を盗み見ていると、テーブルの下で奏が俺の手を握ってくる。
「今日はずっとこうしててね」
俺にしか聞こえない声で奏が言った。それがさっきの質問の答えだと、すぐにわかった。
白くて、細くて、柔らかい指が俺の指の間に滑り込んでくる。伝わる熱はやっぱり違和感があって、それでいて心地がいい。
こうやって奏は、態度でも好きの気持ちを伝えて来てくれる。自分に都合良く解釈するのなら、奏は嫉妬してたのかもしれない。
そうだとしたら……この子可愛すぎませんか……。
「どうした拓人、社さんのことそんなじろじろ見て」
「み、見てねぇーよ」
「さっきまで落ち込んでたのが嘘みたいだな」
余計なこと言うなよ。かっこ悪いだろうが。
「わぁーかなかなと一緒だねー。かなかなもさっきまで元気無かったのに、すっかり元気になってるよ」
「っ⁉︎ す、鈴華さん!」
「あー、これ言っちゃダメって言われてたんだった。でも凄かったんだよー、たくたくが他の子好きになっちゃったらどうしようとか、たくたくに嫌われちゃったらどうしようとか、ずっとたくたくのこと考えてて、私と遊んでるのに悪い子だなーって」
「そ、それは、すみませんでした!」
滝が狙ってやってるのか天然でやってるのか定かではないが、こんなに焦ってる奏もなかなかに珍しい。
どれくらい焦ってるかというと、繋いだ手をテーブルの上に出しちゃうくらいには焦ってる。
「拓人、お前は幸せ者すぎるぞ」
「かなかなもよかったね〜」
最初から心配なんてされてなかった。ただ、俺と奏の様子を見て楽しんでたんだな……。
純粋な奏はそんなことに気づくはずもなく、前髪を触って嬉しそうに笑うのだった。
追加の注文を済ませ、空になったグラスを満たしたところで斗季が手を上げて注目を集める。こほんとわざとらしい咳払いをすると、照れながらこう口にした。
「俺、文化祭で戸堀先輩に告白しようと思う」
「ほ、ほんとっ⁉︎」
「おーときときも青春してる〜」
若干身を乗り出した奏(手は繋ぎっぱなし)と、胸の前で控えめな拍手をする滝。
二人が来る前に、俺は斗季から夏休み中の話を聞いていた。そのほとんどが戸堀先輩との思い出話で、俺はてっきりもう付き合ってるのかと思ったほどだ。
本人たちから連絡がなかったことに軽くショックを受けてたが、まだ付き合ってはないみたいだな。
両思いなことを知ってる俺と奏にとって斗季の決断は、心待ちにしていたことでもある。俺たちの間でもちょくちょく話題に上がっていた。
きっと奏は、そんな気持ちが表に出てしまったのだろう。
「覚悟決めたんだな」
「おう。俺には先輩しかいないんだなって思ってな」
そんなセリフよく言えるな……。斗季だから似合うけど、俺なんかが口にしたら気持ち悪すぎて腹切るまである。
「いいなぁ……」
奏が羨ましそうに呟いた。繋いだ手にわずかな願望が流れ込んでくる。
俺は言わないからね? 死んじゃうから。
「そ、それで?」
告白するのはわかった。
結果は見えてるし、むしろ今からでもいいんじゃね? と思わなくもないが、わざわざこの場で宣言したのには理由があるはずだ。
……奏さん爪立てるのやめてくれませんか。
「実はお願いがあってだな……文化祭でバンド組まないか?」
「バンド? それと告白するのに何の関係があるんだよ」
「えーとだな……。その、文化祭のステージで告白しようかなと……」
「……マジか」
さすがは斗季と言うべきか。俺には到底思いつかない方法だ。思いついたとしても絶対実行には移さない。
去年の文化祭。斗季と戸堀先輩は、体育館でやっていたライブステージがとても印象に残ってたらしく、来年はバンドやろう! と二人で盛り上がっていた。
興奮冷めやらぬまま勢いで言ったことだと流していたが、まさか本気だったとは……。しかもそこで告白って……こいつはアニメの主人公なのか?
「それいいと思うっ!」
「うんうん、青春っぽい」
サプライズは人によって好みの分かれるところだが、この場にいる女子二人には好感触のようだ。
戸堀先輩もああ見えて意外と……いや、そのまんま乙女チックな部分があるから、嫌いではないかもしれない。むしろ好きそうだなあの人。
「ですよね! 頼む拓人一緒にやろう!」
正直、目立つようなことはしたくない。
文化祭のライブステージなんて、メインイベント中のメインイベントだ。多くの生徒が体育館に集まることだろう。
そんな場所に行きたくないし、ましてやバンドとして参加するなんて考えたくもない。
しかし、斗季の頼みとなると、無下にするわけにはいかない。
こいつには恩がある。それを抜いても唯一友人と呼べる存在だ、この繋がりだけは大切にしたい。それは、戸堀先輩も一緒だ。
「わかった。やるか、バンド」
「マジ助かる! サンキュー! 拓人がいれば百人力だ」
「他のメンバーはどうするんだよ。最低でもあと二人はいるだろ。できれば知ってる人がいいけど」
「……社さん、滝さん、どうですか」
「おい……」
「た、拓人誘うことしか考えてなかったんだよ」
何なのこいつ、俺のこと好きなの?
「私楽器弾けないよ?」
「私も〜」
「心配しなくて大丈夫です。俺も弾けないんで」
「そ、それは心配した方がいいと思うなぁ……」
言い出しっぺがこれだと心配するのもわかるぞ奏。
でも斗季は、中学時代にギターを少しだけかじっている。飽き性だからすぐやめてたけど。
「拓人君は?」
「……ちょっとだけ」
「えー! すごい!」
人に自慢できるほどの腕前ではないが、一応キーボードは弾ける。
始めたきっかけは、女子高生がバンドを組むアニメだ。
あの頃はアニメに影響されやすい時期だったからな……。若かりし頃の自分が恥ずかしいぜ。
まぁ友人の役に立てるなら、やっててよかったかもな。
「じゃ、じゃあ私もやろうかな……」
「ほんとですか⁉︎」
「せっかくのお誘いだし、私も三野谷君と藍先輩の応援したいから」
「断れない雰囲気だね〜。私もやるよ〜」
芋づる式にバンドメンバーの獲得を果たした斗季は、感極まって半分泣いていた。
この結果はきっと、斗季だからこそ生まれた結果だろう。
一世一代の告白。まだ何の準備もしていないのに、もう成功した気でいるのは気が早すぎるだろうか。
ずっと仲良くしてくれてる友人と、なんだかんだ面倒見のいい小さな先輩。
この二人は、俺にとってかけがえのない存在だ。
だから俺は、二人の幸せを心から願っている──。
それから、数日たったある日の放課後。
「急に呼び出してごめんね後輩君」
「いえ、戸堀先輩からの呼び出しならいつでも歓迎です」
「そんなこと言って、また奏ちゃん怒っちゃうよ?」
保健室でのいつもの雑談。もうすぐ親御さんが先輩を迎えにくるはずだ。
「時間もないし用件だけ話すね」
「メールでもよかったんじゃ?」
「ううん。これは、大事なことだから」
窓の隙間から入る風で揺れたカーテンと一緒に、先輩の少し伸びた髪がふわりとなびく。
それを抑える仕草は、その容姿と裏腹にどこか大人びていて、先輩が先輩なのだと再認識できる。
どうだろう、こんなこと考えてたらまた怒られるかもしれない。
しかし先輩は、俺の目を真っ直ぐに捉えて笑顔で言うのだ。
「私、斗季君からの告白を受ける気はない。だから斗季君が告白しないよう私に協力してくれない?」
──でも、もし、どちらか二人の味方をしなければいけなくなったとき、俺はどちらの味方になればいいのだろう。
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