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模擬戦①

「『水弾(ウォーターバレット)』」


 まずは手始めにさっき騎士にぶつけた魔術を再度発動する。その数は十個。これをどう対処する?


「避けろ!」


 飛んでいく水弾を騎士もクラスメイトも跳んだり屈んだりして避ける。それなりに動体視力も鍛えられてるのかな。抑えているとはいってもそれなりに早いんだけど。


「訓練通りに前衛後衛に分かれろ! 前衛は人数で押して反撃の隙など与えず後衛の魔術の援護を待て!」


 うんうん。良いね良いね。中々短時間で動けてるんじゃない? 少しだけ期待できそうだよ。


「武器を持っていないからといって戦えないと思うな! 相手は魔術師だぞ! 常に相手の動きに警戒せよ!」


 隊長はどうやら魔術師との戦い方を心得ているみたいだ。一人だけ常に魔術を警戒している。さてそろそろ前衛が突撃してくるね。


「くらえやああああああ!」


「遅い。次」


「ぐはああああ!?」


 大振りのバカが一人だけ突っ込んできてたから蹴り飛ばす。あいつさっきも突っ込んできてたやつじゃない?


「「うおおおおおおお!!!」」


 今度は二人同時か。左右から同タイミングで攻撃するのは良いけどちょっと足りない。この場合自分から片方に近づけばタイミングはずらせる。とりあえず右から来てるやつに近づいてちょうど振りかぶっていた腕を掴みもう一人の方へぶん投げる。


「よいしょ」


「「ぐあっ!」」


 飛んできた相方に驚き二人は縺れながら倒れた。せめてもう一人か二人いたら良いかもね。


「「「「『火球(ファイアボール)』!」」」」


「「「「『水球(ウォーターボール)』!」」」」


 次は魔術か。火球と水球がいくつも飛んでくる。最も初歩的な魔術の一つである火球と水球は汎用性が高い反面、術者の実力を反映しやすい特性を持っている。つまり術者の実力が強ければ強いほど威力を増す魔術というわけ。逆もまた然りだけど。今回は言わずもがな。


「そこまでの強さじゃないね。『水弾(ウォーターバレット)』」


「「「「「うわあああああ!!!」」」」」


 飛んでくる全ての魔術を『水弾』で相殺……ではなくかき消しながら魔術を放ったであろう騎士とクラスメイトのところへ着弾。おーおー、地面を巻き上げながら派手に吹っ飛んでいったよ。


「うおりゃあああ!」


「声を出す必要はないよね。うるさい」


「ぐほあ!?」


 背後に回り込んでいたやつがいたみたいだけど構わず蹴り飛ばす。敵の不意を突くならば声を出すな。隠密なら隠密に徹しろ。自らの気配など一ミリも醸し出すな。それが戦いの基本でしょうに。


「闇雲に攻め込むな! 距離を取りながら常に四人以上で囲め!」


「「「「「はい!!!」」」」」


 返事はいいんだけどね。でも目の前で指示されてもねぇ? 私だって囲まれないように立ち回るよ。とりあえず半分くらいは倒しますか。




 次々と襲い来る騎士やクラスメイトを受け流したり蹴り飛ばしたり。あまりにも変化が無い戦いに飽きてきた頃、ようやく隊長が動き出した。


「止まれ! お前達では敵わないことがよく分かった」


「で、ですが……」


「何度挑もうと彼女に攻撃が通ることはないということを理解せよ」


「そ、そんなことは……」


「そうです! たかが一人くらい我々だけでも……!」


「くどいぞ。この現状を見てまだそんなことを宣うか」


 お。なんか隊長自らが動き出しそうだね。とりあえず目の前にいるクラスメイトの持っている槍を引き寄せぶん投げる。


「私がやろう。このままでは時間の無駄だ」


「ぐ、は、はい。わかりました。皆下がれ!」


 転がっている騎士やクラスメイトを他の仲間が引き摺ったり肩を貸しながら下がらせる。そういえば戦闘組は男子ばっかりだったけど女子は魔術師組の方かな。あとは後方支援とかかな。さっき魔術師組ふっとばしちゃったんだけど大丈夫かな。


「さて、私は君に一騎打ちを挑もうと思っている。引き受けてくれるか?」


「私は別に良いよ。ちょっと遅すぎたかもしれないけどね」


「それを言われると痛いな。確かに半数程倒されて動いたのでは遅いと言わざるを得ないな」


「それでもあなたは動いた。結論はそれだけで良いよ」


「君は気が利くな」


「そんなことはないよ。単純にそろそろ飽きてきてたしちょうど良かったよ。少しだけ期待したんだけど、私の目は節穴になったみたい」


「なかなか手厳しいな。では名誉挽回のために戦おう」


 隊長はゆっくりと腰に佩いていた剣を引き抜く。それは模擬剣に非ず、斬れば人を殺せる真剣そのものだった。隊長の目に悪意は浮かばず、殺意など欠片も存在せず、あるのはただただ純粋な敬意のみだった。それを見たからには、ああ、私も答えざるを得ないでしょう。殺意には殺意で。敬意には敬意で以てして答えるのが私の流儀。


「ちょっと借りるね」


 そう言って転がっていた誰かの模擬剣を拾い上げる。私の相棒には遠く及ばないけど問題ない。元々私は剣を使っていたのだから。私に合っていたのが刀だったというだけ。


 一騎打ちと聞いて他の人は誰も攻め込んで来ることはしない。今日この模擬戦で初めて私は武器を握った。ギシギシと音が聞こえる程の圧を目の前の人物から感じる。これがきっと経験の差というやつなのかもしれない。


「では行くぞ!」


「いいよ」


 ごくり、と誰かが飲み込む音が合図だった。ドン! と大きく音を響かせ地面を揺らしながら一足で私に斬り掛かる隊長。


「フッ!」


 隊長の振り下ろしを振り上げで敢えて迎え撃つ。大きく響く金属音。振り下ろしに対して振り上げはかなりの無茶だ。力の入り具合が違うから押されるのは当たり前。だからこそ狙った。鍔迫り合いは一瞬。押し勝ったのは――私だ。


「何っ!?」


 その驚愕の反応は私にとっては隙だらけだ。空白の時間。尚且つ押し負けたことで振り上がった剣では間に合わない。その一瞬を引き出すためにわざわざ迎え撃ったのだから。


「せい」


「ぐはっ!?」


 がら空きの胴に思い切り蹴りを叩き込む。身体をくの字に曲げながら元いた場所辺りまで吹き飛ばされるが流石は隊長といったところか、即座に体勢を立て直して追撃を許さぬようにしている。


 ならばと『水弾』を飛ばす。無詠唱で飛ばされた魔術に心底驚いたような顔をしていたが即座に切り替え握っていた剣で『水弾』を弾く。『水弾』は誰もいない空間に飛んでいき結界にぶつかって消えた。


「ははは。なかなかやるではないか。無詠唱とは驚いたぞ」


「それを弾くあんたもね。しかも壁まで蹴り飛ばすつもりだったんだけど」


「まさか押し負けるとは思わなかったからな。つい反応が遅れてしまったがそれでも全く反応できなかった訳ではない。蹴られるのは避けられないと分かっているならば、少しだけ後ろに跳ぶことでほんの少し衝撃を減らせるというだけさ」


 咄嗟にその判断ができる人って少ないと思うんだけどね。ああ、だからこそ隊長なのか。さて次はどうしようか。


「では次だ」


 隊長は強く地面を踏み込みかなりの速度で私に迫る。さっきみたいな一足で飛び込んでくるのではなく、地面を這うような動きで左右に翻弄しながら詰めてきた。意趣返しのつもりか今度は振り上げをするつもりなんだろう。だったら私はそれを予測できない避け方をするべきだろう。奇を衒うことをしてこその魔術師なのだから。


「ふん!」


 寸前まで迫る剣を私は避けない。避ける素振りを見せない。彼我の距離が縮まり私の首を撥ねようと差し迫る。二メートルが一メートルになり五十センチ、三十センチ、十センチとゼロコンマ数秒で迫り来る避けねば死ぬだろうその凶刃は、しかしてなんの手応えもなく私の首を振り抜いた。


「なっ!?」


「よいしょっと!」


「ぐあっ!」


 振り抜いたまま驚愕の表情を浮かべたままの隊長をもう一度蹴り飛ばす。今度は受身を取ることができずに騎士達のことを巻き込んで倒れる。さっきのが悔しかったから今度は魔力を集中させたから威力も倍増。うん、少しスッキリした。


「ふぅ。上級魔術を無詠唱で、しかも誰にも気付かれない速度での魔術の展開か……。魔術に関して我々が適う点など一つもないな」


 鎧についた土を叩きながら立ち上がる。今のをもう見破るのか。流石としか言いようがない。


 水属性上級魔術『水幻影(アクアファントム)』。まるで水に映ったように自らを別の場所に存在させる魔術。これの便利なところは自分に水を被せるように発動すると、自分の姿を隠しつつ幻影をその場に残せるということ。魔力のコントロールが上手くできないと水のように揺れるから難しい魔術の一つとして知られている。


「面白い魔術でしょ。魔術を用いて戦闘に応用し何があったか理解させないまま勝利する。これこそが魔術師の本懐でしょ」


「確かにその通りだな」


「それじゃあ次は私から行くよ」


「来い!」


 魔力を足と目に集中させる。隊長が身構えた瞬間、消える。


「なっ!?」


 今この瞬間私のことを捉えることができているのは真緒だけだろう。隊長の背後に回り込んだ私はそのまま背中を蹴る。


「ぐぉっ!?」


 そしてまた消える。隊長が振り向いたときには既に私は居らずもう一度背後から蹴る。鎧がかったいな……。でもこれくらい堅いなら耐えられるでしょ。蹴った勢いで距離をとる。


「ちょっとだけ……『飛閃』」


 背中から蹴られてよろけている隊長に向けて斬撃を飛ばす。刃を潰した模擬剣だしそもそも振るのに適した形じゃないから大した斬撃ではないけどそれでも当たれば怪我をする攻撃だ。


「ぜあっ!」


 うげ。よろめきながら回転して弾いたよあの人。しかも立て直しも早いし、もうこっちに突っ込んできてるし。力任せはきついけど、でもいずれはぶつからなきゃか。迎え撃とう。


 ガァン!!!


 真剣と模擬剣がぶつかり合う。そのまま鍔迫り合いに持ち込むけど、やっぱり純粋な力任せだと分が悪いね。徐々に押されてきた。


「なるほど。力比べならば勝機はあるということか」


「当たり前でしょ。私はか弱い乙女なんだから」


「か弱い乙女は丈が遥かに高い騎士を投げたり蹴飛ばしたりしないものだ」


「それはか弱い漢なんじゃないの?」


「ふはははは。そう言ってくれるな。彼らが皆一様に落ち込んでしまう。全く心構えが甘いということだ。後で鍛え直さねばな」


「死ぬ程扱いてあげてね」


「心得た。それにはまず決着をつけたいところではある……がなっと!」


 高い金属音を響かせながら私と隊長はお互いに距離をとる。いつでも踏み込んで叩き伏せることができる距離だ。お互いに相手の一挙手一投足を読む。すると突然隊長は構えを解いた。


「……ふむ、困ったな」


「何が?」


「いやいや、とぼけないでくれたまえ。今のでお互いの力量は理解できているだろう?」


「……」


 隊長の言う通り一流の剣士ともなればお互いの力量はたった一合剣をぶつけ合っただけで判断することができる。たとえ今の私の力が衰えていようとその経験は活きている。だからこそ翻弄できているがその実力は――拮抗。


「我々の実力は例え技術や剣術スキルを鑑みたとて拮抗している。君の戦い方には確かに私は手も足も出ないだろう。だがいずれも全て事前情報のない相手だからこそ通じる手だ。その証拠に君の攻撃で私は致命傷を負っていない。いや、君の攻撃では相手を殺すことができても取り押さえることは難しいというのが正しいか。実際の戦場では私は君に瞬殺されるだろうがこれは模擬戦。ではどうする?」


「分かりきったことを聞くんだね隊長」


「なに、つい血が騒ぐ、というやつだよ」


 ああ、本当に、どうしようもない。


 これは試験だ。ただの模擬戦でしかない、いわば記録に残らない戦い。所詮その程度でしかない。だというにもかかわらず。互いに答えは分かっている。


「決着がつくまで戦うだけでしょう」


「その通りだ! ……だが我々が決着をつけようとすると一体どれだけの時間がかかると思う?」


「さあね。でもそれを聞くって事は代理でも立てるつもり?」


「そうだ。私は勇者を代理に立てよう」


「え!?」


 隊長の後ろの方から聞こえてくる若葉の声。まさか自分に来るとは思ってなかったのだろう。すっかり観戦モードに入ってたな。


「いいの? あなたに勝つならともかく成長途中の勇者と戦って」


「私をあれだけ圧倒しているのだ。十分に納得しているさ。それに勇者はいずれ世界を代表する者だ。私に今は及ばずとも潜在能力は優れているぞ。すでにこの数日でその片鱗は窺えている」


「でも私、全然戦えないよ!? まだ基礎しか習ってないし!」


「ならば今ここで戦えるようになればいいでしょう」


「え?」


 若葉はとんでもないことを言われた、みたいな表情で私を見る。


「貴女は勇者。勇者は訓練よりも戦いで真価を発揮するの。だったら今ここで戦闘という経験値を貯めた方がいいわ。それに……」


「それに?」


「ちゃんと勉強、してるんでしょ?」


「……! うん! なんだかお姉ちゃんみたいなことを言うんだね」


「ゲホッ! ゴホッ!」


 やばい。ついいつもの癖で若葉に物を言ってしまうな。気を付けないと……。


「大丈夫? えっと……」


「そういえば名前言ってなかったね。私のことはサラとでも呼んでね」


 サラとは以前から考えていた偽名だ。私達は冒険者。いちいち本名の確認などされない。結局名前なんてどうでもいいんだよね。普通偽名を名乗る人はいないけど、いくら真緒が魔術を付与した魔道具があるとは言っても本名を若葉相手に名乗るのは怖い。だからこそ偽名を用意した。偽名というか本名から取っただけだから正確には偽名とは言えないけれど。依頼書には受理した冒険者の名前が書いてあるけどその部分は後で口止めでもすればいい。


 ちなみに依頼を受理した冒険者を殺して依頼を奪い取り代わりに依頼をこなすことはできない。依頼書に受理した冒険者の名前を記載しているし、ギルドカードは本人の魔力によって表示されるからだ。


 それにしても事ここに来てようやく名乗るとはどれだけ模擬戦に集中してたのやら。段々と真緒に毒されてるような気分だ。いや真緒ならまず初手で全滅させてから名乗りをあげそうだな。


「サラさんだね! 名前もなんだかお姉ちゃんみたいで親近感が湧きそう!」


「そ、そう。それは良かった……」


「では、若葉君の準備ができたら始めてもらおうか。若葉君は武器をどうする?」


「私はまだ本物の剣を握るのが怖いです。なのでこれを使います」


 取り出したのは私が今使ってる模擬剣と同じ物だった。多分勇者達クラスメイトに配られた物だったんだろうそれを見ればどれだけ努力したか分かる。剣身にそこそこの傷と手入れの跡がついている。短期間ながらもやれることをしてきたようだ。よく見れば手にマメもできてる。才能とスキルに胡座をかかずに頑張るのは若葉の昔からの取り柄だ。そんな若葉に先達としてのアドバイスだ。


「その恐怖感は大事にした方が良い。それを失くしてしまったら君は帰ってこれなくなるよ」


「え?」


「この先君が経験するのは君の想像を絶するものだよ。だから決して……独りにならないようにね」


「え、えっと、うん」


 少し戸惑いながらも返事する。この子はちゃんと考えて答えてくれる。それでいい。私にはできなかった、私には選べなかった生き方をこの子にはして欲しい。仲間や世界よりも自分の死を選ぶような自分勝手な人間にはならないように。全てを救えずとも目の前の人だけは救えるように。


 ――私のようにならないように。


「準備は良いかね?」


「はい!」


「大丈夫」


「それでは、始め!」


 互いに全力で地面を踏みしめ飛び出す。剣と剣がぶつかり合う音が大きく響いた。

あけましておめでとうございます(今更)。


どうしても納得のいくものを考えていたら新年明けてからかなり時間が経ってました。

戦闘描写は難しいですね。特にテンポが早すぎると展開がすぐに進んでしまうのできついですね。


時間をかけてでもゆっくり書いていきますので次回も読んでいただけると嬉しいです。

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