問題が起きたら大体真緒のせい
私と真緒は大量の騎士と見覚えのあるクラスメイト達が武器を片手に私達を囲っているという、まさに絶体絶命と言い表すに相応しい状況にいる。原因である真緒は隣で冷や汗垂らしまくってるし、唆した私は真緒を強く責めることもできない。正体不明の敵に挑むかのような覚悟の騎士は私達の行動に気を配り迂闊に手を出せず、ここまで私達を連れてきた騎士は楽しそうに宰相に依頼書を見せている。正しく膠着状態だ。
「はぁ……」
溜め息をひとつ吐いて真緒と顔を見合わせる。
「はぁ……」
もう一度溜め息。ああ、何故こんなことになったのかと空を見上げる。
……いや原因は私達なんだけどさ。
門をくぐり抜けた私達はまっすぐ王城の入口まで歩いていく。脱出するときは見渡す余裕が無かったけど今なら観光気分で王城まで行ける。こうして見ると種類は分からないけど結構綺麗な花が咲いてるんだね。
「ひとつも見たことない……流石異世界ってところかな」
「見たことないじゃと? 前に来たときも見なかったのか?」
「あのときはあのときで集中してたから」
「う、ううむ。あまり嬉しくない返答じゃな……」
言われてみればそうじゃん。魔王討伐に集中してたってことは全力で真緒を殺すつもりだったということだ。
「……ごめん」
「何度も言わせるでない。わしはお主を恨んでいないと言ったじゃろう?」
そう言って真緒は笑い飛ばす。真緒が笑い飛ばしてくれるから深く考えずにいられる。感謝しかない。おかげでまだ私はここにいられる。若葉の先に立っていられる。……生きることができる。
「それにお主がわしを殺したようにわしもお主を殺したのじゃぞ? 恨む方がお門違いというやつじゃろう」
「それもそう、かも……?」
「気にするでない。それより早く中に入ろうではないか。あの扉の向こう、なんだか面白いことになっておるようじゃぞ」
少し早足気味に真緒は先に進んでいく。なんだか本当に気にしていないように思えてしまう。だったらこれ以上私が気にするのはやめだ。ただ今度何か形あるもので返すのは良いかもしれないしそれくらいなら許されるでしょ。
それより真緒の言った通り確かに扉の向こうに人の気配がする。ただ未熟だ。戦闘経験はそれなりにあるけど引退したか長年離れてるかのどっちかって感じの人が立ってる。恐らく依頼を出した張本人じゃなくて代理だろう。なんとなく考えてることは分かる。試そうとしているのだろう。勇者の教師役として相応しいかどうか。実力を測ろうとしているのだ。
「……しょうがない。やりすぎなければいいよ」
「む。良いのか?」
「向こうはこっちの実力を知らない。だから試そうとしてるんでしょ。それはちょっと面白くないからさ。だったら……手加減した上で圧倒的な実力差があったとしたらって考えた方が面白そうじゃない?」
「ふはは! なんじゃそれは! 面白いことを言うではないか! やはりお主といると飽きることがなくて最高じゃ!」
途端に膨れ上がる魔力。荒々しく風が吹き荒れ、殺意と指向性を伴った目に見える重圧が扉に襲いかかる。突然の事態に困惑した様子が扉の向こうから感じ取れる。生体反応察知の魔術から一人しかいないのは確認済みだ。どう出るのかな?
「降参だ!」
「あれ?」
「なぬ?」
急いで扉を開けたのだろう全力で肩で息をしている。う~ん。金髪碧眼のイケメン……なんだけど思ったより貧弱というか細いというか……見た目だけなら全体的に弱そうなやつが出てきた。ぶっちゃけ騎士に向いてなさそう。
「僕が悪かった! 謝る! だからその魔力を抑えてはくれないか!」
「……」
「ありがとう! でもその今すぐにでも捻り潰しそうな眼と雰囲気も一緒に抑えてくれたら嬉しかったな! あと無言で魔力をコントロールしてる君はとんでもないことしてるね!」
「……」
「君達が依頼を受けてくれた子達だね! ようこそ初めまして! 僕はアスレクト王国第一騎士団所属、副団長のレノイ・マッカートだ! よろしく頼む!」
「「……」」
私と真緒の心は一致したと思う。なんだコイツって。試そうとしてたから想定を遥かに超えるであろう魔力をぶつけたら大慌てで飛び出してきた。なんというか小物感が半端ない。少しだけ気になることを言ってたけど。
「副団長?」
「そうさ! 僕が栄光ある第一騎士団の副団長を務めているのさ!」
「こりゃまたえらいキャラが出たのぉ。まぁ良い。お主が依頼人……というわけではなかろう。連れて来いと指示でもされたか」
「ああ! 依頼人はこの国の国王並びに宰相さ! 君達のことをギルドマスターから報告されて依頼を出したそうだ!」
やっぱりそうだったか。ギルドでの決闘後に受付嬢がギルドマスターに報告したのだろう。そのギルドマスターが国に報告すべきだと判断した。ギルドにはギルド間同士でやりとりができる魔道具がある。この街のギルドマスターが北門から出たという報告を受けたのであれば、この街の北にあって一番近い街の冒険者支部に私達が街に着くよりも遥かに早く依頼を伝えることができるってわけだ。やられた。せめてどこの門から出るかを仄めかしておくべきだった。
「では早速宰相のところへ行こうではないか! 宰相は騎士団で訓練している勇者達と共にいる! 直接そこへ向かうぞ!」
「宰相が外にいるとか面白すぎるじゃろ」
「はっはっは! 確かにそうだがこの国の宰相は騎士団に理解があるのだ! それに我々には時間がなくてね! 君達が来たという報告が来た瞬間に全ての仕事より優先して騎士団のところにきたのだよ!」
「それは中々やり手な奴ではないか。良い良い。では早う連れて行くが良い」
雑談混じりにレノイ……だったかの後を着いていく。某柔軟剤みたいな名前だな……それにしてもやっぱり人の名前がどうにも覚え辛い。直そうとは思ってるんだけどどうにも直らないんだよね。こんなに覚え悪かったっけ……。
「そういえばなんで冒険者に依頼を? 普通勇者を鍛えるなら騎士団の方で対処するんじゃないの?」
「それを言われると弱ってしまうな! 確かにこの国の騎士団だけで勇者を鍛えることはできるだろう! だが彼らは型にはまりすぎていてな! 冒険者特有の柔軟な考え方というものができないのだ! それに勇者達が戦うのは強大な魔物の頂点である魔王だ! ならばより魔物の討伐経験が豊富な冒険者に依頼するというのは至極当然ではないか!」
なるほどね。要は役目の違いというやつか。騎士団の本命はあくまで国の守護だ。彼らは国を守るために魔物と戦っている。うってかわり冒険者は常に死地へと自ら向かい魔物を討伐する。そこに目的はなくただ己の欲望のままに冒険者は魔物を討伐している。そう考えるとやっぱり冒険者に依頼を出したのは正解ってことになるけど騎士団としてはどうなんだろう。
「それって面子的にどうなんじゃ」
「その点も心配する声が上がった! しかし団長はそれらを捩じ伏せた! 曰く、『冒険者に依頼したところで面子が潰れるような仕事をしてきたわけではない』、とのことだ!」
その団長かなりの実力者なんだろうね。自分のこなしてきたことに絶対の自信を持ってるということが伝わってくる。少しだけ話してみたいね。あとさっきから気になってるんだけど声でかいな。
「到着だ!」
適当に話していたら目的地に着いてたっぽい。
「聞きたまえ! 依頼を受けた冒険者が来たぞ!」
「「「「はっ!!!!!」」」」
訓練していた騎士達と、騎士とは違う格好の……あ、クラスメイトだ。そいつらが勢いよくこちらに向かって走ってくる。レノイの前に並ぶのかと思いきや勢いが弱まる様子もなく真っ直ぐ走ってくる。……私と真緒に向かって。
「では二人とも精々気をつけてくれたまえ!」
「「は?」」
レノイから言われたことを理解する間に私と真緒は取り囲まれる。いかにも固そうな鎧を身に纏った騎士団と朧気ながらも見覚えのあるクラスメイト。その手には武器もちゃんと握られている。騎士団の方は様になっているけどクラスメイト達はまだまだ慣れていない様子。カタカタと震える手で今にも落としそうに武器を握っている。
「……なるほど。二段構えだったのね」
囲まれてようやく気がついた。よくよく考えれば副団長が一人で迎えに来るわけがない。普通なら騎士が数人で来るはず。それに第一騎士団の副団長に選ばれる程の実力があるならあんな未熟な気配を駄々漏らしにするわけがない。明白な気配を私達に察知させることで本来の試す場面に考えがいかないように誘導した。
入口でレノイに気が付かなければその時点で依頼を取り下げられていたのだろうし、レノイに気付いてどのような形であれ反撃する意志を見せればここに連れてきて囲むという手筈だったというわけだ。なるほど。してやられた。全てレノイの演技だったか。
どうする? という意志を込めて真緒を見る。真緒もどうするか悩んでいるようだが今のところ手を出すような思いはないようだ。
そもそも囲まれてるこの状況は別にピンチでもなんでもない。この程度のことなら幾度となく経験しているし私と真緒には生半可な攻撃は届かない。むしろどうやってこの状況を抜けるかについてを考えた方が良い。
「……ん?」
良く見たら若葉がいないな。どこに……あ、いた。訓練場の真ん中にポツンと一人で立ってこっちを見てる。でも警戒している様子は見られないから一体何をしているか分からない。本当にただポツンと立っているだけだ。木刀、じゃなくて木剣かな。それを持って、まるで皆が何を警戒しているか分からないという表情で佇んでいる。
今すぐにでも駆け寄って抱き締めてやりたい。私が桜だと教えてやりたい。でもそれは許されない。私は若葉とは違う道を行くことを選んだ。ならば若葉に正体を明かすのはずっと先のことでなければならない。ああでも。それはそれで楽しみだな。
現実逃避はそこまでにして、さてどうするかなと悩んでいるとやがて相手の騎士がたまらず声を上げる。
「強大な魔力を吹き荒らしてこの城に何の用だ!」
…………ん?