2 旅立ちの日
キャラ整理と世界観の設定です。少し変えるかもしれません。
「ぎゃああああぁぁ」
いくら声を出そうとしてもまるで赤んぼうのような声しか出ない。
(ん?赤ん坊?)
「シン~」
聞き覚えのない声がだんだん近づいてくる。誰かが近づいてきた気配を感じたとたん、浮遊感を感じた。まるで上に上るエレベーターのように。そう、持ち上げられたのだ。いや、抱きかかえられたといったほうが正しいのだろう。
(僕を抱きかかえた??しかもこんな軽々しく??)
真まことは困惑した。それもそうだ、彼の身長は180近くあって、陸上部で鍛えた体はそれなりの重さがあ・っ・た・のだ。
(まさか……いやまさかね。赤ん坊のような声しか出せないし、軽々しく持ち上げられる。そして愛情のこもった声で呼ばれるシンという名前。僕の名前じゃないけど、どうも自分が呼ばれているような気がする。やっぱりこれって……)
「シン~かわいいわ~、こんなかわいい赤ちゃんが生まれてくれて幸せだわ」
(赤ちゃん?今この人赤ちゃんって言ったか?僕に向かって?)
真のことをシンと呼ぶ女性の目に映る自分を見て真は驚きとともに理解した。
(なっ。やっぱり僕、赤ちゃんになってる。いや、どういうことだ。確かに僕は帰り道にトラックにひかれて…… これってもしかして異世界転生ってやつ?)
真は容姿も優れており文武両道でいわゆる陽キャというやつだがオタクでもある。少し前まではオタクというと悪いイメージを持たれがちだが、最近ではそれも変わりつつありオタクも日本の文化として受け入れられている。しかしやはり現実逃避のためにオタクになる人も多いわけで、リアルライフをエンジョイした挙句趣味としてオタクを楽しむ真は陰キャ系オタクからしたら面白くないのも事実である。そんな真の趣味はラノベ、いわゆるライトノベルを読むことであり異世界転生ものなんて鉄板と言われるほどありふれている。真が異世界転生と気づいたのもそのためだ。そして真は料理のほかに密かに夢見ていたことがある。それは、
「おぎゃあああああぁぁぁ!(これって、異世界転生~!?)」
と叫ぶことであった。その夢がついに実現?した真は冷静になって異世界転生ものについて考え始めた。
(異世界転生でかつ前世の記憶を受け継いでいるってことは、俺の魔力量は赤ちゃんにして最強クラス。天才少年としてもてはやされ、誰も知らないような技術を広め勇者として生きていくってのが堅いよな。って普通のオタクならはしゃぐんだろうな。残念なことに僕はそんな楽しそうな道を歩むつもりはない。決めたんだ、あの人みたいな料理人になるって。異世界転生でチート的な勇者になれるなら幼いながらに天才的な料理人にだってなれるはずだ。強さも金も名声もいらない、ただ料理の技術を磨くことだけに力を入れるんだ。焦らずゆっくりと。)
真は普通の赤ん坊として生きていくことに決めた。独り立ちできるまでは、村人Aとしていきていくことを。もちろんこの世界のこと、料理についての情報収集は怠らない。
そうして15年が過ぎた。
「「パーンッ!」」
「「15歳の誕生日おめでとう!」」
そう祝いの声をかけたのは真の母親に当たるセラフィと父親に当たるケインだ。
「ありがとう、母さん、父さん。」
真まこと改めシンは心の奥底に悲しみの気持ちをしまい込んで喜びの表情で答えた。
今日は待ちに待った旅立ちの日、シンからすれば15年間待ち続けた日がやっとのことでやってきたのだ。しかしながら、15年間育ててくれた曲がりなりにも父と母のもとから離れなければならないということで、さみしさのようなものがあるのも事実だ。
「シン、本当に行ってしまうの?村に残ってもいいのよ。必ずしも旅立たなくちゃってわけじゃないんだから。」
フランケット村の風習として15歳が成人年齢で、一人旅に出るというものがあるものの、最終的に決めるのは本人だ。
「いいや母さん、俺が行きたいんだ。この日をずっと待ってたんだよ。絶対に立派な料理人になっていつか母さんたちにもごちそうするよ。今まで育ててくれてありがとう、母さん、父さん。」
「セラフィ、シンを困らせちゃいけないよ。かわいい子には好きなものを食べさせろという言葉があるじゃないか。シンはもう立派な大人だ、自信をもって送り出してあげよう。」
そう言葉をかけるのはケインだ。ケインは温暖な性格でいつもシンを見守って支えてくれていた。温暖な性格とは裏腹に近衛兵として王都で働いている。村では1,2位を争うほど、実力はお墨付きだ。
「そんなこと言っても~。私はシンが居ないと困ちゃうの。さみしくて死んじゃうわ~。」
涙を浮かばせながら訴える母セラフィはいわゆる親ばかで、シンのことを溺愛している。本人はシンに自分のことをママと呼んでほしかったみたいだが、生前から母親のことを母さんと呼んでいたシンは母さんと呼び続け、ついには泣き出してしまうほどには親ばかである。しかしセラフィは魔女の家系で、魔法に関しては頭一つ飛びぬけるほどの才能の持ち主だ。
「母さん……」
「ほらいい加減にしなさい。夫を隣にしてそんなことを言うんじゃないよ、シンが困ってるじゃないか。」
「冗談よ冗談、100分の1くらいは冗談よ。私だってこの日が来ることくらいわかっていたもの。仕方ないからあなたで我慢するわ。」
「お前なあ。」
「シン、いやになったらすぐに戻ってくるのよ。私は、私たちはいつでも待っているからね。あ、あなたに渡さなきゃいけないものがあるわ。」
そう言ってセラフィが持ってきたのは見覚えのあるシンプルな紙袋だ。
「あなたが小さいころに家の中に置いてあったのよ。誰かの忘れ物かしらと思ったのだけれど、結局持ち主が見つけられなくてね。どうせならだれかに使ってもらったほうがいいと思って大事にとっておいたの。きっとあなたに似合うわ。」
その紙袋の中にある包装を開けてみると中にはきれいなペンダントが入っていた。透き通ったルビーのような宝石がついててついつい目が奪われてしまうほど美しい。
「これって……ありがとう母さん。」
そのペンダントがあの人がシンの合格祝いに渡したものだろう。シンはそれをじっと見つめてから身に着けた。
「シン、気を付けていってくるんだよ。お前なら大丈夫さ、私たちの自慢のね。」
「ありがとう父さん、父さんにそう言ってもらえると心強いよ。それじゃあ、父さん、母さん行ってくるよ。二人とも体調には気を付けてね。」
セラフィは泣いて見送っていたが、その涙は息子の成長を喜ぶ涙であったためシンも気持ちよく旅立つことができた。
「さて、とうとうここまで来たぞ、って言ってもこれからだな。とりあえず情報を整理するか。」
そうしてシンは今までの情報を紙に書きだし始めた。
この国はエルガルド、そしてシンは王都エルガルドの中にあるフランケット村で生まれた、というよりは転生した。実際にシンという肉体はこの村で生まれ、生後間もない赤ん坊の体に真まことという精神が転生したのだ。もともとシンの体は弱く、成長にも不安があるといわれていたが真まことの精神が転生したことで無事に成長することができた。しかし体が弱っていたせいか、真まことの精神が覚醒したのは生後数か月後であった。そのせいもあってか、シンの両親、特にセラフィはシンに対して過保護だ。これはのちに分かったことだが、魔女の家系は女の子を宿すことがほとんどだ。仮に男の子が宿ったとしても、膨大な魔力に耐え切れずになくなってしまうことが多い。そして騎士の家系であるケインは逆に男の子が生まれることが多い。その影響があってか、セラフィが男の子を宿してしまったのだ。その消えかかった命に偶然転生したのが今のシンだったのだ。転生者という例外からか、無事に膨大な魔力に耐えることができたらしいのだ。
この国は一般的に呼ばれる異世界とほぼ同じもので魔法も存在し、魔物も存在する。例外といえば、料理のすべてに魔力が必要とされることだ。食材を切るにしろ焼くにしろ、魔力をうまく扱えなければうまく切ることもできず、火加減をコントロールすることもままならない。一般的な家庭では家で料理をすることなどない、というよりできないのだ。料理をする家庭といえば、貴族かよほどの実力者のいる家庭だろう。そのため、基本的に食事は外食、出前、出来上がっている弁当のようなものを食べるのが一般的となっている。もちろんシリアルなど簡単なものはほとんど魔力を必要とせず、一般人でも作れるものもある。
冒険者も多く、Sランク冒険者は憧れの的だ。しかしこの世界での料理人は最低でもAランク冒険者であることが求められる。食材の入手に実力ももちろん必要だが、そういったものは一般の冒険者から仕入れることもできなくはない。だがこの世界の料理は魔力コントロールが命となるのだ。膨大で質の良い魔力を適切にコントロールできなければおいしい料理は作れない。言ってしまえば素晴らしい冒険者ほど料理がうまい。実際はそう簡単ではない、なぜなら魔法とはまた違った技術が料理には必要とされるからだ。同じ魔力量とコントロール力ならば、物理的な技術が高いほうがおいしい料理が作れる。この世界での料理人は冒険者のもうワンランク上のものだと考えればいい。
「っとこんなところか。」
そう言って書き終わったシンの目には炎が宿っていた。
「やっとこの日が来た。冒険者よりワンランク上?最低Aランク?やってやろうじゃないか。」
シンは普段こそは冷静で割と楽観的な性格をしているのだが、15年も待たされ目の前にたくさんの道が示されていることにやる気がみなぎっているのだ。
「とりあえず冒険者ギルドに行って冒険者登録をして、んーやっぱ情報収集って言ったら酒場かな。そのあとに近くの酒場に行こう」
シンはみなぎるやる気を何とか抑えて王都の中心に向かった。
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次話から異世界らしくなってくると思います。