初授業
お久しぶりです。
「では改めて……いや改めてじゃないの。初めましてじゃ諸君。わしがお主らの座学と魔術指導の担当になるキリハじゃ。よろしく頼むぞ」
はーい、なんて返事が部屋のあちこちから返ってくる。呑気だね君達……。
「今日までお主らが何を教わってきたかは知らんが、わしはわしなりに指導していくつもりじゃ。まあ分からないことがあれば後ろにいるサラにでも聞くが良い。座学は全般的にわしが担当するが、わしだけじゃと不公平、というより負担が半端ないんでな。サラにも手伝ってもらうぞ。ひとりで教えるよりふたりじゃ」
はーい、という返事がまたしてもあちこちから聞こえてくる。ていうか女子しか返事してない。返事をしていない男共は何してるって?
「さて、昨日コテンパンにされた奴らはいつまでも寝ておるんじゃ。さっさと起きんか!」
「「「「「ぎゃあああああああ!!!」」」」」
バチバチバチ!! と音を響かせて今まさに真緒にとどめを刺されたよ。それは冗談で、どうして返事をしていなかったのかというと彼らはさっきまで昨日の模擬戦で私に体のあちこちを痛めつけられて返事をする余裕がなかっただけ。貧弱だねぇ。
「そやつらのことは放っておいて早速始めていくぞ。とりあえず今日はお主らに歴史から教えていこうと思う。とはいえわしが知ってることと教科書にかいてあることが違う場合もある。そのときは気にせんでくれ。わしが正しい」
いやその自信はどうなの。まあ実際に経験したことなら間違ってはいないんだろうけどさ。ふんぞり返って自信満々に言うけど周りはついていけてないよ。
「退屈で寝ているやつがおったらどうなるか……分かるな?」
その言葉にクラスメートは勢いよく首を縦に振る。さっきのあれがこびりついてるからだろう、面白いくらい首を振ってる。
「とはいえ、わしが分かるのはちょっと前の勇者と魔王の戦いまでじゃ。そこから先は教科書通り進めていくぞ」
「え、勇者って前にもいたの?」
「なんじゃ、聞いておらんのか。お主は……誰じゃったか」
「篠浜若葉です。あれ? 昨日最後言ったよね?」
「そうじゃったな。確か座学が苦手とか言うておった……」
「どうしてそこだけ覚えてるの……」
当然わざとでしょうね。それより授業が進まなくなるからそういうのは後にして欲しい。少しだけ真緒に魔力を飛ばす。ギルドマスターのオルベルクが使った『魔圧』のちょっとした簡易版だ。ニヤニヤしていた真緒は片手を挙げ『すまぬ』という表情を浮かべて次に行く。
「とりあえず今日はその勇者と魔王について話していくかの。教科書には載って……おるな。ではそのページを開いてもらおうか」
パラパラと紙をめくる音が静かに響き渡る。流石元進学校の生徒達だ。そういえばあのとき一緒に転移してきた先生はどこに行ったんだろう。別で調べてるとかかな。今度若葉に聞いてみよ。それにしても見た目小学生の真緒が皆の前に立って先生みたいに振る舞うのは中々シュールだ。のじゃロリとはまさにこういうことを指すんだろうか。
「さて、教科書にはなんと書いてあるか……早速お主が読んでみせよ」
「え、はい」
教科書に書いてあるのはこんな感じの内容だった。
"昔々、あるところにとある魔物が住んでいました。その魔物は生まれつき他の魔物を従える能力を持っていました。『原初の魔物』と呼ばれたその魔物は様々な魔物を従わせ、人類に攻撃してきたのです。自分達より遥かに大きく強力な魔物が攻めてきた人類は為す術もなく、あっという間に侵略されてしまいました。
あるとき、森人、土人、獣人、そして人間。これらの四種族が力を合わせてひとりの人間を召喚しました。人間は瞬く間に魔物に侵略された土地を奪い返し、ついには最初の魔物を討ち取ってしまいました。晴れて人類に勝利を齎した人間は『勇者』と呼ばれ、『原初の魔物』は『魔王』と呼ばれることになったのです"
「……とまぁ御伽噺っぽく書かれておるが、大まかには分かったかの。簡単に言えばそういうことじゃ。これが今この世界に広まっている勇者と魔王の関係というやつじゃ。実際はそれほど簡単には進まなかったというのはお主らも分かるか?」
「……召喚された人が戦えなかった?」
「いや、そやつは普通に戦えた。おそらく召喚される前の世界で武道か何かを嗜んでいたのじゃろう。問題はそこではない。これにも書いてあるのじゃが勇者は人間だったんじゃ」
そう。当時私が召喚されたとき、全くと言っていい程魔王討伐の旅は進まなかった。理由は単純。私が人間だったからだ。
「当時、人間というのは中途半端な種族として考えられておってな。森人程魔術が秀でている訳でもなく、土人程頑丈な訳でもなく、獣人程俊敏な訳でもない。ただそれらの種族の平均でしかない種族。それが人間じゃという考えが一般的じゃった」
「なにそれ……酷すぎる」
「まあ言われたら確かに人間は脆い種族じゃった。当時最強と恐れられたパーティもエルフとドワーフの二人組じゃったからな」
「二人で最強に?」
「そうじゃ。だからこそ余計に差別的な考えが広まっていったんじゃよ」
あれは大変だった。あの差別的な考えがなければもっと早く魔王討伐は終わっていただろう、と思える程にあのときは邪魔が多かった。まあ全部実力で捻り潰してきたわけだけど。
「それでどうして『勇者』は魔王を倒せたの?」
「どうして、と言われてもな。純粋にその人間が強かったからとしか言えんな」
「強かったの?」
「ああ強かったぞ。実力も然る事乍らその精神が強かった。何があっても必ず魔王を倒すという意志を最期まで貫き通したからたった一年で魔王討伐を成し遂げたのじゃ。」
……買い被り過ぎだ。確かに世界が平和になればいいという願いがなかった訳ではない。ただ必ず魔王を倒すという意志で戦った訳でもない。ただがむしゃらに目の前の誰かを救いたくて必死だっただけだ。
「キリハ先生はまるで見てきたみたいに話しますね」
「……さて、先代勇者が魔王を倒せたのじゃ。お主らにも同じことが必ずできる……とは確約できぬが、そんなひよっこなお主らをせめて簡単に死なぬように鍛えるのがわしらの仕事じゃ」
あ、話逸らしたな。質問した生徒も首傾げてるじゃん。というかあの子誰だっけ。クラスメイトの……名前が思い出せないから多分私と話したことはないんでしょう。
「安心せい。きっちり鍛えてやるからの。これからが楽しみじゃ」
ニヤリ、と聞こえるのほどの良い笑顔の真緒にあちこちから息を呑む音や小さな悲鳴が聞こえてきた。
あれから時間が過ぎ、大きな鐘の音が響き渡ったことで昼になったことを告げる。
「さて、とりあえず今日はここまでにしておくぞ。明日は……まあ気分で教科を決めるかの」
「「「えええ〜〜〜!!!!」」」
「なんじゃ。まだまだ元気ではないか。それなら今日の午後も動けるな」
初日の授業だけでかなり真緒と打ち解けたクラスメイト達。いやまあ元々同じクラスにいたんだから馴染むのも早いのは当たり前か。
「ふはははははは! 見よサラ! こやつらの顔がみるみる青くなっていくぞ!」
……あんたの発言のせいなんだけど。鬼か。いや元魔王だわ。
「午後からは実技じゃ。といってもお主らは既に何日かは実技をやっておるんじゃったな。まあ今日のところは剣術でいいじゃろ。サラの出番じゃぞ」
「「「…………」」」
「そうかそうか。そんなに嬉しいか。良かったのぉサラ」
これが喜んでるように見えるなら眼科に行った方が良い。私には昨日のことを思い出してるようにしか見えない。授業の間に復活してた男子達も顔がまた死んでる。あ、若葉も若干顔が引き攣ってる。
「ではこれで終いじゃ。ほれ、早うせんと飯も食えぬし午後に遅れるぞ。あ、午後は昨日と同じ場所に集合じゃ。遅刻は当然厳禁、罰則じゃ。それ解散じゃ」
その言葉を皮切りに一人、また一人と部屋を出ていく。残ったのは私と真緒と何故か若葉。
「さてわしらも飯を食いに行かんとな。ところで何故お主もおるのじゃ?」
「一緒にご飯でも食べようかなって。あと改めて話してみたいなって思ったのです!」
ふんすっ! と胸を張って答える。うん、可愛い。流石私の妹。いや、そうじゃなくて。
「別に結構なんじゃが…」
「そんなこと言わずに! これから交流も深めていかないと! 先生になるならそれなりに生徒達と関わりをもっていた方が良いと思いますよ?」
「う、うむ。まあ、そう、じゃな?」
チョロすぎじゃない? ちょっと心配になる早さだったよ? こっちをチラチラ見るんじゃない。
「まあいいんじゃない? それじゃあ勇者の質問攻めにはキリハが全部答えるってことで」
「分かりました!」
「ちょっと待たんか! なぜ全てわしに押し付けるんじゃ! 少しはお主も請け負わんか!」
「え、嫌だけど。というか多分食堂で……ああ、いや、まあ頑張ってね」
「なんじゃその反応。てかお主結局請け負ってないではないか!」
それはそうだろう。この後のことを考えたらキリハに押し付けた方が良い。だからふたりとも意味ありげにこっちを見ないで欲しい。
「とりあえず、行こうか」
「ぐぬぬ……! 仕方あるまい……! 今日だけじゃぞ! 明日からはお主も巻き添えじゃからな! ええい! 引っ張るでない! 自分で歩ける!」
恐らく食堂で起こるであろう出来事を予想してないのか甘く見ているのか分からないけれど半ば強制的に真緒は若葉に連れていかれた。
……ドナドナみたいだなと思ったのは内緒。
改めてお久しぶりです。高澤です。
今でも読んでくれている方がいるかは分かりませんが、大変お待たせしました!
ずっと忙しくてなかなか書けないし、どう表現すればいいのかと悩んだりしている間にあっという間にもう年末間近でした。1年って短いですね……。
もう少し早く書けるように努力しますので、また読んでくださると嬉しいです。