第十六章 クリスマスの別れ
クリスマスの前日、ジューンは全ての仕事を終えて、ミセス・ウィンスレットと共に使用人ホールを最後に出た。ミセス・ウィンスレットは同じ半地下にある自分の部屋へと引き上げ、ジューンは屋根裏の寝室に向かって、使用人用の裏階段を上り始めた。
深夜のコッツワース屋敷は静まり返っていた。
裏階段の、本来白いはずの壁は黒に見え、日によっては月光で浮かび上がる小さな窓も、今夜は曇っているのか何も見えなかった。手燭だけがほの明るく、ジューンの周囲を照らしている。踊り場で向きを変えると、壁面に影が踊った。
屋根裏への最後の踊り場を折り返すと、そこは少し明るかった。手燭を掲げると、階段の途中にランタンが置いてある。そして、その隣に足があり、さらに数段上を見ると、細身の男が座っていた。
ジューンは息を呑み、とっさに叫ぶことも出来なかった。
男は壁に寄り掛かり、長い前髪の間からジューンを見下ろしていた。それは、ウォルト・ブルームフィールドだった。クリスマス休暇で今日帰館したばかりの、十六歳のウォルト坊っちゃんである。
「坊っちゃんですか? どうなさったのですか? こんなところにいらっしゃるなんて、びっくりしましたよ」
ここは使用人用の裏階段。しかも深夜である。男がウォルトだと分かって安堵したものの、異常であることに変わりはなかった。ジューンは声が震えそうになるのを抑え、平静を装いながら尋ねた。
「さっき、寝ようとしたら……」
気だるげな声は確かにウォルトである。少年は屈んでランタンを持つと、もう片方の手を上げ、屋根の傾斜で斜めになった天井を探りながら立ち上がった。
「……ベッドメイクが出来ていない。ぼくにソファーで寝ろっていうのか?」
ウォルトは片手で天井を押さえながら言った。
「えっ! そんなはずは……」
ジューンは四、五段は上にいるウォルトを思い切り見上げていた。
「現に出来ていないんだよ。疑うのか?」
ウォルトは手を上げたまま、ゆっくりとジューンの隣まで降りてきた。傾斜した天井は立てないほど低くはなかったが、階段の場所によって高さが変わるので、彼には気になるようだった。
「とんでもない! 申し訳ありません、すぐに準備いたします!」
ウォルトが今日帰って来ることは朝の打ち合わせで周知されて、寝室を整える担当者も決まっていたはずだ。ジューンは、そんなはずがないとまだ思っていたが、急いで階段を引き返した。リネン室へ行き、シーツ一式を抱えて、二階にあるウォルトの寝室へ向かった。
ウォルトは扉を開けて待ち構えていた。見ると、四本柱の天蓋付きベッドは、マットレスがむき出しの状態だった。
「ああ……申し訳ありません。すぐに整えますので、少々お待ちください」
ジューンはすぐに作業に取り掛かった。
部屋はガス灯がともり暖炉が燃え、十分に明るく暖かかった。ベッドと反対側の壁際に書斎机とソファーがある。そこで読書でもしていてくれればいいものを、ウォルトはジューンが作業する間、閉めた扉にもたれて腕を組み、監視するようにその様子を見つめていた。
マットレスにシーツを張り、ジューンは他の寝具を取りだそうと、ベッド脇にあった大きな木製の行李を開けた。驚いたことに、中にあるキルトや毛布は畳まれておらず、ぐちゃぐちゃだった。そして取り出してみると、中から真新しいシーツが、毛布と重なって出てきた。
ジューンは訳が分からず、重なっているシーツは外し、自分が持ってきたシーツを広げてマットレスに掛け、上に毛布とキルトを広げて重ねた。枕もすでにカバーが掛かっていたが、新しいものと交換して定位置にセットした。
「お待たせしました、坊っちゃん。ほんとうに申し訳ありませんでした」
いつの物か分からないシーツと枕カバーは、洗濯に出すことにした。ジューンはそれらを丸めて片手に抱え、もう片方の手で手燭を取り上げて、ウォルトにお辞儀をした。
「妙だって気づかないのか?」
ウォルトは扉の前に立ったままで言った。
「な、なにがですか?」
ジューンは、知らないうちに服の中に何か入れられただろうかと、身体に違和感がないことを確かめた。
「ベッドメイクは終わっていたけど、ぼくがわざと剥がしておいたんだ」
ウォルトは、まるで気づかないジューンを責めるように、睨みつけながら言った。
「ああ……、だからシーツが、すでにあるのですね……」
ジューンは困惑しながら答えた。
メイドの不手際を怒っているのではないのなら、確かにウォルトの様子は妙だ。これがいたずらなら、いつもだったら、けらけらと笑ってジューンをからかうところなのに、彼はまだ怒っているようだった。




