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 十二月のクリスマスと、一月の舞踏会に向けて、他のメイドたちが浮き立つのをよそに、ジューンはこの期間を上の空で過ごしていた。玄関ホールの巨大クリスマスツリーを飾り付けていても、心の中はエドマンドのことで一杯だった。実感もないまま現実世界は時が流れ、彼と出会う前と何も変わらずに、またクリスマスが巡り来ようとしている。

 クリスマスの三日前になって、エドマンドから手紙が届いた。

『親愛なるジューンへ

 手紙をありがとう。このところずっと落ち込んでいるので、本当に嬉しかったよ。

 仕事の方は、理不尽なことばかりで憤慨しながらも、なんとか続けています。ぼくは仕事にも彼らにも慣れたけれど、彼らがぼくに慣れて、少しでも理解してくれたのかどうかは、まったくもって分かりません。彼らはいったい何が目的なんだろう? 正直、理解に苦しみます(これではお互いさまということですね……)。早くきみに良い報告をしたいのに、焦る気持ちばかりです。

 ミス・メイの給与の件ですが、変更することは出来ません。なぜなら、もうライト氏と契約しているからです。給与の額は、当然、他の使用人とのバランスも考慮のうえ決定しています。担当する職務とか経験年数とか、いろいろな要素があり、単純に比較することは出来ません。きみが心配するような不公平はないので、どうか安心してください。執事に申し入れたとしても、同じ返答になると思います。

 ミス・メイが母のことを気に入ってくれたようで、息子としても嬉しい限りです。母の方も、ミス・メイのことが大好きです。ぼくがきみのことを色々と話していたので、本人に会いたくて使用人ホールまで出て行ったようですね。彼女の嬉しくてニヤニヤが止まらなくなっている顔が眼に浮かびます。

 クリスマス休暇は、ぼくの方も仕事になってしまいました。先輩たちは休みなのですが、事務所に留守番が必要とのことです(絶対に嘘だと思いますが)。その代わり、その週の金曜の午後から日曜まで休みを取ることに成功しました。ぼくの記憶が正しければ、ジューンはその週の土曜の午前が休みだったと思います。十時ぐらいに迎えに行くので待っていてください。とにかく、早くきみに会いたいです。

 コッツワース屋敷の使用人の舞踏会! ぼくも参加したいけれど、今の状況では休みを取るのは難しそうです。長期休暇の予定は決まっていますか? おそらく、ジューンは実家には帰らないと思います。もしまだ予定がなければ、ぜひロンドンに遊びに来てください。今の住まいは父が所有するタウンハウスで、ぼくは居候の身なのですが、他には使用人が住んでいるだけなので、気兼ねなく滞在できると思います。ぼく自身は仕事でほとんど家に居ませんが、馬車もあるし、使用人に案内を頼めるので、快適に観光を楽しめますよ。友達と一緒に来てもらっても大丈夫です。実によいアイデアだと思いませんか? いい返事を期待しています。

 メリークリスマス!

 この祝日に、平和と健康の祈りをあなたのために捧げます。

     エドマンド・J・ホワイトストン』


 何度読んでも文面は同じなのに、彼の様子が少しでも分かるような気がして、何度も目を通した。いかにも神に愛されているように見えたエドマンドが就職で不運に見舞われているのは、疫病神みたいなジューンと関わって運気が落ちてしまったせいではないだろうか。

 クリスマスの次の土曜日に、直接会ってプロポーズを断ろう。

 やはり長引かせるのはよくない。その分侮辱された感じも増すだろうし、このままでは彼の元にますます不幸を招く気がする。会うことができるのなら、直接会って返事をするのが礼儀だろうし、土曜日にショックを受けても日曜日を挟めば、彼ならすぐに立ち直って、月曜日からまた仕事に向かえるだろう。

 相手がジューンでなくても、エドマンドは誰と結婚したって幸せになる。

 ジューンにとっては生涯ただ一度でも、彼にとってはそうではない。何度もあるうちの一つで、うまく行かなければ、また次の人を探すというだけなのだ。

 翌日、ジューンは大急ぎで返事を出した。

『光栄あるエドマンド・ジョン・ホワイトストン殿

 お手紙を拝見しました。お仕事の状況が相変わらずとのことで、憤りを禁じえません。

 あなたのお手紙を読んで、わたしは思い出したのですが、どんなに望んでも、どんなに時間がたっても、変化してはくれない人というのは存在します。こちらは相手のことを理解しようとして苦しむのですが、相手の方はというと、たぶん、こちらを理解する気はない……というより、他人を理解しようとしているような余裕はないのだと思います。

 もちろん、あなたの先輩たちがそうなのかどうかは分かりません。

 ただ、あなたを信用して受け入れてくれる良い会社は、他にもあると思います。どうかご無理をなさらないでください。

 ロンドンへのお誘いをありがとうございます。とても嬉しいのですが、残念ながら、すでに予定がありお伺いすることは出来ません。本当に本当に申し訳ありません。

 ふと思ったのですが、あなたが「理解できない」と思っているのは事務所の先輩たちだけではなくて、わたしもそのうちの一人なのかもしれませんね。わたし自身でさえ、ときどき、自分が何をしているのか分からなくなります。

 週末に会えることを楽しみにしています。

 この祝日に、希望と平和が訪れますように。メリークリスマス!

     コッツワース屋敷のジューンより』



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