勇者と魔王と女神
気づけば私は白い空間にいた。………いや、なんだこれ。私は死んだはずじゃ……?
「ようやく来たか。遅いぞ勇者」
辺りを見回していた私は後ろからかけられた声にびっくりする。誰もいないと思ってたら誰かいたとか驚かない方がおかしいんだけどさ。それにしても今の声、かなり聞き覚えのあるような……しかもつい最近聞いた気がする。恐る恐る振り返る。
「まったく、お主がすぐに来ると思っとったからここで待ってたっちゅうに、しぶとく生きおって」
「魔王……」
やっぱり魔王か。さっきまで殺しあっていたというのに、どうしてもそんな気がしない。というかこの見た目で魔王とか相変わらず信じられん。長い黒髪を結びもせずに膝まで伸ばしっぱなし、オマケにちっさい。私の胸の辺りまでしか身長ないんじゃなかろうか。ちなみに私は155センチ程しかないけど。これがのじゃロリというやつだろうか。ついまじまじと見てしまう。
「どうした? もうわしのことを忘れたのか? しょうがないやっちゃの〜。お主、さては更年期か」
「いや違うけど……。それよりここは?」
「なんじゃ付き合いの悪い。まあよい。ここがどこか、とわしに聞かれても分からんとしか答えられん。わしもついさっき死んだばかりじゃからの。ここに来たのはお主の数分前じゃ」
なるほど分からん。まあここは死者が来る場所とでも考えとけばいいか。でもなんかやけに白いな。地獄にしては何もいないし、天国なんか私達がいけるはずもないし。よく分かんないな。
「それにしても暇じゃのう。勇者よ、なんかないかの?」
「なんかって何さ」
「なんでもよい。わしはお主より先に来とるからの。ある程度見て回ったがなんもないんじゃ」
「そう言われてもね。魔王はなんかしたいことないの?」
「そうじゃの……。う〜む………しりとりなんてどうじゃ?」
「絶望的に暇つぶしでしかないもん持ってきたな」
「何もないしの。死んだはずなのにこうして意識があるんじゃ。暇で暇でしょうがなかろうと思ったんじゃ。まあどうして意識があるのかは知らんがの」
「……そうだね」
もういい加減ネタばらしでもして欲しい。私達は死んだはず。なのに意識があるということは恐らく……。
『その通りです勇者の娘よ』
「……お」
「……ぬ?」
『あなた達二人はまだ死んでおりません』
唐突に響いた重々しくもどこか荘厳さが受けられる声。それに続いて巨大な女の姿が浮かび上がってきた。……でかいな。ゆうに3メートルは超えてるか? 金のウェーブがかった長髪に白のロングスカート? みたいなものを着ている。まあなんていうかよくある小説の女神様みたいな感じって言えば伝わるかな。でも、ねぇ……?
「……はぁ」
「……ほぉ」
『……なんですかその反応は?』
いや、だって、ねぇ? 見た目に反せず厳かな声が私達の上から降ってくる。ここまではいい。でも……。
「ん」
ちょいちょいと魔王が女神の後方を指さす。そこにあるのは白い空間……ではなく、声をかけてきたであろう者、というか子供の姿。
そう。見えちゃってるんだよね。姿が。当然慌てるのは巨大な女神様(仮)の方で、さっきまでの雰囲気は霧散した。
『あ、あれは、その……そう! 置物です!』
「その言い訳苦しくない?」
「というか置物動いとるんじゃが。なんかわちゃわちゃしとるのお」
女神様(仮)のセリフに合わせて置物とやらも動いてる。誤魔化すとかもう無理でしょ。女神様(仮)も諦めたのか巨大な姿は消えてさっきまでわちゃわちゃしてた子供がこちらに歩いてきた。うん。よく見たらさっきの巨大な女神様(仮)が小さくなった感じだ。魔王よりも小さい……?
『いつまで私を女神様(仮)と呼ぶのですか勇者の娘よ。正真正銘女神です』
「……ああうん。ソウデスネ」
「……女神、のう」
『ちょっと、なんですかその反応』
「いや、さっきの反応を見たら……ねぇ?」
「うむ。(仮)どころか(笑)レベルじゃの」
『んなっ!?』
「え、そんなに驚く?」
「さぁのぉ。本物の女神とやらを見たことがある訳ではないからの。お主もじゃろうけど」
「確かに。見たことないものをはいそうですかと言える程純粋に育ってないからね」
『……』
それでもこの場所のことは自称女神様に聞かなきゃ分かんないんだよね。私達の状態とこれからのことも気になるし。でもその自称女神様は若干涙目なんだよね。……めんど。
『め、めんどってなんですか! めんどって!』
あ、本性出てきた。
「え? そのままの意味だけど」
『わ、私は面倒ではありません!』
「うむ。確かに面倒じゃの」
『なっ!? ま、魔王にまで言われた……』
そんなにショックなのか。面倒な女神だな。
『ま、また面倒って言いましたね!? もう怒りました! 折角生き返らせてあげようと思ったのにこんな仕打ちはあんまりです! もう知りませんからね!』
「「…………」」
『え? なんですかその反応は』
さっきも言ったぞそのセリフ。
「いや、だって、ねぇ?」
「うむ。お主の言いたいことは分かるぞ勇者よ。生き返ることに興味が湧かないのじゃろ?」
「まあね」
『はい?』
魔王の言うとおり私は、というより魔王もかな、私達は別に生き返りたいとは思っていない。
「わしらは互いに殺し合って死んだ。そこになんの不満もない。あるはずがない。十分に生き、十分に戦い、その結果死んだんじゃ。たとえどんなに長く生きた魔王であろうと、どんなに短くしか生きられなかった勇者であろうと、その結末に不満はない。分かるかの? わしらは満足したと言っておるんじゃよ」
そうだ。たとえ異世界に召喚されたからといっても勇者になるのを否定した訳ではない。たった一年間の魔王討伐の旅路でも得たものはあったんだから。地球にいた頃には決して得ることができなかったものを。だからもう十分なのだ。私は、私達は、勇者と魔王は互いの結末に満足して死んだ。何百、或いは何千年と生きた魔王も、ほんの十数年しか生きられなかった勇者も、もう満足したんだ。
『そ、そんな……。だ、ダメです! 二人にはまだ生きてて貰います!』
もう女神にさっきまでの雰囲気はない。なんていうか今はただただ困惑してるって感じ。多分こっちが素だと思うけど。
「別にいいんだけど……」
「興味無いしのぉ」
『な、何故です!?』
いや、今言ったじゃん。もう満足したんだって。
『待ってください! お願いします! どうしても生き返って欲しいんです!』
「……どうする?」
「どうも何も話を聞かんことには始まらんじゃろう」
『そ、それじゃあ!』
「話を聞くだけね。生き返るかどうかは私達が決める」
「そうじゃの。できれば生き返りたくはないがの」
『ありがとうございます!』
できれば面倒事は避けたいけど。多分そんな訳にはいかないと思う。これはただの勘でしかないけど。
『で、ではお話します。この世界、名前は暦と同じくカムラというのですが今現在カムラは滅亡の危機に瀕しています』
……? 魔王を倒したのに? 私と魔王は揃って首を捻る。
『お二人の疑問はごもっともだと思いますがこれは事実です。理由は簡単です。お二人がほぼ同時にお亡くなりになったからです』
うん。やっぱりよく分からん。私達が相討ちになったことと世界が滅亡することがどう関係するんだろ。
『本来この世界に魔王と勇者はいません。あらゆる種族で成り立つこの世界では必要なかったのです。ですが突如莫大な魔力を持つ者が生まれました。それが魔王、あなたです。これに対抗すべく魔王と同等の力を持った人間が召喚されました。それが勇者です』
お、おう……。勇者と魔王いないんか……。
『お二人の力はこの世界に多大な影響を及ぼしました。本来この世界の生物が死ぬと、その生物が持っていた魔力や気力などの力はこの世界に還元されやがて新しい命として芽生えます。ですがあなた達は片や突然変異。片や外からの来訪者。この世界ではお二人の力を還元できるほどの容量などないのです。片方ずつでしたら莫大な時間をかけることでなんとかなったのですが……。二人同時にお亡くなりになられたので……この世界の現状は言わばパンク寸前のボールのようなものなのです』
う〜ん。これは、なんというか……。
「なるほどのぉ。要するにわしらが期間を空けて死ねばまだ問題はなかったと」
『そう、なりますね……』
「それで、その解決策が生き返れと?」
『その通りです。ですがこの世界ではお二人の肉体は既に存在しません』
「……それで? なんとなく先が読めたけども」
『はい。別の世界で普通の生活をして欲しいのです』
「ほぅ? 別の世界とな。生き返るというよりかは生まれ変わるの方が正しいというわけじゃな?」
『そうですね。確かに生まれ変わりと言った方が正しいですね。そしてその世界では魔術やスキルを使うことはできません。本当に普通の人になります。お二人はその世界で普通に生活するだけで良いのです』
「普通の生活をするだけで?」
『はい。あなた達の勇者と魔王としての力を少しずつ回収していくためです。お二人の力はとても馴染んでおりますので完全にとはいきませんが大部分を回収できれば問題ないかと。詳しく言えばお二人の身体能力が常人よりも優れた程度に残るくらいでしょう』
う〜ん。悩むねこれは。折角救ったのにこの世界は破裂寸前。かと言って私はもう一度人生やり直したい訳じゃないし……。
「何を悩む必要があるのじゃ勇者よ」
「……ん?」
「わしは確かに長い間生きてきた。故に満足しておる。が、生まれ変わるのが別の世界となれば話は別じゃ。わしの知らないものがあるのじゃ。これ以上の理由などいらん」
「……魔王」
そうか。魔王は元々この世界の生まれ。地球を知っている私からしたらなんの不思議もないことが魔王には不思議に見えるんだ。
「それにの勇者よ。わしは普通の生活というものを送ってみたいんじゃ」
「!!」
私は息を呑んだ。今までそんなこと考えたこともなかったから。それが当たり前だったから。恵まれたあの環境こそが普通だったから。
――普通の生活がしたい。
なるほど。魔王はそんな風に考えるのか。ならしょうがないね。
「……そうだね。私も、もう一度普通の生活ってやつを送ってみたいね」
「決まりじゃの」
『そ、それでは!』
「うん。私達は生まれ変わることを承諾する」
『……!!』
おお。かなりの笑顔だ。ロリコンなら一撃でやられるレベルだよ。これ。勝手に感じてた罪悪感も吹き飛ぶ気がするね。
『コホン。そ、それでは転生させます。準備はよろしいですか?』
「うん」
「問題ないのぉ」
『では参ります。――転生魔術、起動』
女神の前に光り輝く大きな魔術式が現れた。
『創造神カムラの名において、勇者――高遠桜、並びに魔王――アルセイン・ミストローズを転生させることを誓う。行き先は勇者の生まれ故郷でもある地球。記憶の保持継続』
女神が呪文を紡ぐごとに魔術式は強く輝いていく。というか創造神だったんかい。しかも行き先は予想通り地球か。あれだけ帰りたかったのに今となっては複雑な気持ちだ。
『あなた達はもう一度赤ん坊からやり直します。ですが強大な力を制御できなければただ破壊を振りまく災害と変わりません。そこで記憶を引き継がせました。願わくば今度こそあなた達二人の人生に幸あらんことを』
「大丈夫。なんとか上手くやってみせるよ」
「何年かかるか分からんのが不安じゃがのぉ。まあなるようになるじゃろ」
『なるべく早く片付けますので、その時は夢にでも出て終わりを伝えましょう』
そんなこともできるのか。地球にも管轄のようなものがあると思ってたけど、どうなんだろ。
『心配はいりません。地球の担当の神は私の後輩ですから。色々融通がきいたのですよ』
だから行き先が地球なのか。
『そろそろ転生が完了しますね』
本当だ。少しずつ体が透明になっていく。
『この先どんな困難が待ち受けていようともお二人なら越えられることを信じてます。あなた達に祝福あれ』
体が透明になるに連れて意識も遠のいていく。色々言いたいことはあったけどそれはまた今度にしとこうか。……ああでもひとつだけ伝えておこう。
「あんまり威厳ないね」
「威厳ないのぉ」
『ほっといてください!』
アッハッハッハッハッと盛大に笑いながら私達は消えた。
『まったく、失礼な人達ですね』
ひとり残された女神はポツリと零す。だが口調とは裏腹にその声音には喜色が含めれていた。
『また会えることを楽しみにしてますよ』
たとえ夢の中であろうとまた会話できる。そんなことを想像して少しだけ楽しみになる女神だった。
改めましてこんにちは。高澤大樹です。息抜きに書き始めた作品なのでちょっと更新が遅いと思いますが、頑張って更新していきたいと思います。