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8-3

 ジョンは立ち止まった。

「すごいね、きみはこれに気づいていたんだ!」

 眼を見張って感嘆の声を上げると、ジョンは左手をポケットに入れた。

「実は、ぼくの話はこれなんだ。渡すかどうか迷っていたんだけど……」

 彼は何度か躊躇しながら、ようやくゆっくりと、それを取り出した。大きな手で何かを握っている。ジョンはそれをジューンの前に差し出し、手のひらを上にして見せた。

 正方形の小さな箱だった。

 木製で、全体に彫刻が施されている。

「現場にあった廃材で、ちょっと作ってみたんだけど……」

 ジョンはぞんざいな感じで言って、疑わしそうに小箱を見た。

「えっ! これ、あなたが作ったのですか? すごい!」

 その木彫の箱は、光沢のある赤茶色で、少し紫がかっている。側面は花綱装飾で、正方形の蓋にはバラの図案が彫られていた。サー・ウォルターが大切にしているローズウッドの文具箱と材質がよく似ている。この木はとても廃材には見えない。高貴で、唯一無二で、大切なものだと感じた。

「本当にすごい……、こんなものを作れるなんて信じられません! なんて美しいのでしょう! これは美術品です!」

 実際、ジューンはその箱を見るだけで胸が熱くなった。感動を伝えたくて、興奮するままに感想を口にすると、ジョンは褒めさせて申し訳がないとでもいうような困り顔になった。

「そんなに褒めてくれてありがとう。構造はうまく作れたから箱としての機能は果たすよ。木彫はまだまだかな。デザインが素人っぽいし……。女性ものの意匠は勉強不足で……」

 ジョンは言い訳をしながら、痛々しげに手の上の箱を見た。

「そんなことないですよ。本当に芸術作品だと思います」

「それは言い過ぎだよ。まだまだだけど、小物入れにでもしてもらえたら嬉しいな。もしよかったら、もらってくれる?」

 そう言われて初めて、ジューンはこれが自分へのプレゼントなのだと信じる気持ちになった。目の前に見せられても一向に受け取らなかった小箱に、ようやく、おそるおそる両手を伸ばした。小箱はしっとりと手になじみ、触れるだけで全身に震えが走るような喜びを感じた。じんわりと、心の中に温かなものが生まれる。この大きな人が、この繊細で美しいものを作ったのか。

「一生大切にします。ジョン……ありがとう」

 潤む瞳から涙がこぼれないよう気をつけながら、ジューンはジョンを見上げた。

 もしかしたら、小箱が手作りだというのも嘘かもしれない。

 ジューンはそれでもよかった。この先、どんな形で彼と別れても、この小箱はわたしの手元に残るのだ。この小箱はわたしのものとして、誰にも咎められずに、一生わたしが持っていて構わないのだ。

「そんなに喜んでもらえるとは思わなかった。こんなもので良ければ、またいくらでも作るよ」

 ジョンは喜ばれて嬉しいというよりは、困惑が勝るような顔をしていた。二人は再び歩き出した。

 ジューンは木彫の小箱を両手で持ち、それを見つめながら俯いて歩いた。会話は途絶えたままだった。きっとジューンの様子がおかしいので、ジョンは話し掛けられないのだ。顔を上げ、笑わなければいけないのだと分かっている。けれど今上半身を動かしたら、感情が溢れて、泣いてしまうに違いなかった。

「そんな顔しないで。大丈夫だよ、三週間なんてあっという間だから」

 そっと肩に手を触れて、ジョンが優しく語りかけた。

「はい……」

 ジューンは泣き崩れそうになるのを必死にこらえた。

 外周道路に通じる鋳鉄の門を出たところで、二人は向き合い、別れを惜しんだ。ジョンはジューンを励まそうと、明るい調子で様々な言葉をかけてくれた。「温泉で元気になってね」や、「心の中でお互いのことを想っていれば、寂しくないよ」や、「手紙を書くよ」などと言ってくれた。ジューンは声を詰まらせながら、「ありがとう」と応じた。伝えたいことは、もはや感謝の気持ち以外になかった。ジョンは自転車に乗って走り去る瞬間まで、ジューンのことを気遣ってくれた。



わたしは昔から判官びいきなので、お話の中でヒロインに振られてしまう男性キャラが可哀想になって、同情してしまうことがよくあります。「眺めのいい部屋」のセシルとか、「嵐が丘」のエドガーとか、「ジェーン・エア」のセント・ジョンとか……。なんか、本人に問題があるわけでもないのに(←異論あるとは思うが……)、ヒロインに愛されてなくて可哀想だなあ、と。(つづく→)

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