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第十五章 ロンドンからの便り

 十一月、メイは無事にネザーポート屋敷のメイドになった。

 ジューンの胸の中の、絶対的な重荷。

 突き刺さったままだった罪が、たしかに小さくなった気がした。こんな日が本当に来るなんて、今でも半信半疑なぐらいだった。

 それでも、上手くやっていけるだろうかとか、ライト夫人はどうなっただろうかとか、心労が尽きることはない。ジューンにとって、それぐらいの負担はあった方が、かえって安心できた。

 エドマンドはロンドンに戻り、手紙が届いた。

 サー・ウォルターに呼ばれた一件以来、彼との仲を詮索する人はいない。メイのことを心配しながらでも、ジューンにはちゃんと考える時間があった。

 仕事が終わってから就寝までのわずかの間、ジューンは屋根裏の寝室でエドマンドからの手紙を読む。

『親愛なるジューンへ

 毎日が忙しく、気が付けばもう十二月です。ロンドンに戻って生活ががらりと変わり、今はノーサンプトン州での日々を懐かしく思い出します。ジューンにも、もう何年も会っていない気がする……実際には、一か月ぐらいなのですが、不思議とそう感じます。

 さて、前回報告した通り、ぼくは設計事務所に就職しました。ぼくを入れて六人の小さな事務所です。ぼくの仕事は、設計のアシスタントと言えば聞こえはいいですが、実態は雑用係です。手紙を届けたり、書類を役所に持って行ったり、お茶くみ、買い出し、掃除、道具の手入れ、などなど色々あります。仕事自体は簡単なものですが、やることがたくさんあって、ほとんど毎日、日付が変わるまで事務所にいます。はやく製図台に触りたいのですが、新人なのでそうはいきません。先輩たちから命じられる仕事は、必要とは思えなかったり、既にしたことのやり直しだったり、明らかに仕事とは関係のない先輩たちの私用だったりして、悪意を感じるのですが、気にしないようにしています。

 いいえ、本当のことを言うと、ぼくは先輩たち全員からいじめられています。ネザーポート屋敷の工事現場ではそうでもなかったのに、なぜだろうと考えます。そもそも、入所した瞬間から嫌われていたのです。彼らがぼくにわざと聞こえるように話していた噂話から推測するに、たぶん、彼らはぼくが男爵の息子であることが気に入らないのです。貴族の道楽で、暇つぶしに入所したのだろうと。本気で建築の道を進む覚悟があるのかと、そこを疑われているようです。ぼくは踏みとどまって、彼らの信用を得なければなりません。一日も早く彼らに信用してもらえるよう、これからも頑張るつもりです。

 心配させるようなことを書いてしまってごめん。どうも弱気になっているようです。

 そちらの調子はどうですか? 返事は気楽に書いてくださいね。上手くなんかなくても、あなたの文字を見ればそれだけで、ぼくは嬉しくて力が湧いてきます。

 ミス・メイの件はそちらにも連絡が届いていると思います。ネザーポート屋敷に迎え入れることが出来てほんとうに良かったです。母も娘が出来たようだと喜んでいましたよ。さっそく母親代わりとして小学校に挨拶に行ったようです。母は少し変わり者で抜けたところのある人ですが、子供が大好きなので、ミス・メイの保護者役は任せてあげてください。

 おそらくクリスマスには、休暇が取れると思います。早くあなたに会いたい。

     愛を込めて エドマンド・J・ホワイトストン』

 ジューンは深々とため息をついた。

 読むたび胸が痛むのに、また読んでしまった。

 脇机の引き出しに手紙をなおした。燭台の明かりに照らされて、木彫の小箱がてらてらと光っている。バラ模様の陰影を見つめて、ジューンはまたため息をついた。エドマンドが苦労しているときに、何もしてあげることが出来ない。雇われのこの身がコッツワースに縛り付けられていることを呪う日が来るなんて夢にも思わなかった。

「ねえジューン、わたし、もう我慢が出来ないわ」

 ジューンは飛び上がりかけた。どきどきしながら見ると、眠っていたはずのアミーリアが寝間着姿で隣のベッドに腰かけ、こちらを見つめていた。

「さっき読んでいたのはホワイトストンさまからの手紙でしょ? ウィンスレットさんは詮索しちゃだめだっていうけど、わたし、もう我慢が出来ないわ」

 アミーリアは立ち上がると、ジューンの隣にどすんと腰を下ろした。

「ねえ、ホワイトストンさまとはどうなったの? 結婚できそうなの? 気になっちゃってしょうがないのよ。お願い、教えて!」

 アミーリアは祈るように両手を組み合わせてジューンに迫った。

「ええっと、それは~……」

 ジューンは気おされて、じりじりと横移動した。



どこで聞いた話か忘れましたが、階級社会イギリスで、ある人が「その人だけ身分が高かったために」いじめられていたそうです。階級が高い者が、低い者をいじめるのだと思っていたので、「ほう、逆もあるのか」と、ちょっと意外でした。単に集団の中で多数派が有利になるということなんですかね。

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