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13-4

「ジューン、ぼくが誰だか分かるかい?」

 青年は眩しいような外見とは不釣り合いな、不安げな様子で尋ねた。

「もちろん分かりますよ、ジョンですね?」

 ジューンは溢れる感情を抑えつけながら答えた。

 青年は安堵したようにふっと微笑んだ。笑い方も、ジョンのままだった。

「驚かせてごめん。それから、名前を偽っていたことを謝らなければならない。どうか、説明をさせて欲しい」

 エドマンドは中腰になり、ジューンに触れはせずに、その両腕を両手で捕らえるような仕草をした。

「ぼくの名前は、エドマンド・ジョン・ホワイトストンというんだ。最初に出会ったときに、きみが尋ねたホワイトストン男爵の息子のエドマンドというのは、ぼくのことなんだよ。父がネザーポート屋敷を購入して改装工事をすることになって、ぼくは大工の仕事をするチャンスだと思った。自分が住む家の建築に関わるなんて、こんな楽しいことはないし、施主の息子だということで、業者にも無理を聞いてもらえると思ったんだ。ぼくは工事の手伝いをさせてもらえるよう、現場監督に頼み込んだ。けれど、中途半端な手伝いは足手まといなだけだと言われて……。他の大工と同じ労働時間で働くと言っても、施主の息子が現場にいては皆が気を遣って、やはり迷惑だと言われた。ぼくは諦められずに、それならば、施主の息子であることは隠して、ホワイトストン家とは関係のない新人の大工見習いとして働くと言ったんだ。その条件で、また無理にお願いをして……、棟梁のブラウンさんを紹介してもらったんだ」

 エドマンドが真摯に説明をする間、ジューンはどんな風に返答をすれば彼が罪悪感を抱かずにすむだろうかと、そればかり考えていた。

「そうなんですね。よく分かりました」

 ジューンは、それが何でもない普通のことであるかのように、事務的な返事をした。

「あまり、驚いていないみたいだね」

 エドマンドは不思議そうだった。ジューンはラングリー氏との約束を思い出した。

「ええと、それは、うすうす気づいていたものですから……」

 エドマンドはその言葉を微塵も疑っていないようだった。あっと驚いた顔をすると、次に彼は苦笑いを浮かべ、恥ずかしさと可笑しさが込み上げて止まらないという風に、そのままずっと笑い続けた。

 やがてジューンもつられて笑ってしまった。それを見たエドマンドはますます破顔した。この状況で、思いがけず二人は打ち解け、顔を見合わせて笑った。すべて元に戻ったかのような、くつろいだひと時だった。

「やっぱりジューンは凄いよ! でも、嘘をついて本当にごめん!」

 エドマンドはようやく笑いを収めて、こう続けた。

「……ところで、ドレスには着替えなかったのかい?」

 彼はブルーのアフタヌーンドレスに眼をやった。

「ええ。そのドレスを着るには、わたしは小さすぎるのです」

「あっ、そうか!」

 エドマンドは大股にソファーに近づき、ドレスを掴み上げた。

「そうか、気づかなかった。母上は女性にしては大きいほうだからな。失敗した!」

 彼は急に焦り始めたようだった。無造作にドレスを置くと、ジューンの正面に立ち、まじまじと見つめた。そして、苛立たし気に首を横に振った。

「くそっ、急いで考えると上手くいかないな! まあ、いい。このままで行こう。エプロンは取ろうか。帽子も」

「は、はい」

 ジューンは灰色の午後用制服を着ていた。しかもエプロンを外すことを忘れ、メイド帽も被ったままだった。

「あ、あの、わたしの助けが必要な用件というのは……?」

 ジューンは慌ててエプロンと帽子を取り、手早くたたんでソファーの端に置いた。

「うん、そのことなんだけど……」

 明らかに、エドマンドの声がうわずった。彼は後ろを向いて咳払いし、おそるおそるという風にゆっくりとジューンに向き直った。両手が、小刻みに震えていた。

「今から、きみはぼくと一緒に、一階に降りて、父上と母上に挨拶をする……」

 ジューンは耳を疑った。エドマンドは余裕のない面持ちで説明を続けた。

「そして、応接間にいる昼食会の招待客の前で、きみを…………婚約者として紹介するんだ」

 彼はみるみる顔を紅潮させ、厚い胸板をさらに膨らませて、やけに高揚した様子でそう言った。

「えっ?」

 ジューンは眼を瞬かせた。

「つまり……そういうこと! 分かって!」

 エドマンドは顔だけでなく眼まで赤く充血させ、懇願するようにジューンを見た。



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