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魔術師の極地

「さて、そろそろ走り込みもいいかな?」


 私の目の前には今まで走っていたクラスメート達が、ぜぇぜぇと呼吸を荒く繰り返しながら地面に伸びている。これが死屍累々ということかな、と割とどうでもいいことを考えている。お、最後の一人が帰ってきて……崩れ落ちた。


「これで全員帰ってきたね。じゃあさっきの運動場に戻ろうか」


「いや……はぁ、はぁ……もうちょい、休ませて、はぁ、ください……!」


「いや君少し休めたでしょ? じゃあもう十分だよね?」


「「「「「……」」」」」


 あ、全員顔が死んだ。口から魂みたいなのが出てる人もいる。しょうがない。少しだけ真面目な話をしよう。


「はぁ、良い? 例えば今この瞬間、君達が魔物を倒したとしよう。それが全力を尽くした、まさに死闘とも呼べる程の戦いだったとして……その後突然飛び出してきた魔物に少し待ってくれと言ったら通じると思ってる?」


 全員がポカンとしている。


「昨日も言ったけどね。疲れたから戦えませんというのはね、通用しない世界なの。それだとただ死ぬのを待つだけ。だから今すぐにでも鍛えないといけないってことをもう少し自覚した方が良い。君達は『勇者』なんだから。確かに今は厳しいと思うし私も実際にやられたら、『なんだコイツ』って思う。ていうか多分斬りかかると思う」


 クラスメートの顔がゆっくりと私の方を向く。若葉なんか目をキラキラさせてる。……なんで? あ、魂も帰ってきた。


「でもね、いずれは実感する瞬間が来るんだ。あのとき訳の分からないまま体力作りという名の何かを延々とやらされた意味はこれだったんだ、って。これはね、どんなことでも同じ。君達が勉強してきたこともそうした積み重ねが実感した瞬間があったはずだよ」


 心当たりがあるんだろう。言われて気付いたような表情をしている。


「別に今すぐ強くなれと言ってる訳じゃない。君達は確かに不運なのかもしれないし、残酷な運命を背負ってしまったのかもしれない。それでも経験は必ず君達の血肉となって報いてくれるよ」


 ……なんて、柄にもなく真面目な話をしてしまった。少しだけむず痒かったので誰にも顔を見られないよう隠す。


 ただ言ったことは嘘ではない。ここでの経験が後々どこかで必ず活きる日が来るのだ。それは人によって違うけれど重大な選択を迫られてたり、あるいは生死がかかった場面での走馬灯だったりと様々だけど、総じて人生の岐路というやつになるのだ。


「さて、そんなことより早く戻るよ。今ならまだ面白いものが見れるかもしれないからね」





「これは……?」


「こりゃまた随分と一方的だね」


「こんなにか……」


 運動場に戻ってくると、さっきまでとは違って地面が捲れ上がったり穴が空いたりとぐちゃぐちゃだ。ただその範囲は決まっていて綺麗に四角形で、陥没したところとそうでないところが分かれている。確実に真緒の結界だろう。そして荒れ果てた運動場の中心には地面に片膝をつき肩で息をしている隊長と、対照的に胸を張って仁王立ちをしている真緒が向かい合っていた。あといつの間にか奥には昨日ボコボコにした騎士達も見える。


「……む? もう帰ってきてしまったか。早いのぉ……おいグラウよ、そろそろ終いじゃ。最後に何かあれば全力を尽くすが良い」


「楽しい時間は直ぐに終わってしまうとは、はぁ、まさにこのことだな。では、最後らしくとっておきを見せるとしよう」


 やっぱり早めに来て正解だったね。これから先、若葉達が見ることができるか分からない魔術師としての究極。良い機会だ。若葉だけじゃなくクラスメートにも先を知ってもらおう。


「若葉でも魔術適正持ちでも良いけど、しっかりと目に焼き付けておくことを勧めるよ。あれは君達が目指すべき魔術師としてのある種の極地だ」


「は、はい!」


 ちょうど近くにいた適正持ちなのであろう女子が返事をする。いい子だね。でもごめん、誰だったかは覚えてない。


「『限界突破』」


「ほぉ、お主も使えるのか。意外と使えるやつが多いんじゃな」


「どこかで戦ったのか。そいつがどうだったかは知らんが、私のは少し違う」


「違うとは?」


「君にとっては微々たる差かもしれないが、もう一段階上がある」


「それは楽しみじゃな」


「ああ。ガッカリさせないよう努めよう」


 ふぅ、と一つだけ息をこぼす。




「――『限界超越』」




 途端、ゾワッ、と全身に鳥肌が立つ。結界越しでも感じるほどの圧力が隊長から放たれる。横にいた女子は自分の体をギュッと強く抱いている。他にも気を強く持つために同じような仕草をしている人がちらほらいる。そんなプレッシャーの中でもあの戦闘狂(バカ)は――


「は、はは、ははははははははは! 良い! 良いぞグラウ! なかなか楽しませるじゃないかお主!」


 笑っていた。嗤いながら涼しい顔で見つめていた。まるで親が子の成長を愛でるような、そんな矛盾と慈愛に満ちた瞳を隊長に向けていた。


「では行くぞ!」


 瞬間、隊長は消えた。続いて甲高い金属のような音が響く。


「うわっ!」


「きゃああ!」


 辺りに響く不快音、そして遅れて響く衝撃。思わず悲鳴がクラスメート達からこぼれ落ちる。だがそれは一度だけで終わる訳が当然無く。


「まだまだ行くぞ!」


 宣言通り何度も連続して響き渡る音。攻撃されている当の本人は笑いながら愉しそうに防御している。


「あれどうやって防いでるんだ?」


「ただ立ってるだけ……にしか見えないよね」


 そう。何も知らない人から見ると真緒はただ立って攻撃を防いでいるようにしか見えないのだ。もちろんそんなはずがない。いや、多分防御しなくても真緒なら防げるとは思うんだけど、そんなことをすればまず人間かどうか疑われてしまうし、変な評判も広がってしまう。いや、あいつギルドで似たようなことやったな……。真緒がそんなことまで覚えてるかは知らないけど。まあ、しょうがない。


「あの戦闘を見るためにちょっとだけ授業をするよ。昨日の模擬戦で若葉には身体強化の際は魔力を集めると教えたね。それはどことどこだった? はい、いつの間にか隣に来てた若葉」


「えっと、足と目?」


「正解。じゃあその目に集めるのは何のためだった?」


「……あ!」


「気付いたね。そう、動体視力だよ」


 目で追えない戦闘は目に魔力を集める。これは戦闘の基礎と言っていい。


「じゃあ魔力の集め方なんだけど、これは魔術師の適正を持つ子なら感覚で分かると思う。あとは目に集めるだけ。戦闘系スキルの子達は魔力の流れを知覚することから始めるんだけど、今回は時間が無いから私がサポートするよ。みんな手を繋いで」


 はい、と差し出した手を何故か若葉が繋ぐ。いやあんたは自分で昨日できたんだからいらないでしょ。


「……なんで?」


「え? えへへ」


「はぁ……じゃあみんな手を繋いだら最後に若葉と繋いで」


 わらわらと急いで手を繋ぎ合うクラスメート達。いや男女間で恥ずかしがるな思春期共。


「はい、繋いだね。それじゃいくよ。『接続共有(リンクシェア)』」


 自分の手を通して私の魔力を全員に通していく。腕から心臓を通り目元まで動かして心臓に戻って逆の腕から隣の人の腕を通る。これの繰り返し。これで魔力の知覚と魔力というものについて分かったはずだし、数分程度ならこの戦いも補足できるでしょう。これで終わりと若葉から手を離す。


「あっ……」


 こら、変な声を出さない。それよりも。


「全員身体の中を何か通った感覚があったでしょ。それが魔力。そしてそれを自然に動かせるようになるのがこの先必要になってくる技術ね。これは戦闘以外にも使えることが多いから今から練習しておくと良い。まあそれはおいおいキリハから教わるとして、今はあれがどうなってるかを良く見てみると良いよ」


 魔力を目に集めてようやく見えることが可能になるレベルの高速戦闘。


「くっ! 相変わらずなんて芸当だ! この速度でその対応! 並の騎士なら何が起きてるか分からないまま君にやられるだろう!」


「ふはは! そんなに褒めても精々本気しか出せぬぞ!」


「それは光栄だな、っと!」


「「「「「……」」」」」


 あまりの異常さに言葉が出ないのだろう。うん、気持ちは分かる。私も初めて見たときは叫んだものだ。


「相変わらず魔力操作に関しては勝てる気がしないね」


 魔術師には『魔力障壁』という自らの魔力を用いた防御手段が存在する。性能は魔力に依存するが、大体のものを防げるというそれなりの性能をもつ優れた障壁だ。大抵の魔術師は魔力障壁で敵の攻撃を防ぐ。


 真緒もその例に漏れず魔力障壁を用いるが、真緒がおこなっているのは更に上の次元。相手の攻撃にピンポイントで障壁を展開しては解除するというイカれた絶技。まさに理想の防御方法、神業と言ってもいい。あれを突破するには真緒にも対処しきれない程の手数で押すか、真緒の障壁を凌駕するレベルの魔力を込めるかの2つになる。


 ただそれはどちらも現実的ではない。あれでも真緒は戦闘に関して処理能力は抜群に高い。そのうえ魔力量もかなり多い。故に真緒の魔力障壁を突破するのは至難の業だ。


 しかも何が嫌かって毎回障壁を張りなおしてるから、たとえ障壁にヒビを入れられたとしても関係ないということ。一回で割られない限りは永遠に真緒に攻撃は届かない。あれは本当に……思い出すだけでムカついてきたな。お、隊長の動きが止まった。


「やはり、はぁ、届かないか……!」


「うむ。悪くはないがな。わしに届かせるには少しばかり足りんな」


「少し、にしてはかなり高い壁だな……」


「その方が挑み甲斐があるというものじゃろ?」


「ははは! 違いない! こんなにも遠いと思ったのは久方振りだ! やはり君達に頼んで正解だったな」


「お眼鏡にかなってなによりじゃ。それじゃあ最後にお主の渾身の一撃とやらを見せてみよ」


「ああ!」


 剣を正面に掲げ目を閉じる。魔力が剣に集まっていくのがハッキリと見える。それはギルドのハゲだるまよりもかなり洗練されており、綺麗に魔力を纏わせることができている。これだけで実力の違いがハッキリ分かるというものだ。


「では行くぞ!」


「うむ! お主の全力をわしに見せてみよ!」


「――『轟閃裂空』!」


 隊長が強く踏み込み剣を振り下ろした瞬間――音が、消えた。


 勿論実際に消えた訳じゃない。けどそう錯覚するほどに撒き散らされた()。まるで自分の聴覚が殺されたかのような()()()()()()()。間違いなく隊長の全力を纏ったであろう巨大な斬撃は瞬きする間もなく真緒に迫り、真緒の眼前でぶつかった。


「隊長の『轟閃裂空』が……!」


「どうなってるんだ!?」


 向こうの騎士達も驚いている。恐らく止められるとは思ってなかったのだろう。それだけで隊長への信頼の高さが伺える。ただ自らの全てを止められている当の本人は……


「ははは! こいつは参った! まさかここまでとは!」


 斬撃は火花を散らして真緒の魔力障壁とせめぎあっている。そんな様子を見て笑うしかないという様子だ。まだ完全に止められた訳ではないが……


「そうか……世界は広いな」


 隊長はもう既に悟っている。己の全てを込めた一撃が、見た目だけは遥かに若いあの小さな化け物に届かないということを理解している。


 眼前に迫り来る『死』を壮絶なまでの狂気とも呼べる笑顔を浮かべながら迎え撃っている真緒に、あの凶刃は届かない。


 そして――


「消えた……」


 誰かが呟く。真緒に辿り着かんとした巨大な殺意は地面に斬撃痕だけを残して消えた。真緒の前には自らが展開していた魔力障壁、そこにはほんの少しの傷跡もつかない、完璧なまでの壁がそり立っていた。


「これで終いじゃグラウよ。これからはわしの障壁を割ることを目標にすると良いぞ」


「……ああ、そうさせてもらおう」


 お互いに柔らかく笑みを浮かべながら真緒による隊長の訓練という名の何かは終わった。

お久しぶりです高澤です。

年内になんとか投稿することができました。

今年は今までに無い程忙しく時間も取れていなかったので全然投稿できなかったですが、来年はもう少し投稿できるようにしますので、もし読んでくださってる方がいらっしゃるのであれば気長に待っていただけると幸いです。

皆様良いお年を。

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