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篠浜若葉

前回言った通り若葉視点です。

 気づけば私はまったく見覚えのない場所にいた。周りを見渡せばどうやら私だけじゃなくてクラス全員がいるらしい。でもこのときの私は頭が働いていなかった。お姉ちゃんと真緒が居ないことに気づかなかった。ただぼんやりと辺りを眺め、ただぼんやりと先生についていくだけだった。


 宰相に連れられて来た場所では国王様という人がいきなり魔王を倒せと言ってきた。私達が倒さなければならない理由は先生が尋ねてくれたから理解はできたけど納得はできなかった。


 ――どうして私達なんだろう。


 渡されたパーソナルカードとかいうものに称号として勇者と書かれていたのを見ても疑問ばかりが浮かんだ。


 ――どうして私なんだろう。






 私は割と昔から、それこそ物心ついたときから大体のことはできた。運動も勉強もゲームも頑張れば大体は1番を取れた。でもお姉ちゃんはいつも平均しか取れなかった。勉強も運動もゲームでさえ全てが平均だった。

 実の姉に向けてこんなことを言うのはあれだが、私のお姉ちゃんは地味だ。いつも眼鏡をかけて髪を長く伸ばすことで顔を自然に隠して目立たないようにしている。同じ顔をしてるはずなのに全く違う印象を受けるのはそのせいだろう。

 だから周りはいつも私とお姉ちゃんを比べてたけどお姉ちゃんは何も気にしていなかった。私も気にしていなかった。比べることになんの意味があるのか分からなかったから。こんなもんなんだって思ってた。



 ――あのときまでは。



 ある夜、私はトイレに行きたくなって目を覚ました。行って帰ってくればそれで終わり。ベッドに潜って寝ればいつも通りの朝がやってくる。


 けれどその日は何故か寝付けなくて飲み物を取りに行くことにした。冷蔵庫から飲み物を取って部屋に帰って窓を開けると家の外から話し声が聞こえてきたのだ。もう深夜だというのに外から声が聞こえてきて思わず怖くなったけど、でもよく聞いたらお姉ちゃんの声に似ていると思ったからそっと窓に近づき聞き耳を立てた。


 どうやら隣の家の真緒とかいう幼馴染と会話しているらしい。でもこのとき私達は中学生だったから普通は外に出ることなど許されない。それなのに外に出ていることが妙に気になり会話を聞くことにした。


「お主、なぜ全力を出さぬ」


「なぜって?」


「お主は本来なら妹よりも更に上に行けるはずじゃろ。なぜじゃ? お主に勝てるものなど誰もおらぬというのに」


 ただ驚くしかなかった。今までの成績は全て手を抜いていたというのかと。私は馬鹿にされていると思った。見下されているのだと。哀れんでいるのだと思った。でも違った。それはただの早とちりだった。


「真緒。私達は本来死んでるはずなんだよ。産まれるはずもなかった人間なんだ。それは分かってるよね?」


「それはそうじゃが……」


「真緒は楽しんでるからね。納得いかないのは分かるよ。……でもね。私はもういいんだ。もう、疲れたんだ」



 ……………は?



 本来なら死んでる? 産まれるはずもなかった? お姉ちゃんと真緒が?


 何を言ってるんだろう。だって、そんな、今は生きて……。


 疲れたってなに? 死ぬってこと?


「そうか。お主は……」


「ダメだよ真緒。それ以上は」


「しかし……」


「大丈夫だよ。まだ生きなきゃいけないからね。約束は守るよ」


「……」


「そうだね。終わったら私は多分死ぬかもしれない。たった数十年だけしか生きていないけど、あのとき私は充分満足したんだよ」


 何を言っているのかひとつも分からない。数十年? あのとき? ……約束? どれも私が何ひとつ知らないことばかりだ。双子のはずなのに。いつも私が側に居たはずなのに。


「だから。私は大人しくしておかなきゃ。本来ならいないはずの人間は才能溢れる人間の邪魔をしてはいけない。若葉の未来を私が隠してはいけない。死人は目立っちゃいけないんだ。それが理由。分かった?」


「……ああ。よく分かった」


「それにね真緒。若葉はとびきり優秀だから、その上となるとかなり人間としては普通ではいられない。若葉と同じくらいの才能を持つ人間はまだいる。でもそれ以上はいない。それにあの子に知られたら? こんなに頑張ってこんなに努力してそれでも呆れるほど差がありました、って。そんなの家族なら耐えられない。ましてや双子だよ。普通なら多分嫉妬するんじゃないかな。生憎そんな感情は向けられることに慣れてるからいいけどね。だから私はあの子の邪魔をしない。あの子は何も知らなくていい。いずれ私はあの子の前から消える。そうすれば私の苦しみも、あの子は私という邪魔もなくなって終わり。だからね真緒。もし私がいなくなってもあの子には何も教えないでね」


 ……全然知らなかった。私はお姉ちゃんのことを何も知らなかったんだ。今でも分からないけど少なくとも私を思ってくれてることだけは分かった。お姉ちゃんは私のことをなんとも思ってないと勝手に決めつけてたから、それがなんだか少し嬉しかった。


 でもちょっとだけ悔しかった。ずっと一緒にいたはずの私よりもただの幼馴染である真緒がお姉ちゃんのことをずっと理解していることが。共通の約束を二人がしていることが。お姉ちゃんが私に何も言わぬままに消えようとしていることが。


「お主はそれでよいのか? ずっと周りに誤解されたまま、妹にすら誤解されたままお主は生きて、そして消えると。本当にそれでよいのか?」


「いいんだよ。私には充分すぎるよ。妹ができて、家族と静かに過ごせて……。これ以上望んだらそれこそ罰があたっちゃうよ。これが私の望んだもの、『普通の生活』ってやつなんだから」


「……そうか。お主がよいと言うのであればそれでよい。さて、そろそろお開きといこうではないか。明日も学校がある故な。おやすみじゃ桜」


「おやすみ真緒」


 ……そこで会話は終わった。限界だった。私はひとり部屋で泣いていた。お姉ちゃんが私を気遣っていることにまったく気づかなかった自分が情けなくてしょうがなかった。だから私は決めた。


 お姉ちゃんが言っていたことは私には何も分からなかったけど聞いたところで教えてはくれないということは予想がついた。だから何も知らないふりをしながら、何も知らなかったときと同じように私は生きていこうと決めた。


 このとき初めてお姉ちゃんの人間らしい姿を垣間見たんだと思う。いや、初めてはっきりと感じたんだと思う。今思えば感じとる予兆のようなものはあった。だって周りはとやかく言うくせに親だけは何も言わなかったから。お姉ちゃんは勉強で分からないことは何も聞いてこなかったから。――きれいに平均点を取りすぎてるから。私はお姉ちゃんに頼られたことが一度もないのだ。


 だから私は決めた。お姉ちゃんを自分の側から離さない、逃がしてたまるかってね。そしていつか私に頼る日を待ち続けるんだ。


 そして次の日からお姉ちゃんにくっついて行くことにした。学校に行くときも勉強するときも、進学する高校も全部お姉ちゃんについていった。お姉ちゃんは少し急激な変化に戸惑ってたけど『しょうがないなあ』という反応で私が側にいることを許してくれた。






 高校に進学したあとも変わらずに続けた。そのときには既に私にとってお姉ちゃんは大切な存在だったから、一度だけ『友達と一緒に行けばいいのに』と言われたときには思わず泣いてしまった。結果的にはそのセリフでお姉ちゃんがいなくなってしまうと思った早とちりに過ぎなかったけど、あれはかなり恥ずかしかった。



 ずっとこんな日が続けばいいと思っていた。今日も何も起こらずにいつも通りの生活ができると思っていた。そんなはずがないのに。一瞬先で死ぬ可能性のある現代でそんな願いが叶うはずもないのに……。



 こんなことが起きるなんて誰が予想できたんだろう。






 ぼんやりとカードを眺めていると不意に誰かに抱きしめられる感覚がした。そうだ、お姉ちゃんは?


「お姉ちゃん……?」


 ずっとお姉ちゃんのことを考えていたくせに今この場にいるかどうかの確認をしていないことを思い出した。辺りを見渡してようやくお姉ちゃんと真緒が居ないことに気づいた。


「愛してるよ若葉」


「お姉ちゃん?」


 唐突に告げられた言葉に私は嫌な予感しかしなかった。続けられた言葉にそれは確信へと変わった。


「さよなら。また会おうね」


「待って! どこに行くの! 私を置いていかないで!」


 私は叫んだ。姿は見えないけど確かにそこにいるという感覚だけがある。そして――


「さよなら」


 抱きしめられていた感覚が離れていく。私は振り返り追いかけようとしたけど何かに阻まれてこれ以上進むことができない。


「お姉ちゃん! 待って!」


 この声がもう届いてないのかもしれないけど、叫ばずにはいられなかった。


「待ってよ……。お姉ちゃん……」


 願いが通じたのか、声が届いたのかは分からないけど確かに私は二人の姿を見た。私に背を向けながらもこちらを少しだけ見ている姿を。






 そのあとのことは覚えていない。気づいたときにはひとりずつに与えられた部屋にいたから。あとから聞いた話だけど私は突然泣き出したらしい。その様子を見てお姉ちゃんと真緒がいないことに気づいたクラスメイトがそのことを国王と宰相に伝えたところ、別の場所に飛ばされてしまったのではないかと言われたとか。


 私が見たのは幻覚だったのだろうか。いや絶対に違う。あの姿は、あの温もりは、あの言葉は全て本物だった。これから先どうしたらいいんだろう。私はお姉ちゃんがいないとだめみたいだ。


「助けて……お姉ちゃん……」


 つい零してしまった。けど来るわけもなく仕方なしに着替えようとしたときに制服のポケットに紙が入ってることに気がついた。


「これは……? ……! お姉ちゃん!」


 これはお姉ちゃんからの手紙だ。やっぱりあの姿は本物だったんだ。でもあまり芳しい内容の手紙ではない気がする。よく読んでみなきゃ。お姉ちゃんの伝えたいことは悪いことじゃないはずだから。






 ―――――――――――――――――――――――――

 若葉へ



 これを読んでるということは手紙には気づいたってことだね。まああまり時間がないから手短に伝えるね。

 まず私と真緒は先に行くということ。これでも私たちはかなり強いから大丈夫。心配は要らないよ。私達が先に行く理由は、まあ強すぎるからだね。皆私達に依存しちゃうと思うしなにより私達は異端にすぎるからね。

 次は私達は陰から若葉を見守っているということ。方法は言えないけど、ちゃんと見守っているから。

 最後に、もし命に危険が迫るようなことがあれば思いっきり私達を呼びなさい。なんでもいい。とにかく助けを呼びなさい。必ず行くから。でも無闇に呼んじゃだめよ? あなたのためにならないから。私はあなたがただ守られるだけの子じゃないって知ってるよ。だから今はこれだけ伝えるね。



 ――私に追いついてみせなさい。



 私はあなたの行く先の果てで待っててあげる。だから、私を追いかけておいで。大丈夫。あなたは私の自慢の妹なんだから。絶対にできるよ。

 私はあなたが追いつくのを楽しみにしてるね。



                      桜より

 ―――――――――――――――――――――――――







「お姉ちゃん……! うん……! 私頑張る……! お姉ちゃんに追いつけるように頑張るよ……! お姉ちゃんが私を頼ってくれるくらい強く……!」


 私は涙が止まらなかったけど、拳を強く握りしめた。強く強く。そして手紙を大事に制服のポケットにしまい窓から空を見上げる。


「お姉ちゃん。これから私頑張るよ。お姉ちゃんの妹として。勇者として。だから待っててね」


 涙はもう止まっていた。これからは今できることを考えていこう。まずはとりあえず――。


「……お腹空いた」


 この空腹をどうするかだね……。

どうでしたかね。時々このようにして若葉視点を入れていきたいと思っています。

投稿が遅れた理由?

大したことじゃないですよ。ただの体調不良で休んでただけですよ。ごめんなさい。

次は遅くなると思います。


ちなみに時間的には昼飯を食べた後なんですが若葉は育ち盛りな上に運動もするので大変消費します。弁当だけでは足りなかったということです。

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