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アスレクト王国

 桜と真緒が冒険者ギルドで暴れ、すぐにこの国を出た当日の夜。勇者を召喚したアスレクト王国の王宮で国王は宰相からある報告を受けていた。





「そうか……。そのようなことが」


「はい。本日冒険者ギルドにて二人組の新人冒険者の片割れがDランクの冒険者を軽くあしらったそうです。そしてその新人冒険者は全力とは程遠くまるで子供をあやしているかのようだったと」


「ふむ。Dランクの冒険者を子供扱いか。そのような頼れる人間が我が国にいたとは頼もしいな。一体何者だ?」


「容姿はどちらも黒髪黒目だったと聞いております」


「何だと?」


 国王が驚くのも無理はない。何故なら現在この国、この大陸に黒髪黒目の人間はひとりとして存在しないからだ。もし黒髪黒目の人間がいたならばそれは今日召喚された勇者の身内に他ならない。


「ええ。我々が召喚した勇者達も黒髪黒目のものが大半です。恐らく何か関係があるのではないかと思われます」


「興味深いな。詳しいことは?」


「そこまでは。何分今日ギルドに登録されたようでギルドの方でも詳しいことはほとんど分からないそうです」


「それもそうか。して、他にないのか?」


「どうやら魔王について調べているようです。この国の位置と魔王城の位置を確認していたとのことです」


「魔王について、か」


 国王は思案するように呟く。もしかしたら仲間になってくれるかあるいは仲間までとはいかずとも共闘はしてくれるかもしれないと考える。


 数年前にそれは突如現れ大量の魔物を率いて村や町を蹂躙した。瞬く間に人類の敵として討伐しようと思った矢先にそれは先代の魔王城にこもってしまったのだ。この世界の人類は完全に後手に回されたのだ。それから時折魔物が国を襲うようになった。桜が召喚されたときに国王や宰相から感じた雰囲気はいつ魔物が国を襲うか分からないという焦りだった。今もその焦りは消えていない。むしろ夜の方が魔物が活発に活動する時間帯だからだ。しかも脅威はそれだけでは無い。


「せめてその新人冒険者とやらが、()()()()を一体でも倒してくれるとありがたいのだが……」


「それは高望みというやつでしょう」


「ふむ。しかし先代勇者は女だったと聞く。もしかしたら、という期待がどうしても捨てきれぬのだ」


「それはそうですが……」


 惜しい、と切実に国王も宰相も口には出さないが内心思っている。それはそうだろう。桜と真緒は知る由もなかったがDランク冒険者はひとりで多数の魔物を仕留めるだけの能力を持っている。とうとうふたりが最後まで名前を覚えなかったエルツもそれなりの実力はあったのだ。ただ戦った真緒が異常なだけである。


 そんなDランク冒険者を軽くあしらったというのだから確実にCランク、もしかしたらBランク以上の実力があるのかもしれない。そんな人材をみすみす見逃してしまったのだ。実際は一緒に召喚された時点から逃したのだが。


「しかし実際に戦っているところを見たかったが……もうこの国にはいないのだったな?」


「はい。行き先は不明ですが北門から出たと報告があったので目的地は隣国のライント王国ではないかと」


「ではギルドからライント王国のギルドに伝えてもらう他あるまい。明日ギルドマスターに伝えておいてくれ。勇者と共に魔王を討ってはくれぬかとな」


「はっ! かしこまりました」


「うむ。では下がってよい」


「はい。では最後におひとつだけ」


「なんだ」


「新人冒険者のことですが、ギルドマスター曰くこれから名が知られていくだろうということで名前だけは聞き及んでいます」


「ほう。してその名とは?」


「サクラとマオと、そう名乗ったそうです」






 同時刻、アスレクト王国王宮内に用意された一室で少女は静かに佇んでいた。


「すぅ……はぁ……」


 少女に宛てがわれた部屋の机には大量の本が積み重なっている。それも魔術に関するものばかりの本だ。本来ならば魔術の訓練は明日以降に宮廷魔術師が行うためそこで初めて魔力を扱う訓練をするのだが、少女は姉から託された言葉通りに行動したのだ。


 追いついてみせろと少女の姉は言った。だったらその日から始めないと到底追いつけないと考えた少女は早速メイドに尋ね図書室から魔術に関する本を借りてきたのだ。


 現在少女が行っているのは魔力を知覚する訓練である。この世界にいるものは魔力を誰でも扱うことができる。それが人間であろうと獣人であろうとエルフであろうと、魔物であろうとも、果てには植物であろうともこの世界にいる限り生命あるものは等しく魔力を扱うことができる。それがたとえ――()()()()()()()()()()


「まずは、魔力の位置……」


 魔力は体内を巡っている。だがその出発点はどこにあるのか。それを知覚することから魔力を扱う訓練は始まる。答えは心臓である。正確には心臓と同じ位置にある。魔力は血液と同じように全身を駆け巡っているのだ。出発点さえ知覚できれば魔力を扱うことはすぐにでも可能だ。


「……これかな。次は流れの意識」


 心臓の位置に温かいものを知覚することができたら次は流れを意識することだ。全身を駆け巡っているものを知覚できたなら意識して流れを早くすることも一箇所に集めることもできるようになる。


「……流れてる。温かい」


 無事に流れを掴んだ少女――若葉はとうとう魔術を行使しようとする。だがそこでどの魔術を使おうか悩む。魔術には属性が存在している。火、水、土、風の4属性に希少な光と闇。そしてどの属性にも属さない無属性の合計7種類だ。


 そしてそれぞれの属性には適性というものがある。人によって使える属性と使えない属性があるということだ。どの属性が使えるかはパーソナルカードに記してあり、ひと目でわかるようになっている。


 若葉のカードに記されているのは(全)という文字。これは全ての属性魔術を行使できるという意味だ。もちろん得意不得意はあるがそれは本人次第であろう。因みに桜と真緒も全属性の魔術が使えるが、桜は水属性が得意で土属性を苦手としており真緒は元魔王ということもあり、闇属性が得意で光属性を苦手としている。


「火は危ないし水は濡れるからダメ。土は汚れるから風だね」


 部屋の中でこっそり魔術を試すために痕跡の残りそうなものは外していく。光と闇は希少ということもあったが何より試したくなかったために選択肢から外し、無属性はそもそもイメージができないために除外。残るは四属性だが、若葉の言った通り土は汚れる、というよりも魔術で出した岩や砂は消えない上にそもそも室内で行使するのに向いていない。自分の周囲に土関係のものが存在しているときこそ土属性は真価を発揮するためこちらも除外。そして水も同様に魔術で出した場合消えずに残るために外す。火は最早論外だ。結果残ったのは風のみとなった。


 魔術を使う前に若葉は窓を開いて外を見る。今頃姉はどこを歩いて何を目指しているのだろうかと物思いに耽り、すぐにその思いを(かぶり)を振って外へと追いやる。今考えてもしょうがないことだ。今考えるべきなのはどうやって追いつくかと、どれくらいで追いつくのかということだ。


 中学生の頃に偶然聞いてしまったことが本当ならば姉は相当高い位置にいるはずだ。それも恐らくは世界の頂点に達する域であろう。遥か高みの目標を目指すのはいつぶりかと少しだけ武者震いがする。たとえ世界が変わろうとあの日から姉に抱いた尊敬は衰えはしないのだ。むしろ自分が追いつけることへの高揚感とでも言うべき感情が武者震いの原因だろう。


 少しだけ目を瞑り待っててねと心の中で呟いてから、よし! と小さく零して魔術の練習へと戻る。


「魔力を掌に集めるイメージ……。『(ウィンド)』!」


 風の魔術を開いた窓の外に向けて使う。行使する魔術はギルドの試合場で真緒が最後に使った初級風魔術『(ウィンド)』。バレるといけないので抑え気味に放とうとするが、直前に気合いを入れたのがいけなかったのか少し魔力を抑えるのが甘かった。


「あ」


 本来の『(ウィンド)』は自分のイメージした場所から風を吹かせる魔術だ。その向きや性質はイメージによって変えることができ、威力は込める魔力の量で変わるという汎用性の高い魔術なのだ。


 若葉が失敗したのはその込める魔力の量である。若葉は知らなかったのだ。魔術に込める魔力量というものを。


 例えば『風』を10の魔力を込めて発動したとしよう。その場合放たれる『風』は少し強めの風が吹く程度のものだ。せいぜいが軽いものを動かす程度の風だろう。一般の冒険者が込める魔力量はせいぜいが40から50程度のものだろう。この時点でかなり強力な風が吹く。最早人が立っていられるレベルではない。魔物と戦う以外に日常では全く使われないであろう。


 今回若葉が込めた魔力量はおよそ20。込める魔力量が倍になっただけでも魔術の効果はかなり上がる。その威力は台風と同レベルと考えて良い。魔物は倒せずともかなりの強風が王宮の一室から吹き出したのだ。当然騒ぎになる。急いで若葉は魔術を止めようとしたが止め方が分からず部屋まで慌てて走ってきたメイドに見つかった。



 その後無事に『風』は止まったのだが、メイドから報告を受けた先生からこってり絞られたのだった。



 ちなみに同じ報告を受けた宰相と国王は揃って頭を抱えたという。






 そしてギルドでは一人の女性が頭を抱えていた。考えていることは今日のギルドでの出来事。登録しにきた新人にDランク冒険者が喧嘩をふっかけ、それを圧倒的な力で返り討ちにしたことについてだ。


 最初にギルドに入ってきたときはなんとも思わなかったが、二人の格好を見て新人の受付嬢には荷が重いと思ったために早めに受付を変わって二人の対応をした。紺色のここらでは全くと言っていい程見かけない綺麗に整った上着とスカート、胸元には可愛らしい赤色の細いリボンが結ばれている格好。そして二人揃って黒髪に黒目。まるで伝説の勇者様のようだった。まず新人には任せられない相手だろう。もしかしたら貴族かもしれないと思ったからだ。


 結果としては貴族ではなかった。けどまさか試合場まで使うとは思っていなかった。それはそうだろう。少女達がどれ程強いのかは分からないが相手はDランク冒険者。それなりに実力はあるのだ。だから必死になって止めたのだが聞き入れてはくれなかった。


 ……まさかその後に圧倒的な力の差があることを見せつけられるとも思っていなかったが。


 今頃は既に国王の元までギルドマスターから宰相を通して伝わっているだろう。といっても恐らくは名前と今日あった出来事程度しか伝えないし、それしか伝えられないのだが。


 全てを伝えるにはギルドにいる時間も知る時間も短すぎた。なぜならこれは登録初日に起きている出来事だからだ。


 しかしギルドの総意としてある確信があった。この先あの二人の名はこれから伝わっていくだろうと。既にギルド周辺ではDランク冒険者が新人にボロボロにされたという話が広まっている。一度広まってしまった噂は長い間消えないものだ。それも恐らくは今回は目撃者が多数いるためにかなりの期間噂されることだろう。


 だがギルドとしてはそれを止める術はないし止めようとも思っていない。理由は単純暴れていた冒険者の行動が最近目に余っていたからだ。何度注意しても効果は見られなかったために今回はいい薬になっただろうと思っていたりする。



 それがどのような効果を齎すか分かるのは少し先の話だ。



 やがて受付嬢はため息を零し、二人について考えてもしょうがないと頭を振ってから立ち上がりギルドを後にした。翌日ギルドマスターから二人について他国のギルドに伝えておくように言われるまで彼女は束の間の休息を過ごすのだった。

お久しぶりです。

2019年のうちに投稿しようと思い早2ヶ月。

あけましておめでとうございます。本日は閏年です。

……はい。反省してます。

体調管理がなっていなくてですね。ちょっとバタバタしてました。


ちょこちょこ今までの話を読み返しては修正というのを繰り返していたんですが、どうしても筆がのらなくてですね、その、こんなに期間が空いてしまいました。許してください。


これからも遅くなるとは思いますが(反省してない)、読んでいただけると嬉しい所存です。


次は主人公視点に戻ります(予定)。

なるべく次の話は早めに投稿しようと思っています。



感想や質問がございましたら気軽にコメントしてください。

まあ、読んでくれてる人がいればの話になりますがね……。



2020/07/31 誤字を修正しました。

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