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指名依頼

「さて、改めて私がこの街のギルドマスターを務めさせてもらっているオルベルクだ。以後よろしく頼む」


 ギルドマスターの部屋に着いたギルマスは自分の椅子に座って告げる。私達はギルマスの正面に左右向かい合わせで置いてあるソファの両側に座って名乗ることにする。


「真緒じゃ」


「桜よ。それで?」


「話が早くて何より。だがまずは落ち着いて話さないか? 急を要する依頼という訳では無いからな」


「それならそうさせて貰うかな。ところで私達をこんな風に連れてきちゃって大丈夫なの?」


「それは大丈夫だよ。あの場にいた冒険者は君達の実力をその目で見ただろうし、今日はいなかったがもっと高位の冒険者はその目で君達の実力を見定めるだろう。たまに目の曇った高位冒険者としてあるまじき実力の者もいるが気にしなくて良い。ドブ川のように濁りきった冒険者は侮蔑の対象となるからね。もう一度言うが君達が気にすることはないのさ」


「それならいいけど」


 さらっとだけどかなりすごいこと言ってるよこの人。とりあえず今のところは絡まれる心配はないようで安心した。絡まれたら隣の元魔王様がまたやらかすかもしれないからね。被害者はなるべく減らしておきたいのが私の本音。……ん、受付嬢が戻ってきたのかな。いい匂いがする。


「失礼いたします。お茶をお持ちしました」


「入ってくれ」


「ほぉ。いい匂いじゃな」


「分かるかい。これが堪らないのさ」


「ありがとうございます。こちらお菓子です。お好きなように召し上がってください。それでは私はこれで」


「いや、ミリー君にも同席してもらおう。話が分かる受付嬢がいた方が君達もやりやすいだろう」


 確かにそうだ。毎回話を通すのも面倒だし一人くらい融通がきく受付嬢がいたら凄く助かる。私は喜んで賛成した。受付嬢という立場上ドアの横で立って同席していたけど。……凄く気になるな。


「さて、何から話そうか……。指名依頼というのは知ってるかい?」


「冒険者に直接名指しで依頼が来るってやつでしょ? 大体は貴族からの依頼で、高位冒険者にしか来ないって聞いてるけど」


「その通りだ。高位冒険者はギルドと国からの信頼が篤いからな。失敗したら評判に傷が付くがその分報酬は人一倍だ」


 この辺は前に聞いた通りだ。昔のギルドと変わっていないようだね。


「私が知ってることとそんなに変わらないね。分からないことがあるとすれば一つだけあるけど」


「まあそうだろう。今回にいたってはなぜ君達に指名依頼が来ているのか、だろう? 理由はアスレクト王国のギルドマスターによって君達のことがアスレクト王国の国王に報告されたから……これで通じるかい?」


「……あぁ、なるほどね。なんとなく分かったよ」


「いや全く分からんのじゃが。説明して欲しいんじゃが」


「いや、真緒がこの前ギルドであの、なんだっけ、ハゲだるまだっけ? を叩きのめしたじゃん?」


「ん〜? ……おぉそうじゃったそうじゃった。確かにそんな奴いた気がするのぉ。して、それがどうしたのじゃ?」


「多分それが国王に伝わって、国王かもしくは王宮から直接私達に指名依頼が来てるんじゃないの?」


「その通りだ」


「おぉ……なんてことじゃ……あの程度で指名依頼とやらが来るのか。なんとも面倒なことになったのぉ」


 なんて言いながら真緒は項垂れているが正直私も同じ感想を抱いている。あの程度で指名依頼を受けるのは悪目立ちがすぎるし大した実力を見せた訳でもない。断れるのなら断りたいが指名依頼は大抵断れない。下手に断ると相手によっては国に居られなくなるからだ。今回は最低でも王宮から私達に依頼が来ている。断れる訳がない。


「はぁ……内容は?」


 溜め息を吐きながらギルマスに尋ねる。


「本来指名依頼なんてものは名誉あるものなんだがね……そんな反応するのは君達が初めてだよ。さて肝心の内容だが、君達は勇者が召喚されたことは知っているかい?」


「知ってるよ。アスレクトのギルドで聞いてきたからね」


「知っているなら話は早い。その勇者達に対しての戦闘指南及びレベルアップ。これが君達への指名依頼だ」


「……は?」


「いや、いやいや、出来るわけないじゃろう。わしらは他人に教えたことなど一度もないし教えるつもりもない。それに本来王宮には戦い方を教える騎士とかおるはずじゃろう。そんなことを依頼するとか聞いた事もないのじゃが」


「言いたいことは分かる。素人にプロの技を覚えろと言っているようなものだ。だが時間がないのだ。すぐにでも勇者達には強くなって欲しいというのが全世界共通の願いなのだよ」


「……理由は?」 


 正直全く気乗りしないけど依頼内容は理解した。ただそこがどうして私達に戦闘指南をして欲しいということに結び付くのかが理解できない。


「強くなって欲しいのは分かる。急いで力が欲しいのも経験として知ってる。ただそれでも冒険者に頼るまでも無いはずだ。アスレクト王国の騎士がどれほどの強さかは知らない。それでもたかが一冒険者に依頼するような内容じゃない。勇者に戦い方を教えてくれ? そんなの我が国の騎士では戦い方を教えることができませんって宣言してるようなものだ。とても正気の沙汰じゃない。アスレクト王国は一体()()()()()()()()私達に依頼を出してる?」


「……ふむ。正直に言えば私はこの依頼に反対ではあるがギルドマスターという立場上君達に依頼を説明しなければならないし、なるべく依頼を受けさせなければならない。それでも私は君達に拒否して欲しいとも思っている。そう願う程にこの依頼は危険で新人冒険者というものを甘く見ている」


「それで?」


「彼らの依頼はこうだ。『勇者達に力を付け、先導し、四天を滅して国を守護し、世界を救う礎となって欲しい』……とても新人冒険者に任せる依頼じゃあないだろう」


 ――なるほどね。あの国の焦りをようやく理解したよ。あの国は魔王を倒しに行って欲しいんじゃない。いやそれもあるだろうけど、一番の願いは襲い来る魔物から自分達の国を守って欲しいだけだったんだ。


「そっか。それは穏やかじゃないね。私達に死ねって言ってるんだもんね」


「むぅ。そんな依頼叩き返してやれと言いたいところじゃが……どうするつもりじゃ?」


「いいよ。やろう」


「正気か? 私が紹介しておいてなんだが本当に受けるというのか?」


「しょうがないでしょ。国からの依頼だ。断れば私達はその国に入れないだろうしギルドマスターであるあなたもどんなことをされるか分かったもんじゃない。それは困るんだよね」


 困る。そう、困るのだ。もしアスレクト王国に入れなくなれば若葉のことを守りづらくなる。それに私達含めたクラスメイトを召喚した国だ。送還の方法も今なら見つかるかもしれないことを考えるとやっぱり出入りができなくなると厳しい。まあ何かあったら強引に若葉の元まで向かうつもりではいるんだけどそれはできれば最後の手段にしたい。


「戦い方だけでいいなら教えられるんじゃない? 国が求めてるのは魔物との戦闘と身の守り方であって私達がやってきたことじゃないでしょ。それに守りに関しては真緒は随一でしょ」


「むぅ。それを言われるとなんとも言えぬな……桜が良いならわしも文句は言わん。受けてやろうではないか」


「しかし、いくら君達がDランクの冒険者を軽くあしらえるからといってもだな……」


「優しいギルマスだねオルベルク。普通は断れない指名依頼だ。だったらまた一組の冒険者に指名依頼を説明したって割り切ればいい。今までと同じように、あなたの目の前にいた冒険者は他の冒険者達と変わらず平凡でこの街から消えていきましたって捨ておけばいいんだよ。僅かながら帰ってくるかもしれないなんて淡い期待は抱かないようにね」


 分かりきっているだろうことを私はあろうことかギルドマスターに告げている。この人は優しい。ギルドマスターになれるくらいだから実力も当然あるのだろう。私の言っていることも経験として知っているはずだ。冒険者として大成するのも十分頷ける。けれど到底ギルドマスターには向いていない人だ。

 ギルドマスターとは冷酷でなければならない。どんな場面でも冷静でなければならず、義理堅く、仲間のために奮闘する程に情に厚く、しかして時に少数を切り捨てる決断を即決できる非情さを持ち合わせ、利用できるものは全て利用し、その上で汚名や不名誉を被る覚悟を持った人。それがギルドマスターだ。


「それで、依頼というからには期限があるんでしょ?」


「一応期間は一ヶ月となっている。最低でも戦えるようにはして欲しいとの事だ」


「それだけあれば十分かな。さてと、口に大量のお菓子を頬張っておきながら更にお菓子をこっそり持ち帰ろうとしてる真緒さん? 行くよ」


「むご!? むぐ、むぐぐぐっ!」


 ソファから立ち上がりリスのように頬を膨らませた真緒を一瞥して急かす。……いや、食べ過ぎじゃない? 受付嬢なんか若干引いてるよ? 思わず二度見したよ。まあいいや。私としては依頼の期限と最低限の要望さえ聞ければ問題は無い。すぐにあの国を出たけどやっぱりギルドで揉めたのが良くなかったみたいだし、これからは目立つことはなるべく避けていきたいところだけど……この格好と黒髪黒目は確実に全員にバレる。とりあえずまずは変装できる場所を探すべきだね。


「はぁ。仕方あるまい。依頼書と変異種の金はミリーから受け取ってくれ。依頼はこちらで受理されたと報告しておく。質問はあるかね?」


「よろしく。そうだね……防具ってどこに売ってる?」


「それならギルドの隣だ。ミリー君に案内してもらってくれ」


「分かった。他には特にないよ。行くよ真緒」


「むぅ。まだ足りぬ……」


「お金が入るだろうしそれで買えば?」


「その手があったか! それでは早速行こうではないか! 何をしておる! 桜もミリーとやらも遅いぞ!」


「お、お待ちください!」


 扉を盛大に開けて勢い良く飛び出した。もう部屋を出てったし……食事のことになるとなんでこんなに早いんだあの子は。ミリーさんも真緒の後を追いかけて行っちゃったし。まあ受付で待ってるでしょ。もうこの部屋に用はないし私もさっさと出るとしよう。開きっぱなしの扉を閉めながら一度だけ振り返ると罪悪感が顔に出たギルドマスターがそこにいた。


 本当にギルドマスターに向いてない性格だよ。思わず笑いそうになりながらも必死に堪えて私は扉を閉めた。

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