模擬戦②
火花を散らす勢いで剣と剣がぶつかり合う。当然と言えば当然だが大きく仰け反ったのは若葉の方。
「くっ!」
仰け反ったものの持ち前の身体能力を駆使して体勢を立て直す。流石、と言うべきか。魔力を使わずにその身体能力は正直羨ましいものがあるけど、今のままでは何度やっても同じことにしかならない。けどそれでいいのだ。それを伝えるのが私の仕事であり役目であると思っている。私は剣を構えながら若葉にアドバイスをする。
「戦闘の基本はまず魔力を使うこと」
「え?」
「魔力の流れを知覚することはできるよね? それなら次は魔力を意図的に一箇所に集めるの。こんな風にね」
魔力を足に集める。分かりやすく放出してから身体の外でだ。
――魔力は目に見える。魔力を操作する際、魔力は身体から僅かに漏れ出るのだ。それをさっきの戦いで見た隊長は身構えたというわけ。本来ならその僅かすら熟練者は出さないのだが、気の緩みか油断かは分からないけれど戦闘中に魔力の残滓を見られる程今の私は弱い。魔力が身体から漏れ出るのは100%魔力を扱えていない証拠だ。地球での平和な暮らしがここに来て私の怠慢を浮き彫りにする。
……そんなことはどうだっていい。今は私より若葉だ。私の鍛錬は後でするとして今はレクチャーの時間。わざとゆっくり魔力を動かして見せつける。
「きれい……白色?」
私の魔力の色だ。ほんのりとピンクがかった白。これが私だけの、私だけが持つ魔力の色。ちなみに魔力は人によって色が違う。似た色を持つ者は数あれど、まったく同じ色、同じ波長の魔力を持つ者は一人としていない。
「集めた魔力は身体に纏わせることができるの。足に纏わせれば強靭な脚力が、腕に纏わせれば強靭な腕力に変えることができる。もちろん防御にも使えるけどそれは今は気にしなくていい」
集めた魔力を霧散させる。
「今のは魔力を纏わせたけど、じゃあ体内で集めたとしたらどうなると思う?」
「えっと……」
「身体能力の強化、だろう」
「正解だよ隊長。こんなふうにね」
魔力を足に集めて若葉の目の前から消えてみせる。次いで若葉の後ろに出現したことで若葉も周りの騎士達も驚いたような声を出す。
「これは実際に消えてるわけじゃない。魔力を足と目に集中させることでできる芸当で、ただ単純に早く動いてるだけ。分かりやすく言えば『縮地』っていうものだよ。魔力を一箇所に集中させることで爆発的な身体能力を発揮することができるの」
「どうして目に魔力を集めるの?」
「視力の強化だよ。君は他人が消えたと錯覚する程の速さで動いても自分の着地点を見失わずにいられる?」
要は動体視力の強化だ。どれだけ早く動いても自分がどこにいるのかが分からなければ意味は無い。
「コツは自分の強化したい場所に魔力を素早く集めること。それさえできれば大した技術はいらない。まあ集めすぎても良くないから魔力の調整が必要になるけどそれは人それぞれだから自分で探してね」
さて、今のレクチャーだけで若葉はどうする? どこまで掴む?
「う〜ん……こう、かな?」
「ほぅ……」
「へぇ」
両手にほんの僅かながら魔力が集まっているのが分かる。観ただけでそこまでモノにするんだ。やっぱり流石としか言えないセンスだ。……いや、勇者の持つ特殊スキルか。確か『成長速度上昇』だったと思う。あのスキルのお陰で私はたった一年で魔王だった真緒と相討ちにまで持っていけたというのだから、あのスキルの恩恵は計り知れない。それを含めても早すぎるから本人の才能もあるのだろう。
「こんな感じで、どう、かな」
「うん。初めてにしてはできてるよ。あとは練度の問題かな。これから魔力操作の訓練も取り入れると良い」
「うん!」
「それじゃあ……おいで」
構え直す。途端に響く金属音。いくら模擬剣とはいえ当たれば怪我するし最悪骨も折れる。しかも今若葉は魔力を両手に集めているから腕力が強化されている。上手く受けないと私の両手が先にイカれちゃうから良く考えないとね。いや別に治せなくはないけど、本来怪我の治療をする魔術を行使できる人はかなり人数が少ない。恐らく召喚されたクラスメイトの中に聖女、あるいは聖者の称号を持つ人がいるとは思うけど初めからお世話になるのは良くないだろう。指導役として呼ばれたなら最後まで無傷で佇むべきだ。
ギン! と先程よりも甲高い音が辺りに響く。
「ぐっ……!」
「うん。さっきよりかは戦えるようになったけど、まだまだ甘いかな」
「うっ、まだだ!」
少しは魔力をコントロールできるようになったとしてもまだまだ付け焼き刃。私には届かない。
「はぁっ!!」
「足りないよ。魔力をもっと流し込むイメージを浮かべるの。腕も足も爪先まで明確に集めて」
「は、はい!」
音が響く。模擬剣同士がぶつかり合う音だ。時に鈍く、時に甲高い音が訓練場に鳴り響く。
いいね。さっきよりも目に見えて動きが良くなった。見たところ腕と足に魔力を集めて打ち込みと踏み込みを強化したんだと思う。うんうん。自分も通った道だからとても懐かしいよ。
「そのままの調子! ただまだ足りない!」
「はい!」
「剣に振り回されるな! 当てる瞬間に躊躇うな! 相手から目を背けるな! 全身を見ろ! 視界に収めろ! 全ての考えうる可能性を考慮しろ! 相手の武器を見落とすな!」
「くっ、はい!」
「攻撃を緩めない! 対処させるな!」
「う、は、はい!」
剣戟の応酬と呼ぶには弱々しい戦い。ただこれだけでも勇者は十分だ。若葉の潜在能力と学習速度、勇者としてのスキルが噛み合えば指導としての体をなしていなくとも伝わる。細かいことは今度伝えれば良い。
……どれくらい打ち合っただろうか。数えるのもとうに飽きた頃ようやく若葉の目に宿る意思、のようなものに気付いた。それは何度剣が弾かれようと受け流されようと、厳しい言葉を投げかけようと変わらず若葉から見て取れる。
何度も。
「せやっ!!」
何度も。
「おりゃっ!!」
何度も。幾度となく転び、その都度立ち上がる。その目には一切諦めという感情が浮かばない。
その目にある輝きを知っている。
その瞳に宿る意思を知っている。
……その小さな体で背負うものの重さを知っている。
まるで諦めなければ希望はあると言いたげな表情のまま私と打ち合っている。素晴らしい。素晴らしすぎて
――ああ。まるで昔の自分を見ているようだ。
ふと、頭に浮かんだ言葉に動きが止まる。今、私は何を考えた?
「たぁっ!」
気付けば眼前にまで迫り来る模擬剣を受け止めようとして、思わず苛立ちが剣に乗ってしまう。
「うっ!」
大きく剣が弾かれて思わず若葉は悲鳴をあげる。ただその手には模擬剣が握られたままだ。執念か意地か、それとも別の思いか。
まったく、自分が嫌になる。懸命に頑張る若葉を見て何を想った? まるで自分を見ているよう? そんな訳がないだろう。十六年のブランクで目が曇ったのか? 今自分の目の前にいる相手を良く見ろ。
「はぁ、はぁ……くっ!」
手も足も出ない状況でも私を睨みつける若葉。思ったよりも戦えずにやきもきしているんだろう。隊長からの推薦があったからと言って戦える程勇者は成長していない。にも関わらず闘志を絶やさないその目が果たして本当に自分に似ていると?
それは冒瀆だ。努力を続ける若葉への侮辱だ。まったくもって度し難い傲慢さだ。私が、絶望と諦観に満ちていた、誰も救えない勇者だった私なんかが、希望に満ちた仲間とともに活動するであろう若葉の足元にも及ばないというのに。
「きゃあ!」
自分への苛立ちを抑えきれずにもう一度攻めてきた若葉のことを大きく後ろへ弾き飛ばす。飛ばされた若葉はバランスを取りながら上手く着地した。
「……相手はかなりの格上。力の差は歴然。彼我の戦力差は絶望的。勝てる確率など万に一つもない」
「……」
分かりきっていることだ。最初から勝ち目など無いことは。先程まで頭の中で蠢いていた熱情を抑えて若葉へ問う。
ならばどうする? 勇者である貴女は何のために戦う?
「魔力を使うことを覚えた。少しだけど魔力の使い方も戦い方も感覚で掴んだ。なら次はどうすれば良い? 何をすれば貴女は私に届くと思う?」
「……え?」
体力が足りないとか技術が足りないとかそんな分かりきったことを聞いているのではない。戦うために、守るために、私に剣を届かせるために今何が足りていないのか。私になくて若葉にあるべきもの。唯一若葉が私を凌駕する可能性があるもの。これから先に起こるであろう戦いのために何が必要なのか。
「今日を経て貴女がこれから先の戦いのために一体何が必要だと思う?」
「それは……」
「それは?」
ごくりと唾を飲み込むのが分かった。ここで間違えたら殺されるんじゃないかと勘違いするよう殺気を漏らす。
「それは、絶対に勝つという意思……だと思います」
口を震わせ歯をカチカチと鳴らしながら、私から絶対に目を逸らさないという意思を込めて目の前の少女は答えた。
だから私は殺気を放った。
観戦してたクラスメイトが気絶していき、ただ見てただけの騎士も倒れていく。苦しそうに膝をつく宰相とレノイの隣でなんともないような表情で立つ真緒。脂汗を滲ませながらもいつでも止められるように割り込む準備をする隊長。惨状、とでも呼ぶべき事態が背後で横行している中で私の放った殺気を受けた当の若葉は――真っ直ぐに私を見つめていた。
その身体は震えており、膝は笑っている。両手は今にも垂れ下がりそうになり、意識などとうに離してもおかしくないこの状況で尚、私を睨みつける目にはその手に握られた得物で私に届かせるという意思がこもっていた。
「正解だよ」
どれだけの時間が過ぎたか、十分かもしれないし一時間かもしれない。実際は数十秒しか経過していないにもかかわらず濃密な時間が流れた頃、私は殺気を放つのを止めた。
ドシャリ、と意識を保っていた騎士達が揃って頽れる音があちこちから聞こえてくる。あの隊長ですらゼェゼェと浅い呼吸を繰り返している。それでも体勢を崩さない若葉に正直私は感動した。だってそうでしょう。自分より遥かに格上の人間から今すぐに殺すと威圧され続けて正気で居られる人がどれだけいるのか。いくら勇者のスキルが携わっていても最初は弱い。成長速度に補正があろうと関係ない。そこに単純な殺意があったなら、それを目の前にして尚逃げずに戦おうとする人間が果たしているのだろうか。
「もう十分じゃない?」
隊長に問う。これで理解出来たはずだと。まだ続けるつもりかと。――これ以上は加減しないぞと。それが伝わったのだろう隊長は大きく頷いた。
「では、模擬戦はここま――」
「待って!」
ピタリ、と片付けようとしていた私は動きを止める。
「まだ……まだ私は貴女の全力を見ていない!」
続いた言葉に思わず笑ってしまう。
「え、なんで笑ってるの?」
「ああ、初めて言われたからさ。全力が見てみたいなんて。……ああいや、一人だけ何故出さないのか聞いてきた奴はいたかな。ともかくこれは模擬戦。実力を示す機会であって君達を殺す場ではないの。それに今私は全力を……いや、これは言わなくていいことだね」
「でも……」
「う~ん。じゃあ一回だけね」
「え、良いの?」
「これが一番納得してくれるでしょ? ただ、勝負は一瞬で決めるよ。それでもいいなら」
「やる!」
まあ気持ちのいい返事だこと。
「……良いのかね?」
「まあ全力を出してたかって言われたら素直に頷けないからね。でも隊長のときは本気だったから安心していいよ」
「いや、そんな心配はしていないが……」
いやだなぁ。自分のときも全力じゃなかったのかって心配しちゃってさ。ちゃんと全力じゃなかったに決まってるじゃん。ただ真剣だっただけだよ。
「良し、来い!」
「うん。明日から私の言ったことを忘れないようにね。ちゃんと相手の武器を頭に入れておくんだよ」
「武器? ……やばっ!」
「遅いよ」
先に告げた通り勝負は一瞬で決まった。氷の棘が若葉を取り囲むように幾つも浮いていた。魔術の展開速度と数、今の状況。どうやっても勝つイメージが湧かないのだろう。
「は、はは、これは勝てないや……」
逃げようとした体勢のまま苦笑いしながら武器を下ろした。
「そこまで!」
若葉が武器を下ろしたことで戦意喪失したと判断したのか、隊長の合図で若葉との戦いは決着した。
遅くなりました。ここまで読んでいただけて嬉しいです。
展開がコロコロ変わりまくりですが許してください。戦闘描写は苦手です。
次も読んでいただけると嬉しいです。