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人の死なない物語  作者: ざしきあらし
3/7

3 とある施設にて

 コンコン、とノックの音が響く。扉が開き、若者が入ってきた。若者は椅子に座る。

「どうされましたか。」

「私は、人なのでしょうか。ロボットなのでしょうか。」

 俯きながら、深刻そうに問う若者。発言を続ける。

「私は人として生まれてきました。生まれてすぐ機械化を行い、肉体はなくなりました。子供好きの両親の下で、たくさんの愛を受けて育ちました。」

 この世界での妊娠は希望制である。希望したものに人工子宮と、バンクに保管された精子、卵子が配布される。配布されたキットをもとに受精を行い、妊娠、出産が行われる。もともとは人口の爆発を防ぐための制度として、希望者の審査の後、キットを配布するシステムを採用していたのだが、後に希望制となった。何故かというと、死を克服した人間は皆、自分の人生に忙しいからである。仕事に娯楽、死ぬことがないので無限にやりたいことができる。家族という概念も、今や娯楽として楽しむものの一つである。

 若者は続ける。

「ふと思ったのです。私は何なのだろうかと。この疑問は全く解決できず、不安は肥大化するばかりです。私はこの世界に生まれてくることを望んではいないのです。私は両親の娯楽、両親のエゴで産み落とされたのです。そもそも、この世界はおかしい、なんですか、自然に妊娠できないなんて。今私が生きるこの世界は、間違っている。」

 つい、話に熱が入る。その話を、カウンセラーは静かに聞く。そしてカウンセラーは、そっと言った。

「あなたは人間であると、はっきり言うことができますよ。自分が人か機械かと悩むその心は、まさしく、人間である証です。」

 若者は、呆気にとられたようで、キョトンとしている。それをよそに、カウンセラーは言葉をつなげる。

「あなたが生まれてきたこの世界はすべてを受け入れる姿勢を見せています。こうでなければならないという考えは、身も心も、世界も滅ぼしてしまいます。そもそも、人とロボットとを線引きする必要はないのです。」

 カウンセラーは静かに熱を込めて語る。

「この世界は間違ってはいませんよ。この世界では、誰もが生きる理由を見つけて人生を楽しみます。あなたもきっと、たのしい人生を送ることができるでしょう。もはや、両親のエゴなど関係ありません。あなたは自由の中で無限に娯楽を楽しむことができるのです。その点では、両親に感謝しないといけないかもしれません。」

 カウンセラーの言葉をかみしめるようにして聞く若者だが、まだ表情には不安が残っている。

「この世界は、正しいのでしょうか。」

「正しいと言い切ることはできないでしょう。申し訳ありません。死を克服しても、苦痛を伴う問題は様々なところで残ってしまっているのが現状ですから。ロボットへの差別もまた、大きな問題の一つです。」

 ロボットへの差別とは、ロボットが人間に近づいたころから、発生し始めた問題である。「私は人間である。」と主張するロボットや、「人間なのではないか。」と疑問に思うロボットが急増したのに対して、人間が、「お前らはロボットだ。」と強く弾圧する姿勢を見せている事件だ。ロボット大量投棄事件や、ロボットによる暴行事件多発など、痛ましい出来事が続いている。

「しかし、この世界は正しくあろうと変化しています。ロボットとして生まれてきたものに心が芽生えたならば、それは新しい生命体であると考えることが、今宇宙中で広がっています。ロボットとして生まれたことは、ロボットであることを決定する重要な要素ですが、我々のように生きるモノたちは、人の心を否定する理由がありません。人権は適用されないかもしれませんが、ならば新しい権利を設ければいいのです。心を持つ我々は、これから芽生える新しきモノたちを、そっと受け入れればいいのです。もちろん、差別の問題だけでなく、法の下の自由は自由なのかという問題や、精神の病の問題も、無限の時の中で解決されていくでしょう。」

 若者はカウンセラーの話をじっと聞いていた。その様子はとても落ち着いている。カウンセラーの言葉がヒントとなり、自分の中で答えを見つけることができたのかもしれない。しかし、ふと表情が曇る。

「私は、無限の人生の中で、何を楽しみに生きればいいのでしょうか。」

 カウンセラーは優しく答える。

「一緒に探しましょう。私たちはそのための団体です。」

 パッと若者の顔が明るくなったところで、カウンセリングは終了した。

 二人は立ち上がり、出口に向かう。

 カウンセラーがふと、若者に問う。

「あなたは、先程の差別の話、どう思います?」

「恥ずかしながら、そのようなロボットに出会ったことがなくて。私たちが直面している問題であるという実感がなくてですね。ははは。」

「なるほど。そうでしたか。かくいう私はロボットですよ。」

「えっ。」

 沈黙ののち、若者が言う。

「私たちが直面している問題とは、まさかこんなにも簡単なことだったなんて。新しきモノたちの夜明けは、近いかもしれませんね。あはははは。」

 若者が笑う。カウンセラーも笑う。

 若者が退室し、カウンセラーは見送る。

 いずれ、人とロボットの境界は失せるだろう。この世界はまた、新しきものを迎え、新しい世界になるのだ。

 扉は再び閉じられた。

 コンコン、とノックの音が響く。

「どうぞ。」

 女が入室してきた。

 またカウンセリングが始まる。

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