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人の死なない物語  作者: ざしきあらし
7/7

7 とある病院にて

 コンコンとノックの音が響く。

「どうぞ。」

 扉が開き、男が入室してきた。

「どうされましたか。」

 カウンセラーが男に問うと、男はうんざりしたように答え始めた。

「はい。私は今、惑星ファイブの南部方面治安維持部隊の司令官をしているんですが、この役職のせいなのか、人に恨まれることが嫌というほどありまして。」

「と、言いますと。」

「はい。濡れ衣を着せられるんです。」

 男は、相変わらずうんざりした顔で、濡れ衣の数々を話し始めた。

「汚職はもちろん、敵対している議員の失踪に関与しているとか、テロ組織に資金提供、武器取引をしているだとか、もううんざりで。」

「それらすべて疑われているんですか。それはそれは災難ですね。」

「災難なんてものじゃありませんよ。最近は息子が犯罪者扱いされ初めまして、これもまた、根も葉もないうわさなんですが。今度はその息子の犯罪を権力でもみ消したなんて話になってまして。もう、何がなんだか。」

「それで精神的に参っている状況ですか。なるほどなるほど。」

 これらすべてが濡れ衣とは、人間とはとかく醜い生き物である。

 しかし、火のないところに煙は立たないというが、果たしてどうなのだろう。

「これらの話、どこから出てくるんでしょう。」

「え?ああ、そうですね。恐らく私のことを一方的に敵視している連中が上げるんでしょう。私の両親は俳優と議員ですから、コネだと思われやすい家柄なんですよ。ですが違うんです。私は自分の力でここまで登ってきたんです。コネなんかじゃない。」

「なるほど。」

 肩をがっくりと落とし、ため息を吐くように話す男。どれだけ苦労してこの地位に上り詰めたのか、計り知れない。

 カウンセラーは問題解決のため助言する。

「では、今一度、問題を一つ一つ解決してはいかがでしょう。一つ一つ、丁寧に否定するんです。」

「なるほど。丁寧に、ですか。しかし、消しては増えて消しては増えて…というような状況でして、もううんざりなんですよ。」

 男はさらにがっくりと肩を落とす。

「で、あれば、法を持ってその濡れ衣を払うほかありませんね。もうこうなれば、あなたの名誉にかかわります。」

「…やはり、もうその手段しかありませんか。事を荒立てるのは、なるべく避けたかったのですが…。」

「荒立てるようにはなりませんよ。大丈夫です。」

「あああ。しかし報復が恐ろしい。」

 少しの沈黙。この男は、いったいどんな人間を相手にしてきたのだろう。

 すると、カウンセラーが口を開いた。

「では、私たちが力を行使しましょう。」

 再び沈黙が訪れた。

 カウンセラーが力を行使しようというのは、精神衛生機構「メンタルセーブプログラム」に従事する者のみが使える特権を使うということである。今回の場合は、『患者の完全な保護』、『患者に悪影響を与えるものの排除』等の特権が行使されるであろう。

 カウンセラーなどの医療関係者は、様々な特権を持つ。その数は軍の人間や、治安部隊よりも多い。

 すべて、生きる為に必要なのである。

 生きることが最優先のこの世界で、医療関係者は絶大な力を持つのである。

 今回のような手続きは、民間の人間でもできる。ただ、医療関係者の行う手続きは、先程言った通り、絶大な力を有する。その力は、国家すら凌駕する。

 沈黙の後、男が泣きながら感謝を伝える。

「ありがとう、ございます…。」

 うなだれるようにして首をたらし、顔を手で覆い肩を震わせる男。声も震えている。

 どこか、笑っているように見える。いや、泣いているのだろう。

「では、手続きが完了しましたらお呼びしますので、待合室でお待ちください。」

「はい、どうもありがとうございます。よろしくお願いいたします。」

 そう言うと男は席を立ち、出口に向かう。

 扉を開け、男は外に出る。そして扉を閉める。

 男は長い廊下を歩き、待合室に向かう。

 するとぼっそっと、男は呟く。

「まあ、すべて私がやったことなのだがね。」

 何を言っているのだろう。

「汚職、失踪への関与、アイツらへの資金提供、武器提供…。」

 ゆらゆらと長い廊下を歩きながら、男は一人、訳の分からないことをしゃべる。

「これだけじゃないさ。義体の売買だって、あのバカ息子の世話だってやってる。」

 ニヤリと笑った顔を片手で覆いながらゆらゆらと歩く。

「すべては、生きるためさ。」

 男はそういうと、立ち止まった。そうすると、男は笑い始めた。

「アハ、アハハハハハハハハハ。アハハハハハハ。」

 腹を抱え、大笑いする男。誰もいない長い廊下に笑い声が響く。立っていられなくなったのか、腹を抱えたまま膝をつき笑う。転げまわりそうな勢いだ。

「ハハハハハハハハハハハハ…ハーア。さて、待合室へ向かおう。」

 笑い終えると、涙を拭きながら立ち上がり、何事もなかったかのようにして歩き出す。

 まだ笑みを残すその顔は、悪人そのものである。

 この男は、かなり追い詰められていた。悪事が大きくなりすぎたのである。両親に甘え、今の地位を獲得しているが、その素行はひどいものである。両親の加護が消えたのが最大の要因であるが、両親がいなくても、そのうち更生施設に送られていた身である。部下も友人も皆、敵に回っている。

 しかし、今回病院を訪れ、この男は保護を得た。

 身だしなみを整え、待合室へ。

 誰もいない。なので、適当なところへ腰掛ける。

 誰もいないので、また笑いそうになるのをこらえる。俯きながら、顔を手で覆い、肩を震わせるその姿は、泣いているように見える。

 時々漏れる、「フフフ」や「ヒハハ」などの声は、誰もいない待合室にこだまする。

 こいつは、悪人である。




 手続きを終えた男は、病院の外を歩く。

 その姿を、病院の3階の窓からカウンセラーが見下ろす。

 カウンセラーは視線を手元の端末に向ける。

 手元の端末には、こう書かれている。

『《精神疾患:悪》に対する強制治療の実施要請。セントラルコンピュータ承認済み。実施待ち。』

 カウンセラーは再び窓の外を見る。

 そこに、男はいなかった。

 手元の端末の情報が更新される。

 『実施済み。』、と。

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